第69話-散髪
「はぁー……
本当、何だったんだよ……」
ここは【グランアルプ】の市街地。
部屋を飛び出し、3人の誘惑から逃れた俺は、
ぶらぶらと町を彷徨っていた。
「特に何かしたわけでもないのに、
急に優しくされるなんて……
こんなの絶対、おかしいよ……」
あの優しさは何だったのか?
俺は、耳から耳の生えた謎生物の陰謀を疑いつつも、
とりあえず鍛冶屋の方へと歩みを進める。
行くあてなど特に無い。
ライクちゃん達の不可解なイチャつき行動。
理不尽とも言える3人の変り身は、
俺にえもいえぬ不安を感じさせていた。
「絶対、何か裏があるはずだよなぁ……」
なにせ相手はあの3人だ。
俺の仲間が、あんなに優しいわけがない。
下手をすれば、悪意も殺意もあるんだよ? といったところだろう。
きっと、あの行動にも何か裏があるはずだ。
もっと仲間の気持ちを考える、と
俺はグランポートで誓ったのだ。
行為を鵜呑みにしてはならない。
俺は、道を歩きながら、
よくよく思考をめぐらせてみた。
……そうだ。
まずは基本から考えてみよう。
元の世界では、女友達など皆無。
放課後、寄り道するカップルを見ては、
親の仇とばかりに呪っていた俺だ。
こんな俺に、異世界とはいえ、
突然、女子に好かれるという奇跡が起るだろうか?
答えは、当然にNOだろう。
そうだとすれば、この変化は、
チートではなく因果関係あってのもの。
つまり、俺が何かフラグを踏んだ結果に違いない。
きっと、どこかにフラグを立てた原因があるはずだ。
「最近、俺、何かしたかな……?」
俺は、最近の自分の行動を振り返ってみた。
ケンカ……グランポート……食事会の失敗……
スライドショーの様に、頭の中に風景が浮かぶ。
しかし、原因とは言っても、
俺にはやはり思い当たる節が無かった。
フラグと言うのなら、
むしろ嫌われるフラグの方が多いくらいだ。
ここは、もっと過去を細かく顧みる必要があるのかもしれない。
人混みの中に立ちすくみ、俺は右手で顎を押さえる。
さぁ、よく考えろ。
移転術……ギルド長の浮気……バレーとの出会い……
クロルとの出会い……パーティメンバー……?
「あっ、まさか……!?」
それは、まさに悪魔的ひらめきだった!
……思考の末、俺は驚くべき1つの結論に達したのだ。
「……これが噂のモテ期ってやつか!?」
はいそこ、そんな顔しなーい。
「そうか……!
……そうだったのか!!」
俺は、ぐっと拳を固める!
そうなのだ!
良く考えてみれば、俺は、異世界に残る可能性を考慮した時、
後悔しない様に、全員をパーティメンバーにするという、
ハーレムフラグを立てたのだ!
3人ずつなどケチくさいことを言わず、
全員を仲間にするこの度量。
そりゃあ、モテ期の1つや2つ、
来ても不自然ではないだろう。
えっ? 修羅場フラグ?
なにを馬鹿な。
「そうか!モテ期だよ!
モテ期だったのか!」
俺は3人の行動の原因が分かり、晴々した気持ちになった。
自分でも、表情が明るくなるのが分かる。
「そうかーそうなのかー」
何も心配することは無かったのだ。
俺は、手を頭の後ろで組み、空を見上げてみる。
町の建物の合間から、青い空が見えた。
今日はいい天気だ。
久しぶりに訪れた梅雨の晴れ間に、
町も活気づいている様にみえる。
「いやー! いい天気だなー!
人生って素晴らしいなー!」
唐突に訪れた春。
いや、今は梅雨だが人生は春だ。
ニヤニヤと付抜けた顔をしながら、
俺は町を見渡した。
「そうだ、3人にお菓子でも買って行こうかな―
モテる男は、気配りもできないとなー」
さっきまでの憂鬱が嘘の様。
気分はいきなり絶好調。
まさに最高に、ハイってやつだ。
こんな日は、ぶらりと適当な店に入り、
新たなスポットでも開拓したい。
俺は、所持金を確認しようと、
ズボンのポケットをまさぐる。
「さぁて、何がいいかなぁ…
って、あれ?」
しかし、禍福は糾える縄のごとし。
「あー……まいなったな。
財布を置いてきちゃった。
所持金ゼロかよ……」
そうなのだ。
慌てて出てきたものだから、
どうやらお金を置いて来てしまった様だ。
所持品は、腰の【天空剣】と、
ベッドに投げて置いていたのを、
勢いで持ってきた『世界アイテム装備図鑑』だけ。
これでは、買い物をすることもままならない。
さすがに剣や本を売るわけにはいかないしな。
「しょうがない。
お菓子は諦めるか。
適当に時間をつぶして帰ろう」
モテ期と分かった以上、
あの感触を楽しまないわけにはいかない。
リメンバーぷにぷに。
リメンバーふわふわ、だ。
しかし、用事があると出てきた以上、
すぐに帰るのも格好悪いだろう。
帰りたいけど、帰れない。
そんな乙女心。
「えーっと、
どこかタダで暇つぶしできるところは……」
キョロキョロと町を見渡すと、どこかで見た顔を見つけた。
あれ? 鍛冶屋の見習いのお兄さんじゃ?
でも、なんか髪がスッキリしてるな。
どうやら、彼も俺に気が付いたようで、
こちらへ向かって歩いて来る。
「あれー? トカゲパンツさんじゃないッスか?
どうも。どうも。
今日は、こんな場所で何やってるんッスか?」
「いやー、奇遇ですね。
まぁ、ちょっとぶらぶらしてたんですけど。
お兄さんこそ、何を?」
偶然にも知り合いに会えたことで、
さらにテンションが上がる。
質問を質問で返してしまったが、
お兄さんは構わず答えてくれた。
「実は友達が、
ここの床屋で見習いをしてるんッスよ。
それで、練習台を頼まれちゃって」
お兄さんの目線の方向を見ると、確かにそこは床屋だった。
なるほど、それでスッキリしてるのか。
「そういやぁ、トカゲパンツさんの髪も、
そろそろ切りどきじゃないッスか?
どうです?
練習台なら、タダっすよ?」
お兄さんが、散髪を勧めてくる。
そう言えば、異世界に来てから約2か月か。
確かに、長いこと散髪してないな。
「あっ、本当ですか。
じゃあ、頼もうかなぁー
ちょうど、時間も余ってるし」
散髪後、すこし暇をつぶせば、
ちょうど夕方ぐらいには帰れるだろう。
ここは、スッキリ散髪をして、
帰る前に、男を磨くのも悪くない。
モテる→カッコよくなる→モテる、のサイクル。
あっ、やばいわー
これ完全にリア充だわー
モテ期に続き、無料の散髪サービス。
ドワフィリアあたりから不幸だった俺にも、
ようやく幸運が巡って来たようだ、
こうして、俺は床屋で散髪をすることになった。
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名前 エイジ・ニューフィールド(かんちがい)
職業
略
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