第73話-飛行艇
2か月間、申し訳ありませんでした。
ゆっくり再開します。
「ただいまぁ。
マリーさん、エイジ君の調子はどう?」
「あら、ライクさん、おかえりなさい。
大丈夫みたいですわ。
だいぶ良くなりました」
6月30日 光の日
俺がギルドの測定室をぶっ壊してから約一週間。
俺は病気療養の名の下に、ダラダラと日々を過ごしていた。
俺は今、リビングの椅子に座り、
ボーっと3人の会話を聞いている。
療養と言うと大げさだが、これはあながち嘘でもない。
あの出来事のせいで、俺は肉体的にも精神的にも、
かなりのダメージを受けたのだ。
えっ? あの出来事って何かって?
……いやいや、それは聞いちゃダメだろ。
……恐ろしくて詳細を語ることは出来ないが、
ただ1つ、俺から伝えられることは、
何があってもギルド長の奥さんには、
絶対に逆らってはいけないと言うことだ。
通常のお仕置きですら、あの恐怖。
多分、ヤンデレモードの時には、
あの人の恐さは、魔王とかを遥かに上回ると思う……
これは後で確認した話だが、ギルド長の奥さん
つまり、クリケットさんは王都でも腕利きの
暗殺者だったらしい。
暗殺者というだけでも、なんだか物騒だが、
もっと恐ろしいのはその暗殺者の持つスキルだ。
そのスキルは【首狩り刀】と言うらしいのだが、
【ほうちょう】の上位スキルにあたるもので、
刺したものを【ほうちょう】よりも
高確率で死亡させるらしい。
しかも戦闘時にしか使用できない
【ほうちょう】と違って、任意のタイミングで
使用できるそうだ。
暗殺者のスキルだけあって、
相手が臨戦態勢に入っていなくても、
一方的に殺せるということだろう。
……実に恐ろしいスキルだ。
…いや、能力じゃなくて「上位」ってとこがね?
考えても見てほしい。
「上位」スキルということは、すでに【ほうちょう】を
取得しているライクちゃんは、将来的に取得する
可能性があるということだ。
それは非常に危険なことだろう。
簡単に言うと、今まではライクちゃんがヤンデレになっても、
戦闘中、つまり臨戦態勢になっていなければ
俺の命が危険になることはなかった。
まず、俺がライクちゃんと戦うことはあり得ないから、
モンスターとの交戦中でもなければ
【ほうちょう】のスキル自体が使えない。
また、日常において普通の武器で攻撃されたとしても、
ライクちゃんと俺のステータス差を考慮すれば、
よほどの武器でない限り死亡までには至らない。
これは以前に普通の包丁で刺されたときに確認済みだ。
しかし【首狩り刀】の場合は、任意のタイミングで
使用できるから【ヤンデレ】発動とともに
いきなり即死攻撃される可能性がある。
いくら冒険者の日常が死と隣り合わせといっても
これは意味が違うだろう。
結論を言えば【首狩り刀】を駆使する【ヤンデレ】…
それは、最高に危険な組み合わせなのだ。
そう例えば、ギルド長の奥ささささささ……
ひっ、や、やめて……おしおきこわい……
くぁwせdrftgyふじこlp;ぁぁああああ!
「あっ!いかん!
またエイジの発作が!
マリー!はやくアイテムを!」
「まかせてください!
『トラウマブレイカー』!
どっせーい!」
……ムグッ!
……ふぅ。
とまぁ、こんな感じでこの一週間。
落ち着いて現状を分析する。
↓
ギルド長の奥さんやお仕置きのことを思い出す。
↓
錯乱する。
↓
アイテムで落ち着く。
という不毛なループを繰り返していたために、
マリーさんに『トラウマブレイカー』なる
怪しげなアイテムを投与されながら、
家に引きこもって療養していたというわけだ。
えっ薬物依存? ハハッ何をばかな。
「ふぅ……
どうじゃ?
