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灰色男と恋わずらい  作者: 榊原啓悠
幻想の裏側
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第十六話

 目が覚めた静馬が最初に見たのは、隣のベッドに腰掛けて渋面で考え込む西島だった。上体を起こし、周囲を見やる。どうやらホテルの一室らしい、と静馬が察したところで西島が声をかけてきた。

「起きたようだな、佐藤……いや、桐谷静馬」

「あら、偽名、バレちゃいました?」

「改造人間の『素体』のデータベースにアクセスすれば、『佐藤太郎』なんて奴はいないことぐらいすぐに分かる」

 カゴの中の虫を見るような目で見下しながら、西島は言った。恐らく知ったのはこちらの名前だけでは無いのだろうな、と静馬は感じ取りつつ、意味の無い会話を続けることにした。

「でも、それだけじゃ僕が『桐谷静馬』だという結論に至ることは無いですよね?どうしてわかったんです?」

「当てずっぽうだ。お前と同タイプの改造人間は三体しかいないからな。三分の一の確率だから適当に目に付いた名前で読んだだけだ」

 それよりも、と前置きして、西島は肌色の目立つ頭をさすりながら腰を上げた。

「お前、どうして洗脳を受けていない」

 洗脳、というにわかに信じ難い、しかしこれまでに起こった出来事に比べれば幾分現実的なその単語に、静馬はどう答えるべきか考えあぐねていた。なにせ、あの地下室で行われた施術の全てが常軌を逸していて、どの行為が洗脳に当てはまるのか分からなかったのだ。静馬は首を傾げて、分からない、とアピールすることにした。

「分からんか? 電極による刺激や投薬を受けただろう?」

 ああ、あれのことか、と静馬は思い出す。毒薬を戯れに飲まされるようなことは幼い頃から何度かはあったので、特別辛かったり苦しかったりは無かった。電気ショックはさすがに閉口したが。記憶の所々に欠損があるのはそのためか、と静馬は疑問を一つ解消することに成功した。その割には忘れたい事項を何一つ忘れられていないことに、少なからず落胆しながら。

「あれって洗脳だったんですか。怖いところですね、財団ってところは」

 薄く嗤いながら、静馬はベッドの上であぐらをかく。常人なら洗脳されるか発狂するかという地獄のような責め苦を、不気味に嗤う少年の姿をしたソレはまるで昨日見てきた映画の感想を述べるように言った。


 ぞっとしないな、と西島は心の中で吐き捨てる。目の前にいる桐谷静馬という男は、改めて調べた西島に恐怖を抱かせた。

 小学5年生の時に実の父親と妹を殺害し、裏山に死体を遺棄。

それからの十数年は、財団に改造されるまで消息は不明。

 目の前の男の略歴を反芻し、よくもまぁこんな男を改造したものだ、と西島は唸った。

 改造人間の『素体』には、『いなくなっても誰もわからない』、もしくは『いなくなっても誰も騒がない』という条件をクリアした人間のみが選ばれる。選んで連れてくるのは財団の別の部署の人間であるため、末端に過ぎない西島は『素体』がどこの誰かといった情報を一切知らされていない。しかしそのあたりの情報ならば自前で調達することも西島には可能であった。

「ところで西島さん、僕はどのくらい眠っていたんです?」

「森で私達が貴様を拾ってからは既に三日経っているな。それだけの間眠っていたのだから、既にお前の身体は自己修復を終えているはずだ。」

 言われて、腕を肩より高く上げ、ぐるぐると回してみる。あれだけ与えられたダメージがなりを潜めていることに少々感心しつつ、新たに浮かんだ疑問のうちの一つを静馬は投げかけることにした。

「自己修復、ね…。さっきもさらりと『洗脳』なんて言ってたあたり、その財団とやら、かなり普通じゃないでしょう」

「貴様も大概だがな……まぁ否定はせんよ」

 静馬の寝ていたものの向かい側のベッドから立ち上がり、西島は窓際に向かって歩き出した。目だけを動かしてそれを見やる静馬の視線に気味の悪いものを感じる頃には、西島は窓のすぐ前に到着していた。

