第十五話
幽霊屋敷の惨劇の数年前、地元の中学校の二階にある自身の教室で、あきらは麻倉姉妹と談笑をしていた。
音楽やテレビ番組の流行り廃りなどといった他愛のない会話。だが後にあきらはこの頃が最も三人にとって幸せな日々だったと思い返す。
「香織、昨日、和嶋くんにコクられたんだって?」
怪談や都市伝説を好むものの、恋愛に関する噂話には少々疎いあきらは、少し顔を赤らめながら友人に問いかけた。
「うん。まぁフッたけどね」
「ひゃー香織ったら余裕だねー」
すまし顔で答える香織と呼ばれた少女は、都会を出歩こうものなら即座にスカウトが押し寄せるであろう端正な顔立ちをしている。そんな彼女をあきらは羨みこそすれ、半ば同情もしていた。何をしても絵になる程の美少女なのだ。思春期真っ只中、怖いもの知らずの男子学生が手を出さないわけが無い。
「先月は上級生、今週の頭に不良からナンパ、そして昨日の放課後に同級生からも…。モテモテなのはいいけど、ちょっと心配になってくるよ」
「アハッ、でもあきらだって可愛いじゃん。高校生になったら化けると思うな、私は」
「そ、そう?私が?」
香織の思わぬ褒め言葉に照れるあきらとは対照的に、麻倉家次女、麻倉彩乃は憂鬱な面持ちである。香織の双子の妹であり、容姿はまさに瓜二つである彼女であるが、しかしその内面は姉と違って内気で臆病なところがある。そんな性格を理解している香織とあきらは、いつもの心配性だと思って、励ますように語りかけた。
「大丈夫だよ彩乃、あんたのおねえちゃんはそこらの男が相手なら自慢の空手でやっつけられるから」
「ちょっと、人のことパワーキャラみたいに言わないでよ」
じゃれあう少女達を見つめながら、しかし彩乃は不安を拭えない。気性の激しいところがある姉が、いつか寄ってくる男を相手に問題を起こしてしまうのではないか。下手に腕の立つのが余計に心配だ。しかし彩乃は黙って作り笑いを浮かべるしかない。以前そのことを姉に伝え、投げ飛ばされたからだ。
「でもおねぇちゃん、くれぐれも気をつけてね? 勢いに任せて男の子をボコボコにしかねないもん」
「だ・か・ら! なんで私がそんなパワーキャラになってるワケ?」
怒った顔も可愛いなぁ、と佐条あきらは妹に掴みかかるパワーキャラ、もとい、香織の顔を見て密かにうっとりとしていた。年頃の女子学生でありながら、自分に未だに好きな異性の一人もいないのは、きっとこの二人といっしょにいる時が楽しくて、恋をする必要が無いからだろうとあきらは思っている。未だ、自分が同性である麻倉姉妹に対して、単なる友達以上の好意を寄せているからだとは気づいていない。
夕焼けの赤い光が少女達を包み込んでいく。いわゆる『マジックアワー』である。あきらは暮れる日を細めで見つめながら、帰ろうか、と呟くように口にした。
「そうね。そろそろ帰ろっかなっと」
大きく伸びをして、香織は鞄を手に取った。やや遅れて彩乃が鞄を肩にかけると、ストラップのマスコットがチャラチャラと音を立てる。あきらと香織と出かけた時に選んでもらった、大切なものだった。
最後にあきらが教室の戸を閉めて、廊下で待っていた麻倉姉妹に合流する。幼少の頃からの習慣で、少女達は帰るときもいっしょだった。
「帰りにどっか寄ってかない?」
提案する香織に、意外にも彩乃が意見をした。
「ダメだよおねえちゃん、私達受験生なんだよ? 昨日も一昨日も遊び歩いて……今日ぐらいはまっすぐ家に帰ろうよ」
分かりやすくしかめっ面をして「うるさいなぁ」といった調子で渋々妹に従う香織。その肩をぽんと叩いて、あきらは「また今度ね」、といたずらっぽく目配せをした。
夕焼けの穏やかな光が徐々に消えていく。昼と夜の堺で、少女達はこれから待ち受ける運命も悲劇も知らず、じゃれあっていた。佐条あきら、中学三年生の秋のことである。