エイジよ。おちついたか?」
「……おっ、おう。
大丈夫。ありがとう、アイン、マリーさん。」
一週間たって、さすがに謎の誘惑は無くなったが
依然として3人の態度は優しい。
療養中もかいがいしく俺の看病をしてくれた。
「いえいえ、このくらいお安いご用です。
それより、ライクさん。
ギルドの方は、どうでした?」
「うん、測定室の修理は大体終わったみたい。
ただ、フレアコングの件は、
やっぱり、自分たちで処理して欲しいって……」
ライクちゃんが、マリーさんの質問に答えながら、
テーブルの上にドサリと、重そうなカバンを置く。
カバンの中には、沢山の書類や筆記用具が入っている。
すべてマネージャーの業務に必要なものだ。
もちろん、俺が自宅でダラダラしている間にも、
マネージャーであるライクちゃんは、
ちゃんとギルドで事務の仕事をしている。
冒険者がクエストをしない間は、マネージャーの仕事もないので
ギルドの雑務を処理しなくてはならないのだ。
今日も、ギルドでの仕事を終え、
たった今、帰宅したところだ。
えっヒモ?ハハッ何をばかな。
「そうですか。
やはり『炎の遺跡』になったとはいえ、
未だ危険な場所ですから、
ギルドの回収要員も、
立ち入ることが出来ないのでしょうか?」
「うーん。それもあるみたいだけど。
それとは別に、ギルドも今は人手が足りないみたい。
あっ、そうだエイジ君。
ギルドから連絡が来てるよ。
はい、これ。」
ライクちゃんがカバンの書類をかき分け、
1通の封筒を俺に手渡した。
封筒はギルドの正式な書類のようで、
ギルドの支部から全冒険者への『緊急招集』と書かれている。
「あー……
ついに、来ちゃったか……」
俺は封筒を開き中身を確認する。
内容は、もちろん大規模討伐戦のことについてだ。
思えば、もともと【グランポート】にまで足を運んだのも
グランポートの巨大魔物と大規模討伐戦の調査をするためだった。
結局、向こうでグランポートのギルド長である
バトーさんから、招集場所が【シャイン】という
光の島なる場所にある辺境の地であることを聞かされ、
調査の結果も、グランポートの巨大魔物はうちのギルド長が
引き起こした浮気騒動で、討伐作戦とは無関係という
結末だったわけだが……
「やっぱり、やるのか討伐戦……」
「やっぱりって……?
あれ、エイジ君もう知ってたの?」
「えっ、あぁ……
知ってたって程じゃないけど
ちょっと前から、噂程度には……」
俺の反応を見て、ライクちゃんが
意外そうな顔で確認をする。
「そっか!
きっとバレー様とクエストしていたときに
聞いたんでしょ?
一部の有力な冒険者には、情報が先に
伝わっていたみたいだからねっ!」
「……ん、まぁそんなところかな」
一人合点したライクちゃんは、
大規模討伐戦について、今日ギルドで
はじめて正式な説明があった
というところから話を始めた。
「でね、今回の討伐戦の作戦名は
『でめきん』討伐作戦っていうらしいよっ?」
「でめきん?
なんかすっごく弱そうだけど?
そんなもん、大勢で討伐するの?」
「えーっと、確か『でめきん』っていうのは、
偉い人がつけた略称らしくて……
本当は、
デンジャラス・メタル・キング・キメラティクスライム
って言うんだって」
「なんじゃ?
それはまた略称とギャップがあるのぅ」
「略称を考えた人のセンスを疑いますわね」
マリーさんが言ってはいけない事を口走った気がするが、
別に根拠もないので放置する。
「ふーん。敵はスライム系なのか。
やっぱり大したことないんじゃ……?」
「ううん。確かにスライム系の魔物なんだけど、
規模そのものが違くて……
ことによると、魔王に認定されるレベルの
強さらしいの……」
「魔王じゃって!?
それは早すぎるじゃろう?」
「魔王? 早すぎる?