「私も末端に過ぎんから詳しいことは分からん。個人的に調べたことを含めても、財団には謎が多い」

 静馬に背を向けたまま、淡々と西島は語る。ベッドを軽く軋ませて、静馬は西島の方に姿勢を向けた。時計の秒針の音以外の音が途絶え、静寂に包まれる。静馬はほのかに目を細めた。

「人類の繁栄には、相応の技術というものが必要だ。逆に言えば、過ぎた力は己を殺す。ヒトの繁栄ために危険な技術や思想、または生命体を隠蔽、ないしは管理することが、財団の目的であり、存在理由なのだ」

 我々の、と言わず、財団の、と言った西島の心情を察することに意味は無い。静馬は浮かんだ違和感に蓋をして、詳しい話を聞くために口を開いた。

「ちょっと話が難しいですよ。僕にも分かるように言ってくれません?」

「例えば貴様を改造した技術も、高い危険性を伴う上に、人道に反した代物だ。だが活用する手段次第では、人を救うこともできる。例えばその余りある腕力を、土木作業や介護に使うことができれば、さらに豊かな未来を人類にもたらせるだろう。だからあの屋敷にあった研究施設を押収し、平和利用のための研究がされていたのだ」

 だが、と区切って西島は振り返る。

「もちろん貴様も分かっている通り、あそこで行われていたのは改造人間を平和利用をするための研究だけではない。私のような財団の役人の護衛として配属されるか、戦場に送られてデータを収集させられるか、はたまた、地下コロシアムで殺し合いをさせられて金持ちに見物されるか……。そんな様々な用途のために、あの研究は行われていた」

「言ってることが支離滅裂じゃないですか。財団が結局何をしたいのか分かりませんよ、それじゃぁ」

「組織というのはそういうものだ。平和利用の為の研究だけをしていても、金が足りなくなる。手っ取り早く換金できる価値が改造人間にはあるのだから、利用するのは当然だろう」

 なるほど、とまるで他人事のようにおどけた様子で静馬はぽんと手を打った。実際、静馬は護衛に使われようが、戦場送りにされようが、地下で殺し合いをさせられようが、どうでもよかった。本来あるはずの葛藤や苦悩をしなくてすむ自身の心の乾き具合を、内心で静馬は好んでいた。自ら望んだ通りの生き物になれた満足感からである。

「そういえば、僕はステルス機能が搭載されているんでしたっけ? 戦場送りにされる予定だったんですかね、やっぱり」

「そうだ」

 即答した西島を視界の中央に捉え、静馬は小さく嗤った。

「サラッと言いますね。それほぼ死刑宣告じゃないですか」

「死んでも困らんような連中を改造しているのだから問題ない。」

 感情の篭らない声で西島は言い放った。静馬はもはや隠すことなく嗤いだし、ベッドから立ち上がった。

「口じゃ綺麗事を並べてますけど、怖いところですね、財団ってところは。全体の為なら個人を使い潰しても構わないと来た」

 言いながら、全裸のままで部屋の中を歩き、クローゼットを開ける。適当な下着と、中に掛けてあるカッターシャツとズボンに着替えて、静馬は姿見の前に立ってみた。

「この顔でこの服装だと、高校生どころかまるで中学生みたいだ。なんでもっと実年齢に近い容姿にしてくれなかったんですか?」

「開発班の趣味だろう、私はそこまで監督していない」

 おお怖い、と身震いする仕草をして、静馬は振り返った。そんな無機質な表情と虚ろな目に、西島は一瞬竦む。底の見えない、暗い色をたたえた瞳に光は無く、どこを見ているのかも判別がつかない。目を合わせるのが恐ろしくなって、西島は慌てて目をそらした。

