第87話-魔法の特訓
「よし! エイジ!
これで最後だ。
これが済んだら休憩を入れる。
だからって、気ぃ抜くんじゃねぇぞ!」
「はい! お願いします!」
「いくぞ!
集え闇精、黒き雷鳴の轟くとき、
いかづちをもて、我が敵を撃て!
【ダーク・ボルト】」
「ぐぇぇぇ!」
レッカードさんの詠唱に合わせて、
黒い稲妻が俺に降り注ぐ。
全身に強烈な痺れが走り、その衝撃で俺は……
ビクンビクン、くやしい、でも感じちゃ……
……いや、ちがった。別に感じない。
ちゃんと痛い。
……勘違いしないでほしいが、
別に変な性癖に目覚めたわけではない。
これは、特訓の一環なのである。
7月3日 水の日 PM2:45
「大丈夫かの? エイジ?
あまり無理してはならんぞ?
ほら、ポーションじゃ」
「おっ、ありがとうアイン。
まぁ平気だよ。
ちゃんと魔石も持ってるし……
って、あ! 」
「なんじゃ、また壊れとるじゃないか。
ほら、まっとれ。
休憩のあいだ、かわりの魔石をもってくるのじゃ」
芝生に座り、運動をした後の様にバテている俺から、
アインはひびが入った魔石を受け取り去っていく。
レッカードさんは無言で汗を拭き、
お決まりのパイプに火をつけた。
ライクちゃんとマリーさんは、
俺の特訓に貢献すべく、魔法関連の書物を読み漁っている。
……ここは、アルバトロス邸の中庭。
俺は今、レッカードさん達と、
魔法を覚える特訓をしている。
マリーさんが抗議の結果、獲得した複数の条件。
その中の1つである……
・魔法を1つでも使えるようになること(およそ10日以内)
これを達成するためだ。
ネットさんが、俺が元の世界に帰るのを
邪魔しようとしていると考えたマリーさんは、
昨夜、数時間かけてネットさんに抗議してくれた。
まぁ、ただ単に、俺と結婚しそうな事が
全力で嫌だったからかもしれないが、
それは俺の邪推だ。
疲れた様子から察するに、かなり真剣に話し合ってくれたようだ。
その結果、ネットさんの条件は、
俺を保護しようという善意から来たものであり、
全くの理不尽な要求ではないことが分かった。
そしてさらに、マリーさんの交渉により、
俺が大規模討伐戦に参加する場合の別の条件……
つまりは妥協案の獲得にも成功した。
――その条件とは、全10カ条で、
①大規模討伐戦では【天空剣】禁止。
②大規模討伐戦では、強さを見せつけないこと。
③大規模討伐戦では、危険な事はしないこと。
④今まで通り、他人には素性を隠すこと。
⑤アルバトロス家のお抱え冒険者となること。
⑥万が一、活躍によって【英雄】の職業を手に入れた場合、
関係者全員で授名式に参加すること。
⑦貴族や他の冒険者との接触はなるべく避けること、
不自然な接触があった場合は、ネットさんに報告すること。
⑧元の世界に帰ることに、焦らないこと。
⑨この世界の常識を学ぶこと。
⑩大規模討伐戦までに、魔法を1つは使えるようになること。
以上が、その内容だ。
まぁ、搔い摘んで言えば、
①②④⑤⑦が、俺が無用の争いに巻き込まれないための条件で、
⑥⑧は、俺が突然いなくならないようにするための条件、
③⑨⑩は、俺の身の安全のためらしい。
俺がマリーさんと結婚することで
総括出来るはずの利点を個別にばらして妥協すると
こんな感じになるのだそうだ。
細かいところは全員で話し合い、
双方納得の上で、俺たちはこの条件で
大規模討伐戦に臨むことに決めた。
まぁ、全体的には守れない条件ではないが、
⑨と⑩が少し曲者だろう。
まず、⑨についてだが、
これは事情を知っている仲間や知り合いの人が、
徐々に教えてくれるそうだ。
昨日も、さっそく女性陣から……
この世界では、パンツは履物である事、
パンツは収集するものではない事、
1人でにやにやすると変な目でみられる事、
パンツは頭に被ってはいけない事、
パンと似ているがパンツは食べ物ではない事、
突然ひとりごとを言うと変な目でみられる事、
パンツは男性用と女性用がある事、
女性陣は女性用のパンツを所有する事、
俺は女性用も男性用も無闇に所有してはいけない事、
トカゲパンツという通り名は不名誉な事、
っていうか残念すぎる通り名な事……
……などを優しい顔で切々と、
懇切丁寧に講義された。
うん、まぁ俺の世界でもそうだったけどね。
知ってるけどね。
……っていうか、どんだけパンツのガード固めようとしてんだよ!
ふざけんな!