えっ、それってどういうこと?」
スライムの話をしていたはずなのに、
魔王という単語が出てきたことに戸惑う。
キョトンとした俺に、マリーさんが説明をしてくれた。
「ご存じだと思いますが、魔王というのは
特定の魔物の名称ではなく、
あまりに強大な魔物に対して、国際評議が下す
認定の一つです。」
「認定……?」
「えぇ、『魔王認定』です。
おそらく、スライム系の魔物であっても
そのくらい恐ろしい魔物だということでしょう」
「じゃあ、早すぎるというのは?」
「それは、魔王レベルの魔物が現れる時期のことです。
闇の魔王をノーレッジ様が倒してから、
まだ50年程度しか経っていません」
「そうじゃ。
魔王の出現は予測できないが、
いままでは100~500年しゅうきが、そうばじゃった。
もちろん、以前にも例外的に早かったことはあるがのう。
わしら長命種にとっては100年くらいはあまり差はないが
今回は、ちと早すぎるということじゃ」
なるほど、魔王が俗称だとは知っていたけど
『魔王認定』なんてものがあるとは知らなかった。
「それで、エイジ君。
具体的な招集の説明だけど……」
「うん、あぁ、これにも書いてあるよ。
場所は、光の島にある【シャイン】で、
招集日時は、8月31日だって」
「なんじゃ、2カ月しかないのか?」
「どうしたアイン。
2カ月じゃ少ないのか?」
俺の返答を聞くと、
アインが、またか、といつもの呆れ顔をした。
「おぬしはアホか?
光の島までだけでも、
どれほどあると思っておる?」
「いやいや、そこはほら。
マリーさんの移転術があるじゃないか」
「えーっと、申し訳ありませんが
光の島まで、合計4人を移転するとなると……
魔法力の消費があまりに大きいので……
あっ!でも、決して皆さんを
信頼していないわけでは!」
「うん? 信頼?」
距離の話題でどうして信頼が?
「はぁ、本当にアホじゃの……
召喚士が移転術を使う場合には、
まほうりょくを十分にのこせる状況か、
仲間にごえいをたのめる状況でしか
使わないのが、ふつうじゃ……」
「そうだよっ!
召喚士は魔法力で戦うしかないんだからっ!
魔法力がなくて、へろへろのときに
魔物に襲われたらピンチなんだよっ?」
「まぁ、魔法力を回復するアイテムを
大量に摂取する方法も無いわけでは
ないんですが……」
あぁ、なるほどね。
ゲームなら一瞬で回復する魔法力も、
異世界式で回復するとなると実際に
時間を置いたり、アイテムを摂取する必要がある。
物理的な戦闘に向かない召喚師は、
スキを作らないよう魔法力が0になる様な
真似はしないらしい。
「あーそうなの?
それじゃあ行くのやめようか。
ホラ、物理的に間に合わないなら仕方ないし。
連絡が遅いのはギルドの責任じゃないか?」
以前にも言った通り、
正直、俺は大規模討伐戦に興味はない。
というか、めんどくさいので、参加したくない。
そもそも【グランポート】の調査に行ったのも、
討伐戦を回避するためだったからなぁ……
ギルドの責任にして回避できるなら有難い。
そう思っていると、ライクちゃんが申し訳なさそうに口を開く。
「うん。ギルドも連絡が遅れたことは申し訳ないって。
でも、半壊したギルドの修理で、
どうしても間に合わなかったの……
不満が募るようなら、ギルド長の奥さんが
不祥事を起こした犯人を制裁するって言ってたけど……」
「おい。アイン!
世界のピンチなんだ!
どうにか2カ月で光の島まで行けないか!?」
「えっ!? なんで急にやるき!?」
例え異世界でも、世界の危機に動かなくては男がすたる!
そうだろみんな!
ったく、誰だよ、めんどくさいとか言ってた奴。
「そうじゃのう。
まぁ、方法が無いわけではないのう」
「あっ!わかった!
近くまで移動してから、
マリーさんに移転術を使ってもらうとかっ?」
「うーむ。ライクよ。
それもありじゃが、
それではマリーの負担が多いことに変わりあるまい。
よし! ここは、わしが一肌ぬぐとしようかの!」
「ハッハッハ。
マリーさんならともかく、
アインは脱いでもぺったんこだろ?」
「……」
「……」
「……」
「……ごめんなさい。冗談が過ぎました。」
場を和ませようとウイットに富んだ紳士ジョークを飛ばしたら
女子3人に生ごみを見るような目で見られた。
完全に俺を排除して3人の話は続く。
「……うむ。まぁ、エイジのアホもじょうだんが
言えるていどには、回復したようじゃし。
ここは、わしの『飛行艇』をつかわせてやろう」
「えーっ!
