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灰色男と恋わずらい  作者: 榊原啓悠
幻想の裏側
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第二十一話

 ホテルから出てきたところで、静馬は前髪をピンで七三に分けた少女に声をかけられた。桜の花びらを模したそのヘアピンが反射する光に目を細めながら首を傾げると、少女は思い出したように口を開いた。

「三日前に森で助けてもらった者です。覚えてますか?」

「ああ、あの子か。覚えてるよ。よく生きてたね。西島さんに聞いてるよ」

 静馬が頭の髪をちぎるジェスチャーをすると、少女は少しだけ微笑んだ。麻倉香織とは系統こそ違うものの、可愛らしい娘だな、と静馬は冷静に分析した。体つきに関しては比較しては可愛そうだ、とも感じていたが。

「私の名前は佐条あきらといいます。少し話せますか?」


 ちょうどランチタイムに差し掛かったところで、喫茶店は少々人が混んでいた。混み合う客を避けるように一番奥の席をとり、佐条あきらはメニューをめくりだした。

「注文があれば、私が払いますよ。……えぇっと……」

「桐谷静馬。注文はいいよ」

 女の子にお金を払わせるとは何事か、と言われた記憶に従って、静馬は謹んで辞退することにした。

「そうですか。…キリダニシズマ、変わったお名前ですね」

「漢字で静かな馬と書くのでセイマと読まれることもあります。どちらにしろメジャーな名前ではないんですけどね」

 そうですか、と興味の薄い返事をして、あきらは店員を呼んでアイスコーヒーを注文した。差し出された水を飲む静馬を見やり、内心あきらは目の前の男に不安を覚えていた。作り物めいた容姿、虚ろな瞳、それらが否応なしに対峙する人間に不安感と恐怖を抱かせる。それを自覚しているのか、静馬は作り笑いを浮かべて両手を軽く挙げた。

「僕は怖くないですよ。訳あって他人より少し腕力はありますけど、無闇に暴力を振るったりはしませんから安心してください、佐条さん」

 発する言葉の全てが薄っぺらく、真意を測り兼ねるものの、警戒したままでは話も聞けない。あきらは少しだけ警戒を解くことにした。

「お気遣いありがとうございます。それと、私のことはあきらでいいですよ。私も静馬って呼びますから。楽に話してください」

 一瞬沈黙した後、静馬は挙げた両手を下ろして柔らかい表情をとった。

「分かった。それじゃあ、堅苦しいのは無しにしようか、あきら」

 作り物めいた印象は変わらないものの、幾分気分が楽になったあきらは、水を一口飲んで軽く微笑み返した。

「で、話って何かな」

「ええ」

 ひと呼吸置いて、あきらは話を切り出した。

「単刀直入に聞くけど、あの屋敷で何があったの?」

 話してもいいものかどうか。静馬は少し俯いて熟考するものの、やはりいつものごとく思考を中断した。行き当たりばったりでも何とかなるもんだ、と簡潔に結論づけて。

「まぁ……信じられないだろうけど、西島が言ってたのは本当のことだよ。僕も彼女も、中枢神経と器官の一部を除いて人工物に置き換えられている、いわゆる改造人間だ」

 息を呑むあきらを一瞥しながら、静馬は水を一口含んで、続きを語りだす。

「僕にもよく分からない大きな組織みたいなものがあってね。そこの連中が僕や彼女を改造したんだけど……まあようするにあの屋敷は改造人間工場だったってわけだよ。ここまでOK?」

 緊張した面持ちで首を縦に降る。あの常識を遥かに超えた殺し合いを目の当たりにしては、嫌でも信じざるをえないのだ。静馬は他に聞きたいことが無いか、首を傾げて発言を促した。