 そんな西島の心情をなんとなく理解し、静馬は話題を変えて場の雰囲気をうやむやにすることにした。

「……で、西島さん」

「なんだ」

「僕が仕留め損なったあの女、結局どうなったんです?」

 途端、西島は苦虫を噛み潰したような顔になった。地雷を踏んだかな、と静馬はのんきに首を傾げる。

 西島は先日、命からがらホテルに到着した後に財団から受けた命令を思い返し、深くため息をついた。

「お前が気を失ったあとも、アレは地べたを這いつくばっていた。下手に手を出せば殺されそうだったからな、私はお前を担いでこのホテルに逃げ込んで来たのだ。勿論、私は財団に刺客を要請した。だが……」

 一度区切り、足元を睨みながら西島は呻いた。

「……援軍の改造人間達は全滅した。財団からの信用を取り戻すために、私は残った貴様を使って奴を破壊しなければならん。新たな刺客がこの街に到着するのは明日の朝になるという。それまでに貴様には奴を始末してもらわなければならんのだ」

「つまり自分の地位が危ういから何としても明日までに奴を殺して来いと、そう言うわけですね、西島さん」

 既に、否、最初から信用などされてはいないだろうが。

「黙れこの気狂いがッ! 貴様とて、私が財団に始末されたら処分されるのだぞ! わかっているのか貴様ァ!」

 脂汗を撒き散らして喚く眼前の男を、まるで底なし沼のような瞳で、静馬は視界に収める。どこまでも身勝手で、利己的。正真正銘のクズ、というのはこういう人種なのだろうな、と薄く嗤った。自分がそれ以上のクズであることは、重々承知しているが。

「簡単に言いますけどね、あの時はアイツがまだ自分の身体に慣れていなかったからしのげたんですよ。三日も放っておいたんなら、もう今頃アイツは自分の身体を使いこなせるようになってるはずです。次にやりあったら、今度こそこっちが殺される」

 それ以上に、アレは人殺しを楽しんでいるフシがある。先日の刺客の件もそうだが、下手に刺激をすると、何をしでかすかわからない。最悪、街を蹂躙される可能性もある。それを分かっているのか、とは勿論口に出さず、静馬はひとつあくびをする。言わんとしていることが伝わったのだろうか、西島は気だるげな表情を浮かべながら口を開いた。

「不本意だが、貴様しか頼れるものがいないのだ。やすやすと死なれては困るから私の方もサポートは惜しまんつもりだぞ」

 言いながら鞄をあさり、タブレット型の情報端末を取り出す。しばらく操作をした後、西島は端末の画面を静馬の眼前に突きつけた。

「洗脳、とは言っても感情や記憶を整理するだけのモノではないぞ。それ以上に新しい身体の使い方を覚え込ませるという重要なプロセスなのだ」

 洗脳されている最中、確かにそんな映像を何度も見せられたっけなぁ、と静馬はぼんやりと数週間前の記憶を思い返した。

過去の記憶をほじくり返されない限り、あらゆる手を尽くしても桐谷静馬の心を犯すことは不可能である。逆に、過去を刺激した場合、静馬はあっけなく壊れてしまう。それは、それとなく本人も自覚していたことだった。

「おい、聞いているのか」

 ふと我に返ると、怪訝な面持ちでこちらを覗く中年がいる。一瞬、西島の名前が出てこなかったことは、もちろん黙っている。

「だから、これから貴様にその『義体』の使い方をレクチャーしようというのだ。細かいところは自分で何とかしてもらうぞ」

 時刻は午前七時、タイムリミットは今夜。時間などあるはずがない。西島は焦っていた。対して静馬は、今の自分の体に秘められた多くの機能を活かしきれていないことを知らされ、しかしそれを使いこなしたところで勝ち目は薄いままだろう、と冷静に考察していた。死ぬのは一向に構わないが、それでもあんな奴に殺されるのは遠慮したい。早々に隣町にでも逃げ出したほうがいいだろう。そんなことを考えながら、静馬は鏡に映る変わり果てた自分の姿を注視していた。


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