アインさん、『飛行艇』なんて持ってるのっ?」
「まぁ、バディじぃの趣味につきあってる
みたいなもんじゃからのう。
あまり、期待をしてはならんぞ?」
「それでもすごいです!
わたくしも、そうして頂けると助かります!
でも、ちゃんと確保できるでしょうか?」
「まぁ、そこはエイジがおれば大丈夫じゃろ」
どうやら、アインは『飛行艇』なるものまで用意できるらしい。
さすがアルバトロス家のご令嬢だ。
しかし、確保が必要といっているから、
自己所有ではなく、予約制なのかもしれない。
まぁ、Sランク冒険者の俺がいれば、
優先的に使えるということだろう。
とにかく、これで大規模討伐戦には間に合うらしい。
「んで、具体的にはどうすればいいんだ?
とりあえず【ドワフィリア】のアインの家に
行けばいいのか?」
「そうじゃの。
まずはそうせんと、話にならんからの」
「わたくしもここから【ドワフィリア】程度なら、
楽に移転術で行けますよ」
「そうか。
どうせ『フレア・コング』のドロップの件で
行かなきゃならないしな。
それで、『飛行艇』なら、光の島まではどのくらいの
日数で行けるんだ?」
「そうじゃな、最高のものを確保できても
移動だけで早くても3週間ぐらいかのぉー」
アインがちまちまと指を折りながら、日数を計算する。
なんだ、意外と余裕じゃないか。
「まぁ、おぬしなら、どうにか間に合うじゃろ」
「うん? 別にそのくらい
俺じゃなくても間に合うだろ?」
「おっ、なんじゃ?
めずらしく、けんそんなんぞしおって」
いや、謙遜も何も計算すればどう見ても余裕だろう。
「なぁ、どうせだからさ。
その『飛行艇』ってので【エルフム】にも
寄ってくれないか?
延び延びになってるけど、マリーさんのお婆さんにも
会わなければならないし……」
「うん? 【エルフム】かの?
まぁ、どうせ【グランキャニオン】まで
行くことになるから、
まぁ、ついでに行けば良いじゃろ」
俺がエルフムへの寄り道を申し出ると、
アインが了承してくれた。
どうやら【グランキャニオン】なる場所にも寄るらしく
ついでに行ってくれるらしい。
「あっ、その事ですが……
エイジさん」
「うん? なんですかマリーさん」
「実は、大変申し訳ないのですが……
お婆様は今、例の探し人が見つかりそうなため
その捜索を最優先でなさっていて、
エイジさんに会うのは、後にして欲しいと
連絡がありました」
「あぁーそうですか。
それは、良かったじゃないですか……
……って、えっ!!
探し人って、まさか!?」
思いがけない報告に俺は耳を疑った。
確か、マリーさんのお婆さんである
ネットさんの探し人は2人……
一人は、【ダンジョン化】の魔法を破り
天空剣を手に入れた人物、つまり俺。
そして、もう一人は……
「はい。どうやらノーレッジ様が、
ここ【グランアルプ】で
見つけられたらしいのです」
えっ!?マジで!?
俺の脳裏に、懐かしい爺さんの笑顔がよぎる。
「ノーレッジ……!
ノーレッジ・ニューフィールドが、生きている!?」
■■■■■■■■■■■■■■■■■■
名前 エイジ・ニューフィールド(かんちがい)
職業
略 【獣使い】
■■■■■■■■■■■■■■■■■■
以前の話について、少しずつ気になるところの表現を修正・加筆しますが、
複線やあらすじは変更しませんのでご安心ください。
あと、章だてですが、下から中に変更しました。
中ボスの「でめきん」を倒すまでにまだかかりそうなので……
ご迷惑ばかりで申し訳ありません。




