02
師匠が厄介な依頼とやらで出かけてから一週間が経った。課題も終わり、することもなく課題の復習をするだけの日々。正直つまらないし、飽きている。
「あー……新しいローブできちゃったよ」
暇すぎて苦手な裁縫をしているというのに、師匠は未だ帰らず。
*****
「只今帰りました」
私が暇すぎて暇すぎて、いつもはやらない細かな刺繍までしてローブを完成させた昼下がり。師匠は突然帰ってきた。おい、急だな。
二週間を過ぎた辺りからこりゃまだ帰らないだろうとダラけ始め、食器は流しに置きっぱ、部屋の掃除は手抜きでいつも使う部分のみ。洗濯物もカゴに山となっているぐっちゃぐちゃな部屋でパジャマのまま、お気に入りの紅茶とお菓子を手にまったり刺繍している時に師匠は帰ってきました。
「……オカエリナサイ、センセー」
「おや、可笑しいですね。もうお昼もだいぶ過ぎたと思うのですが」
にこにこ普段笑わない師匠が笑顔だよー。こわっ。目が笑ってないとかより、普段笑わない人が笑顔とか怖い。
私の師匠であるエルンスト・メルケル・ランドルト様は、無表情がデフォルトと言っていいほど表情が動かない人だ。見た目イイのに勿体無い。ブロンドの肩までの柔らかな髪とか、コバルトブルーの涼やかな瞳とか、薄めの唇とか。これで優しく微笑んでいれば王子様って見た目なのに。
「……はあ。とりあえず着替えてきなさい。その間に片付けておきます」
「はいー!」
*****
二階にある私室に駆け込み開きっぱなしのタンスから服を引っ張り出す。ローブはさっき完成させたのでいいとして、服だよ服。洗濯をサボっていたがためにストックが!
ちゃっちゃとパジャマを脱ぎ捨て、適当に取り出した服を頭からズッポリと着る。着てからローブに合うか考えてなかったことに気づき、鏡の前でローブを胸に当ててみれば適当に着た服は手持ち唯一の可愛いワンピースだった。これ、いつかデートの時にでも着ようと思ってたやつだ!
「あーでも着替えてたら師匠に怒られるー!!」
ちくしょう……幸いローブは艶のある月白に金茶の刺繍だから合わなくはないけど。ワンピースもミントグリーンだし合わなくはないけど。
「……ぜっっったい、鼻で笑われる」
師匠は綺麗な容姿だから何着ても似合うだろうけどさあ……私は見た目地味だからなあ。アッシュグレイの髪にチャコールグレイの瞳とか、色ないからね私。灰色だよ、灰色。しかもちびっこだし、出るとこお尻しか出てないし。……自分事ながら、地味すぎて笑えてくるわー。
*****
「せんせー、着替えてきましたー」
私室から急いで居間へ行けば、たぶん師匠が魔術でどうにかしたんだろうなー。あれだけぐっちゃぐちゃだったのが綺麗さっぱり片付いてるよ。
……片付いたのはいいけど、ソファーに座ってるフードを被ったお兄さんは誰ですか。
「リーリエ、急ぐのはいいですが走らない」
「はい!」
「……彼は今回の厄介事を運んできた馬鹿です。紹介させますから座りなさい」
……紹介するんじゃないあたり、師匠機嫌悪いな。
ひとまずソファーの一番端に座る。我が家……といっても師匠の家だけど、ちょっと特殊な間取りをしている。玄関扉を開けてすぐソファーとテーブルがあり、ちょっとした来客はここで対応する。前は壁とかあったらしいけど、師匠が壁をブチ抜いて一階はワンルーム状態だ。……だから帰ってきた師匠に流しに置きっぱなしの食器とかすぐバレたんだよね。なんでブチ抜いたかな!
お兄さんはむすっとした顔で師匠のことを睨んでいる。やっぱり厄介事とか本人目の前にして言ったからかな。
「睨んでないで名乗ったらどうです。喋れないわけでもないのでしょう」
「……ふん」
「子供ですか」
うわあ。私逃げちゃダメかな。
子供って言われたのが悔しいのか、お兄さんは私に顔を向けてきた。……ところでフードはそのままなの?
