表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

01

【少々厄介な依頼を受け、しばらく出掛けます。私が居ない間も課題を怠らない様に。貴女は一日でもサボると直ぐに面倒を引き起こしますから。家の中がめちゃくちゃ……なんて事がないように。それと、起きたらまずは顔を洗いなさい。これを読み終わり次第。   エルンスト】



 木枯し吹く秋の終わり。夜遅くまで課題をしていた私が起きてくると、テーブルの上に師匠せんせいであるエルンスト様からの置手紙が置いてあった。置手紙……というか、最早メモだ。走り書きだ。


「厄介な依頼とやらはどーでもいいとして。いつ帰ってくるとか課題内容とか……何も無しですか」


 寝起きのぼさぼさの髪にパジャマ姿の私――リーリエ・エーデルシュタインは途方に暮れてますよ、せんせー。



 私が住んでいる国はグローリエユスティーツという、人々の暮らしに一々魔法が絡んでくる魔法大国だ。それこそお湯を沸かすのも、掃除をするのも魔法の力。皆大抵の事は魔法でちゃっちゃと済ませるのが常識。魔力量には個人差があるが、日常生活は普通に暮らせる。普通は。

 突然だが、私の魔力量は近年稀にみる量だったりする。普通の人がマグカップとしよう。優秀な人はこれが鍋やら風呂釜だったりする。王族なんかは大体風呂釜からプールってとこ。ちなみに師匠はプール三杯分以上らしい。

 そして私の魔力量は――海らしい。

 らしい、なんて曖昧なのは魔力計測器が壊れたから。魔力量は体の中で安定する五歳くらいに測定するが、私の場合子供用の測定器は触っただけで煙がこう、モクモクと……。係りのお姉さんが口元引きつりながら、その場にあった計測器全て持ってきてもモクモク。親が平謝りする中、最後の砦とばかりにやって来たのが師匠だった。――結果から言うと、師匠でも測定不可能。プール三杯分以上の師匠を上回る魔力がある事は確かだが、ぶっちゃけ正確なの測ろうとすると私の命が危ない。そしてこの魔力量で放置するともっと危ない。

 そんな訳で、私は師匠に引き取られた。国一番の魔術師様に日々課題を出されつつの飴と鞭な生活……あれ、飴あったっけ。


「とりあえず、顔洗いますか」


 居間から洗面所へと移動し、洗面台の前で気合を入れる。普通の人は蛇口を自分の魔力で開くんだけど、私の場合はそうもいかない。そもそも蛇口あるなら捻る隣の国のと同じでいいじゃん。なんで魔法で栓しちゃうかな。作るのが手間とか馬鹿じゃないの。こっちのがよっぽど手間だよ。


「……ふっ」


 そして今日も見事なまでの噴水。むしろ水鉄砲。いや、鉄砲水かな。顔に当たるとかなり痛いし周り、水浸し……。

 私が師匠に引き取られた理由の一つに力の制御がある。普通の人が何となくで出来ている力加減が、私にはまっっったく理解できないのだ。こう、ちょんって突いてみたつもりがハンマーで殴りつけるくらいに違う。

 やる気はあるんだけどなあ。師匠にはやる気じゃなくて殺る気って言われたけど。大丈夫、まだ死人は出ていない。



*****



 水浸しになりながら洗顔……いや、水浴びか。とにかく顔を洗い、蛇口を閉める。この時重要なのはイメージ。師匠から言わせるとなんとかって理論とか原理が関係するらしいけど、理解不能なもんは取っ払って蛇口をギュギュギューと閉める。イメージで。実際にやってもいいんだけど、隣国の蛇口とは全く違った筒状なんだよね、うちの国のって。ぶっちゃけ回す部分がない。

 洗顔したら一先ず着替え。師匠が居たら熱風で乾かしてもらえるけど、私が一人でやったら大火傷だしね。……はい、一度試して髪の毛燃えました。おかげで今肩にも届かない。


「今日は何着ようかなー」


 基本的に魔術師は一般人と違って服装に規定がある。測定不可能な魔力量を持つ私も、不本意ながら魔術師の端くれだったりする。まだまだ未熟者ですが。

 魔術師っていっても特に特別な職ではないんだよなあ。普通より魔力が多くて、魔術師をやってる人に師事するだけ。だから私は魔術師になってからもう一三年目のベテランです。魔術師歴だけはベテラン。まだ初歩魔法しかまともに出来ないけどね!


