第70話-王都の女騎士団長 上
「いやー
ちょっと切りすぎましたよね?」
「いやいや
そんなこと無いっッスよ!
男は短髪の方が良いッスって!」
ここは、グランアルプの街道。
先ほど、鍛冶場のお兄さんに勧められ、
俺は無料の散髪サービスを受けようと、意気揚々と床屋に入った。
そう、入ったまでは良かったのだが……
「いや絶対、切りすぎですよね?
全体的にこのまま短くしてくれって言ったのに、
今までと全然髪型違うじゃないですか?」
「……
……まぁ所詮は見習いっすからね」
実際に、散髪をしてみると
俺は髪型が気に入らないでいた。
「確かに練習台として、
無料で散髪してもらったから、
文句も言えないですけど……」
俺は自分の頭を手のひらで触りながら、
ぶちぶちとふてくされていた。
全体的な形は変えたくなかったのに、
お兄さんの友達は、何を間違ったのか、
完全に違う髪型にしてしまったのだ。
確かに、すっきりした短めで、
これはこれで悪くはない。
だが、一昔前の髪型と言うか……
あまりに男らし過ぎて、俺には似合っていないのだ。
「気にし過ぎッスよー
ほら、また女の人がアプローチしてますよ?
トカゲパンツさん!
モテモテじゃないっすか!」
「いや、あの人、完全にお婆ちゃんだから。
それに、アプローチって、
拝まれちゃってるからね?」
いくら来るもの拒まずな俺でも、御老人のお相手は御遠慮したい。
確かに、散髪してからやたらと婆ちゃんたちに拝まれる気がするが、
『癒しのトカゲパンツ』が老人に人気なのはもとからだ。
おかしい、俺はモテ期のはずなのに、
モテのベクトルが変な方向に進んでいる……
「せっかくだから、
眉剃りもすれば良かったじゃないッスか。
どうして、こんなに早く出ちゃったんスか?」
「……いや、この髪型だけで十分ですよ。
と言うか、お兄さん。
俺の失敗を楽しんでません?」
全然、似合っていない髪型にされただけでも恐ろしいのに、
眉剃りなど任せられるはずが無い。
きっと某戦闘民族の三段階目みたいにされるのが落ちだ。
それで、マリーさんあたりに、
エイジさんが不良になっちまっただぁ、とか言われるのだ。
先が見えてる。
多少濃くなっても、我慢した方がマシだ。
「いや、楽しんでないッスって!
本当に可笑しくないッスよ?」
まぁ、似合っていない髪型を、
本人に面と向かって言うのも無理な話だ。
そろそろ、この不毛な会話も終わらせた方がいい。
俺が、会話を終わらせようと別の話題を探していると、
お兄さんが先に話を変えてきた。
「そう言えば、トカゲパンツさん。
ギルドには、もう行きました?」
「えっ?
しばらく行ってませんけど。
何かあるんですか?」
ギルドも何も、まだ旅から帰って来たばかりなのだ。
最近のグランアルプの事情は何も知らない。
俺が不思議そうに尋ねると、
お兄さんが、耳寄りな情報を教えてくれた。
「なんでも、有名な騎士団の団長さんが、
ギルド長のお見舞に、お忍びで来てるらしいッスよ?」
「へぇ。
ギルド長のお見舞いですか……」
なんだ、あのハゲまだ生きてたのか、
と死んだ魚の目をしながら、心の中で悪態をつく。
お兄さんは、そんな俺の様子を気にせず、
話を続けてきた。
「あくまで、噂なんッスけど、
今日の、浮足立った騎士団の様子を見ると、
あながちデタラメでもなさそうッスね」
どうやら、町が活気づいて見えたのは、
梅雨の晴れ間のせいだけでは無いらしい。
まぁ、騎士団には嫌な思いしかさせられていないので、
あまり関わりたくないが……
「で、その団長さんってのが、
ものすごい美人らしいッスよ?」
「……美人ですか」
「ものすごい美人らしいッス……」
なんだ、ただの美人かと思ったら、
ものすごい美人か。くだらない。
俺は、毅然な態度で、
お兄さんの邪な情報を聞きながした。
……あれ?
でもそう言えば、俺、ギルドに用事があったよな。
うん。あった。
あーあったな、完全にあった。
美人と聞いては、黙ってはいられない。
美は徳であり、美しい物を愛でるのは、人の性である。
勘違いしないでほしい。
俺は、性で動いているのではない、性で動いているのである。
「……そう言えば、俺、
ちょうど、ギルドに測定に行こうかなぁと、
思ってたとこなんですよね……」
そうだ、ギルドに行こう、とばかりに唐突に言い出した俺に、
お兄さんが、分かってますよ旦那、な顔で答える。
「あーそうッスねー
測定はマメにしておかないと、マズイッスから。
ライクさんには、内緒にしてあげるッスから、
行って来るといいッス」
あれ? まさかハメられた?
似合わない髪型にした貸しを、
強制的に返すための罠だったのか。
しかし、行くといった以上は引き下がれない。
俺は、ニヤニヤ笑うお兄さんを恨めしく思いつつも、
ギルドに向かうことにした。
そして、十数分後。
「おぉー
なんか久しぶりだぁ……」
俺は、久しぶりに訪れたグランアルプの冒険者ギルドに、
懐かしさを感じていた。
古びた木製のテーブル。色あせた無骨なカウンター。
どっさり積まれた書類と、壁一面のクエスト。
目に映るギルドの様子は、あの頃のままだった。
ギルド長の雑用クエストは、
マネージャーのライクちゃんが処理してくれたから、
自分で来たのは、かなり前になる。
思えば、異世界に来て、最初に利用した施設がここだったな。
「えーと。
確か、この部屋だったよな?」
俺は、誰もいないカウンターを過ぎ去り、裏口のドアを開ける。
扉を開けると、少し汗臭い独特のにおいが漂ってきた。
「おぉ、ここだ。
懐かしいなぁ……」
スポーツジムの様な、ギルドの測定室は、
ガーターさんと来た頃と、少しも変わっていなかった。
静寂さえもあの時と一緒だ。
「おっ!
オリハルゴンのダミー人形だ。
ちゃんと直ってる!」
俺が最初にぶっ壊したダミー人形。
床と壁の亀裂も、何枚かの板を打ち付けて直してある。
俺は、人形に近づき、
撫でたり、突いたりしてみる。
なんか、母校に遊びに来た卒業生が、
教室の備品を弄ってるみたいだ。
「さぁて、騎士団長さんを探す前に、
簡単に測定しますかね」
俺が、天空剣を引き抜き、
正面に構えたその時、後ろの方で声がした。
「おい!貴様!
そこで何をしている!」
振り返ると、そこには、
金髪グラマラスボディーのお姉様が俺を睨んでいた。