という微笑ましいやり取りがあったところだ。
だから、⑨については
俺の寿命がストレスでマッハという他は
たぶん問題はないだろう。
だが、その一方で⑩については、かなり厄介だ。
まず、洗礼が出来ない俺としては、
どうにか精霊を宿すというところからのスタートであるし、
純粋な移動時間を考えると、多くの時間は取れない。
時間については、協力してくれるレッカードさんの提案で、
10日以内を一応の目途としているが、
クリアできるかは未知数だと言って良いだろう。
しかし、条件云々の前に、魔法が使えなければ
もともと移動手段である『マッシブ・ドラゴン』を
倒せないので、あまり悲観する事はない。
どの道、魔法は使えるようにならなければならないのだ。
この様に、獲得した条件は全面的に俺たちに有利なわけではない。
それでも、この条件は、
基本的には参加してほしく無いネットさんが、
最大限の譲歩として示したものであるし、
マリーさんの努力の結晶でもある。
だから、これ以上、
条件が俺たちの有利に変更されることはあり得ないだろう。
もっとも、ネットさんは依然として結婚することを、
参加する場合の最善策と考えているようで、
そちらの条件に戻すことは構わないそうだ。
ちなみに、条件を無視して大規模討伐戦に参加しても、
ネットさんの権限で連れ戻されるだけなので、
参加するならば、いずれの条件にしても
無視することは出来ないということも念押しされた。
……俺も約束したからには守るつもりだ。
以上の成り行きから、俺達はこれらの条件を達成すべく
アルバトロス邸に滞在し、
魔法を覚えるための特訓を受けることになったのだ。
そして、話は冒頭の特訓に至る……
先ほども言ったように、
洗礼が出来ない俺が、魔法を覚えようとするならば、
なにか別の方法を考えなくてはならない。
そこで、レッカードさんが提案してくれた、
俺でも魔法が使えるようになる可能性のある方法。
それを特訓として実行しているのだが、
これが、なかなかの荒療治だった。
――磁化という現象をご存じだろうか。
例えば、鉄を磁石に長期間付着させたままにしておくと、
磁石から離しても、その鉄は微量の磁力を帯びる事がある。
あの現象の事だ。
これと似たような現象が、魔法についても起こるようで、
鉱物などが、威力の高い攻撃系魔法を浴び続けていると、
精霊がその物質に宿ってしまう事があるそうだ。
『耐水の指輪』など、固有スキルではなく、
魔法の効果を持つ防具は、その様にして出来るらしい。
これと同じ理屈で、魔法攻撃を受け続ければ、
俺の体にも精霊が宿るのではないか。
それが、レッカードさんの提案した方法だった。
正直、俺は鉱物と同じか! と突っ込みたいが、
他に有効な方法もなさそうなので、
さっそく今朝から特訓している。
ちなみに、この特訓。
……滅茶苦茶つらい。
威力が高ければ高いほど、
精霊の宿る可能性は高いそうなので、
常人なら死ぬほどの威力の魔法を、
7属性のローテーションで受けるのだ。
仲間たちも、辛いのを知っているので、
休憩に冷えたポーションを飲ませてくれたり、
マッサージをしてくれたりと世話を焼いてくれている。
その様子はまるで、24時間テ○ビのマラソンの様だ。
まじでサライ、いや辛い。
さすがに能天気な俺も、必死になってくれる仲間を思うと、
『万が一の事態』を考えざるを得ず、
『保険』として魔石を懐に入れている。
知っての通り、魔石には魔法を吸収・蓄える性質があるからだ。
だが、さすがの魔石も、
高威力の上級攻撃魔法には耐えきれず、何個も壊してしまう。
先ほどアインが取り替えてくれたのも、そのためだった。
「ふぅ……ポーション飲んだら、
だいぶ楽になりました。
レッカードさん、魔石が来たら、
続きお願いします」
俺は屈伸をして、特訓の準備をする。
休憩の間の長い回想を終え、頭も大分はっきりしていた。
「まぁ、待て。
こっちは老骨に鞭打って、
上級魔法連発してんだぜ?
ちっとは休ませろよ」
レッカードさんは、元気そうな俺を、
凄く嫌そうな表情で見た。
意地悪ジイさんを気取っているので、
レッカードさんは、こういう態度をする事が多いらしい。
条件の詳細を交渉しに行った帰り、
ネットさんがこっそり教えてくれた情報だ。
「あぁーやだやだ。
これだから人間の若者は嫌いなんだ。
なんでそんなに無駄に元気なんだ?」
指を下品に鼻に突っ込んだあと、
ピン、っとはじいてレッカードさんが言う。
「いや、お願いしますよ。
例えマリーさんの気持ちを踏みにじってでも、
俺は大規模討伐戦に参加しないと
いけないんですから……」
俺の言葉に反応して、本を読んでいる
マリーさんの肩がビクッと動いた。
……やはり思うところがあるのだろう。
だが、魔法の習得が出来なかったときは、
『彼女の優しさや努力を無に帰す事』になろうとも、
それが一般的には『詐欺』と言われそうな方法でも、
俺は大規模討伐戦に参加しようと決意していた。
「ちっ、気に入らねぇな……
そうならないように、最大限努力しろよ!」
しぶしぶ、と言った様子で、
レッカードさんは重い腰を上げる。
「はい!」
俺は力の限り返事をする。
俺だって、自分で魔法を『詠唱』出来ればそれに越したことはない。
先の事を憂うより、出来る事をやってみよう。
そう思って頑張っているのだ。
さぁ、特訓を続けるか!!
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名前 エイジ・ニューフィールド(わるだくみ)←NEW!
職業
略
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