「えっ、と……。じゃあ静馬、あの制服の女の子……。あの娘、何か言ってた? 名前とか」

 あの夜、命のやり取りをした少女を思い浮かべ、静馬は淡々と事実を口にした。

「私の名前は麻倉香織ですって言ってたよ」

「……! やっぱり……」

「でも、それは有り得ないんだ」

 一瞬だけほころんだ少女の顔に再び陰をさしてしまうのを少しだけ申し訳なく思いながら、静馬は続きを語り出した。

「麻倉香織は、既に死亡している。さっきも言ったけど、僕達改造人間は、人工の部分の核となる生身の部分が必要不可欠なんだ。だけど麻倉香織の肉体は既に火葬されてしまっている。仮に必要な部分だけ火葬する前に摘出していたとしても、内蔵だけを生きた状態でこれだけ長い間保管するなんて不可能だ」

「じゃあ、香織は……、あの香織は」

「別人だよ。麻倉香織を騙る、赤の他人だ」

 意気消沈といった様子で俯く少女に柔らかい口調で、しかし容赦なく事実を口にする。直撃する冷房よりも冷たい現実が、あきらを打ちのめした。

 無愛想な店員が、先程注文したアイスコーヒーを持ってやって来る。暗い表情でそれを受け取ったものの、勢いよくストローを吸うあきらに、静馬はタフなんだな、と少なからず感心した。

「美味しそうに飲むね」

「いえそれほどでも……じゃなくて」

 少しばかり眉を寄せて、あきらは新たに抱いた疑問を口にした。

「なんで、香織の名を騙ったりしたのかな。静馬は何か分かる?」

「……憶測に過ぎないけど、分からないワケじゃない」

 それでも構わない、といった目で静馬をじっと見つめるあきらは、一言一句聞き逃すまいと気合を全身から滲ませていた。少々その気迫にたじろぎつつ、静馬は本題に入っていく。

「麻倉香織の父親は、改造人間を造った組織……便宜的に、財団と呼ばれているけど。その財団の構成員だったんだよ」

 完全に不意を突かれた様子で目をパチパチ瞬いたものの、すぐに神妙な顔つきに戻った向かい側の席に座る少女を、静馬は密かに面白がっていた。

「だから、適当な奴に麻倉香織の人格を上書きして娘を蘇らせようとしたんだと思う。残念ながら上手く上書きできずに、あんなふうに暴走してたけど」

「それじゃあ理屈が合わない! 香織は死ぬ前に人を殺してるんだよだのにどうしてそんな人殺しの恐れがある娘を、わざわざ新しい体に使って生き返らせようとしたの?」

 机に乗り出して声を大きくするあきらを、人差し指を唇に当てて大人しくするように促す。あきらが落ち着いたところで、静馬は話を再開した。

「……人殺しにそんな力を持たせるなんておかしい、とキミは言いたいんだね? まぁ普通そう考えるよね。僕もその通りだと思うよ」

 自身のことを棚に上げて静馬は饒舌に語る。しかしその心を読んだような物言いに、あきらは再び身を乗り出そうとするも、周囲に聞かれることを思い、踏みとどまった。

「知ったように言う……。言っておくけど、香織のことは私が一番良く知ってるの。あの娘は人殺しができるような娘じゃない。だけど結果として人を殺してしまったんなら、人格を疑われるのは仕方のない事でしょう?そんな娘を、簡単に人を殺せるような力を与えて蘇らせようとするなんて、矛盾してるんじゃないの?」

 募るイライラとした感情を隠そうともせず、あきらは唇を尖らせる。しかしそのアヒル口から流れ出た言葉は、確かに理屈が通っていた。

「まぁ、人格を上書きとかちょっと意味が分からないだろうけど、要するにアレは麻倉香織の模造品でしかないってことは分かってくれてるよね?」

「今更どんなこと聞かされたって、信じられない、なんて言わないよ。……っていうか模造品なら尚更意味不明じゃない。香織のお父さんは香織をわざわざ人殺しの兵器にして蘇らせたってこと?」