「んー、やっぱり年頃の女の子としては可愛いのが良いんだけど……」


 魔術師の制服といえばダラーンとした重そうなローブを思い浮かべると思う。例に漏れず、規定にローブは必須項目であった。ただ、形状とか素材は個々の自由なんだけどね。師匠のローブは綺麗な群青に銀糸で複雑な縁取りがしてあるやたら豪華なの。普通の人と違って薄手で軽いのに、色々術式で防御面も徹底してる師匠お手製の一点モノ。……つまり、ローブとか自作しなきゃなんですよ。


「結局いつもこれだなー」


 霞色かすみいろに紫紺のローブ。若い魔術師の大半が着ているローブの色ですよ。つまり、初心者ローブ。……泣きたい。



*****



 ローブに着替え朝食もなんとか作って食べたら昨夜からやっている課題に取り掛かる。どうも私は理解するまでが長いタイプらしく、一つの課題をクリアするまでに人の倍は時間がかかるらしい。一度覚えれば忘れないんだけどなー。

 今やっている課題は風の精霊・シルフィードの力を借りて物を動かす初歩魔法の発展系。師匠が言うには動かすという目に見える魔法はイメージしやすくて初心者向けらしい。初めて魔法に触れる際、目に見えるというのは術者の意欲を高めるのにうってつけ……とのことだ。そりゃ動けば魔法使ってるよすげー!ってなるわな。――だけど、これが私には当てはまらなかったから問題なんだよ。


「……んー、相変わらず不思議だわー」


 基本的に私たち魔術師から精霊は見えない存在である。居ることは居るし、見えないこともない。だけど見えるような精霊は高位であり、術者との信頼関係が関わってくる。だから初歩魔法で力を貸してくれる精霊は目に見えず、まるで自分の不思議な力で物を動かしている……と思うことでやる気が出て教える方が楽できていいんだそうだ。それでいいのかよ。


「見えないけど、居るんだよねえ。んで、動かしてもらってる、と」


 普通はすげー!と目を輝かせるらしいこの初歩魔法だが、私はただただ理解できなかった。だっていきなり動くんだよ。自分で動かしてもないのに勝手に動くんだよ。精霊と私の間で会話したとかでもなく、勝手に動くんだよ。わけわからん。

 精霊は術者の魔力を貰う代わりに力を貸す。だから一定以上の魔力を持ち、力の使い方を学んだ者は魔術師と名乗れる。所詮魔術はギブアンドテイク。精霊と信頼関係がちゃんと出来上がっていて、使う魔術式を理解し操れる魔力のある者こそが真の魔術師……というのが師匠のいう魔術師のなんたるかだ。

 師匠のいう真の魔術師になれる要素を私は持っているらしい。


「……ま、とりあえず動かすのは成功っと。次は隣りの部屋から物を持ってくる、かあ」


 なんで壁とかすり抜けて物が移動してくるか、わからん。

 私は師匠から面倒と真顔でいわれるくらい理解力が乏しいらしい。理解力なのか。壁とかすり抜けてくるのを理解力でどうにかしろってか。わけわからん。


 案の定、今日もこの課題は進まなかった。



*****



 師匠が出かけてから五日。なんとか隣りの部屋から物を持ってくるという課題は成功した。もうね。私には理解できない不思議空間を移動するんだと考えたらうまくいったよ……。うまくいくまでに隣の部屋の壁がへこんだけど。

 魔術には精霊の力が必要であり、地・水・風・火の四精霊がいる。どうも私はこの中でも風の精霊・シルフィードとの相性が良いらしく、課題もだいたいがシルフィードの力を使ったものだ。今回出されていた課題もほとんど風魔法だったから一人でできた。


「はあ。課題全部終わった……」


 壁がへこんだこと以外は特に問題もなく、怪我もしていない。私一人で勉強するのは禁止されているので、やるべき課題もなくなってしまった。


「……せんせー、いつ帰ってくるのかなあ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