「……ヴィルヘルム・ノイン・ラインハルト・ローゼンクランツだ」
「あ、私はリーリエ・エーデルシュタインです」
「…………」
「…………」
「何黙ってるんです。名乗って終わりですか?」
「えーと……師匠? なんでヴィルヘルムさんが厄介事の原因みたいに言うんですか?」
「原因だからですよ」
笑顔再び。今度のは私じゃなくてヴィルヘルムさんに向けてだけど、なんなんだ。
あの目の笑っていない笑顔を向けられたヴィルヘルムさんは、それでも不遜な態度を改めない。おおう。すごい勇気だなー、私には無理だ。
名乗ってから口を開こうとしないヴィルヘルムさんに、たぶん、いや絶対イラッとしたんだろうな。ソファーから立ち上がった師匠は、問答無用でヴィルヘルムさんの被っているフードを引っペがした。わー、ヴィルヘルムさんも美人さんだー。師匠と真逆な感じの美人さん。シルバーホワイトのさらっさらな髪にルビーの瞳とか、アルビノの美人さん!
……だけど、
「……なんで猫耳?」
私の顔をキッと睨みつけてきたヴィルヘルムさんには猫の耳が付いていた。……ファッション?
「ファッションではないですよ、リーリエ。趣味で付けてるなら、私に持ってこられた依頼内容はなんですか。考えたくもないですが」
「でっすよねー」
「おい、貴様らくだらないことを話しているな! いいから、早くこの呪いを解け!」
「私には無理ですよ。猫の状態からそこまで戻しただけでも良かったでしょうに……」
「っ! 貴様、この国一番の魔術師なんだろ!?」
「無理です」
にっこり。声を荒げるヴィルヘルムさんに対し、師匠は子供に言い聞かせるように穏やかに話している。うん、パッと見は。
良くは理解できないが、ヴィルヘルムさんは師匠が呪いを解いて猫耳状態らしい。依頼した時点ではニャンコさんだったのかー。やっぱりニャンコさんの時も美人さんだったんだろうなー。
「なんとかしろ! 僕はこの国の王子だぞ!!」
「え?!」
「えって貴様、気づいてなかったのか!?」
「おや、リーリエは知りませんでしたか? この猫耳はこれでも一応は王子ですよ」
「一応ってなんだ!」
「だって王子とはいえ九番目ですからね。いくら正妃様のお子とはいえ、九番目ですからねえ」
「え、でも師匠。九番目っていっても王子様は王子様なんでしょ?」
「ええ、九番目とはいえ王子ですよ。どうしようもない馬鹿ですが」
「……さっきから何なんだ貴様ら! 九番目だとか馬鹿だとか!」
五歳で師匠に引き取られ、それからずっと魔術の勉強ばっかりしてきた私はちょっと……うん、ちょっと世間知らずだ。ちょっとだけ。だいたい我が家は王都の端にあるし、私の生まれ故郷は田舎も田舎、隣国に一番近いと言われていた場所の一つだ。王族とか初めて見た。
キーキー文句を言っているヴィルヘルムさん……じゃなかった。王子様だった。とにかくこの猫耳が生えている美人さんは九番目とはいえ王子様だった。納得。だから師匠を相手に偉っそーにしてたのか。
「でも師匠。呪いをこれ以上解けないっていうなら、なんで王子様が家に来てるんですか?」
「しつこいんですよ」
「え……もしかして依頼受けて喋れるようになってからずっと、この調子ですか?」
「ええ」
「……うっわー、それはウザイですねー。師匠がここまで呪い解いたのに感謝も労いもなく文句言い続けてるとしたら、本当にウザイですよ。何様なんですか……ああ、王子様か」
「…………貴様らそっくりだな」
「どこがですか」
「えー似てないですよー」
「とりあえず、私にはそれ以上呪いを解くことはできません。私には、ね……」
「……なんで私を見るんですか、せんせー」
にっこりと私に王子様スマイルを向けてきた師匠に対して、嫌な予感しかしない。
「呪いを解く方法は、術者を探し出して解かせるか……術者よりも力のある魔術師に呪いを解いてもらうか、です。まだまだ未熟ですが、リーリエ、貴女の魔力は私以上。この煩い王子に帰ってもらうために、頑張ってくださいね」