 更なる疑問をぶつけるあきらの追求するような視線を躱しながら、おしぼりで手を拭く。爪まで綺麗にしたところで静馬が顔を上げると、さらに怒気を増した表情であきらがこちらを覗き込んでいるのに気が付いた。

「結果としては、ね。麻倉香織をどのようにして蘇らせようとしていたのか、現段階では想像の域を出ないし、そもそも僕らがそれを知る必要があるとも思えないな」

「私は知りたい」

 消え入りそうな声で言い返したあきらの表情は、先程までとはうって変わって憂いを帯びていた。

「例え偽物でも、人殺しでも、香織は私の大切な親友なの。だから、」

「麻倉香織は故人だよ。キミが会ったのは彼女を騙る別人だ。生前の彼女をどのように再現したところでアレは麻倉香織では無いし、キミの親友ですらない。ただのイカれた殺人鬼だ」

 諭すように、静馬は現実をつきつける。溢れる涙を堪えきれなくなったあきらがポロポロと涙を流しても静馬は顔色一つ変えず、あきらをじっと見つめた。

 先程怒気を増したように見えた顔が、実際には涙を必死に堪えていたものであったと遅れて気付く。自分にも他人にも心の機微に疎い、と言われたのを思い出して、静馬はどこか居心地の悪い心境になった。

「……分かった。彼女が何者か調べよう」

 根負けしてため息をつくように言い切る。ちらりと見やると、あきらは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。

「……いいの?」

「ダメって言っても納得しないでしょ。それにうまくいけば弱点とか見つかるかもだし。協力するよ、あきら」

 涙で濡れた頬をそっと拭くと、あきらは子供のような無邪気な笑顔を見せた。

「ありがと……静馬」

 どういたしまして、と言いかけて、静馬は顔を背けた。無邪気な笑顔に遠い過去の記憶を想起した為である。ちらつく幻影を振り払ってもう一度顔を上げると、きょとんとしたあきらの顔があった。

「どうしたの静馬」

「ああ、別になんでもないよ。思いのほか綺麗な顔してるなって思っただけだよ」

「そんなお世辞で顔赤らめる程、私は安くないよ」

 むん、と胸を張りながらあきらは静馬の世辞を突っぱねる。内心、まんざらでもなかったが。そんな心情を知ってか知らずか、静馬は小さく笑った。

「何だ、静馬って仏頂面してるだけかと思ったけど、笑えたんだ」

「さっきまでボロ泣きだったくせに、減らず口はいっちょまえだな」

 なにおう、と唸っておどけるあきらだが、正直なところ安心していた。西島から聞かされていた通りにホテルのロビー前で待っていた時から、目の前の少年に恐怖を抱いていたからだ。ヒトを超えた恐るべき身体能力を駆使して森を飛び回り、人形じみた容姿と作り物めいた言葉で他人と接する。喫茶店に入ってからというものの生きた人間と会話しているという実感を得られなかったあきらにとって、少年の小さな微笑みは意外であったし、またあきらの心に安心を与えた。

「それじゃあそろそろ行こうか。時間がもったいない」

 突然の出立を告げる静馬に、あきらはまたもあっけにとられた。立ち上がって行ってしまいそうになる静馬の袖を掴んで引き止め、あきらは慌てた調子で待ったをかける。

「ま、待ってよ。どこへ行くっていうの、これから」

「麻倉香織の自宅だよ」

 再び腰を下ろして、静馬は何でもないことのように言い放った。

「えっ……で、でもあそこには……、あっ」

「麻倉香織の父親は改造人間研究開発チームのトップだった。なら、そのことに関するメモ書きの一つくらいあっても不思議じゃないだろ」

 それに、と区切って静馬はアイスコーヒーを飲み干した。

「案外、帰巣本能に従って帰って来てるかもしれないよ。鳥じゃないけど」

「なるほど……。あ、それ私のアイスコーヒー」

「あ、ゴメン飲んじゃったわ」


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