第59話-水の神殿8-生贄大作戦
「物は言いよう」とは、よく言ったもんだ。
例えば、今朝の朝食が、
ご飯と漬け物だけだったとしよう。
「嗚呼……
今朝は漬け物だけか……」
こういうと、悲壮感が漂う。
働けど働けど、と石川啄木でも読みたくなる。
しかし、こう言えばどうだろう。
「今朝はシンプルにまとめてみました。
白米の御膳と季節の香の物で御座います」
まるで料亭の様ではないか。
おしゃれなカフェって、この手のトリック多いよね?
まぁ、あれだ……
つまり、何が言いたいかって言うと……
こんだけ話を引っ張っておいて……
嫁から逃げてるだけってどういうことだ!
話を盛ってんじゃねぇぞ! ハゲ!!
「はーい。
ハゲそこに正座ぁー」
俺たち3人は、ギルド長を囲んで威圧している。
ギルド長は、地面の上に正座中である。
「じゃあ、もう一度確認な?
お前がカッコつけて言った、
『あの時、ちょっとドジを踏んじまった』ってのは?」
「……【ヤンデレ】が治ったと思って
浮気していたら、嫁にバレたってことです……」
ギルド長は、供述調書をとられる
被疑者の様に肩を落として小さくなっている。
「はい。では、身代わり人形を、
『町中の人の荷物に忍び込ませた』結果ぁー?」
「被害は出なかったものの……
無差別の通り魔事件が起きました……
単純に言えば、
自分可愛さに、関係ない町の人たちに、
身代わりになってもらったと言うことです……」
「でぇー? その犯人はぁー?」
「俺の……
嫁さんです……」
たどたどしく、ギルド長が答える。
目が完全に泳いでいる。
だが、追及はまだ終わらない。
「さーらーにー!
自分の都合で、
勝手に『【水霧の鎧】を手に入れた』結果ぁ?」
「【神具】を追って……
『アクア・クラーケン』が暴れ、
新聞沙汰になりました……」
「まだあるでしょ?」
「俺が後ろからついて来たばっかりに、
『アクア・クラーケン』を呼び寄せ……
関係の無いバレーさんとクロルさんが、
海で怪我をしました……」
ふぅ……と俺は、深いため息をつく。
そして、黙って2人を見る。
バレーが笑みを浮かべながら、
俺の肩にポン……と手を置いた。
「……やっぱ、あたい。
こいつ殴っていい?」
「……いっそのこと、
『アクア・クラーケン』に食わせようぜ?」
「だめっす! 落ち着くっすー!
被告人の無罪を主張するっすー!
異議ありっすー!」
クロルが同情で弁護するが、情状酌量の余地は無い。
これは逆転 (しない) 裁判である。
異議ナシ!!
「いや、まじめな話さぁ……
あたい、このオチはどうかと思うよ?」
「まぁ、ギルドに迷惑かかってるし、
少なくとも、いちギルドの長が、
やることじゃないよね?」
「……やっぱ、殴るわ」
「いや、だから食わせようぜ?」
俺とバレーは、ギルド長を非難する。
クロルが、水路から地面を叩いて主張する。
「仕方ないっす!
ブルさんの奥さんは【ヤンデレ】だから、
命の危険があったっす!
正当防衛っすー!」
皆には、一通りの事情は教えた。
どうやら【ヤンデレ】を理由に弁護する様だ。
この期に及んで、まだ庇うのか。
クロルは、どんだけ善人なのか。
にしても、自分で巻いた種だ。
浮気ダメ、絶対。
グランポートの一連の騒動。
シンプルにまとめると、こういうことだ。
ギルド長、俺から教わった方法で、
奥さんの【ヤンデレ】を治す。
↓
調子こいて浮気する。
↓
【ヤンデレ】再発。より凶悪に。
↓
ギルド長、皆に黙って逃亡。
行方不明扱い。
↓
奥さんはもと職業【暗殺者】
追跡される。
↓
ギルド長、オワタ!
後は、既に御存じの通り、
『アクア・クラーケン』の出現や、
グランポートの通り魔事件は、
ギルド長が、奥さんから逃げるために、
やらかしたことが原因である。
ほんと、何やってくれてんの!?
「……ギルド長、
なにか弁解は?」
俺は、ギルド長を問いただす。
ギルド長はうつむいたままだ。
「……ある。
確かに、俺も悪りぃが……
坊主が、【ヤンデレ】の治し方とか言って……
ぬか喜びさせるからこうなった……」
おっと? ふてぇ野郎だ。
俺に罪を擦り付けようてのか?
ギルド長の弁解を聞いて、
バレーはますます激怒する。
「まったく、男らしくないねー
やっぱり、あたいが鉄拳制裁を……」
そうだ! やってやれ! バレー!
と、許可しようとした時、
ギルド長が、焦りながら、俺を問いただす。
「……おい! 待て!
坊主、いいのか? 俺を庇わなくて?
きっと後悔することになるぜ?」
うん? ギルド長の職権でも
濫用しようっていうのか?
俺は権力には屈しないよ?
「……いいか、坊主。
俺は、おめぇの後をずっと付けてたんだぜ?
それに、俺たちは同類だ!
……本当に、いいのか?」
だから、何が言いたい?
「ゴチャゴチャうるさいねー
さぁ! 覚悟を決めなー!」
バレーが、殴りかかろうとしたその時、
俺はハッ! と気がついた。
「待てバレー!
……暴力は良くない!」
「はぁっ!?」
二ヤリと笑うギルド長。
ギルド長はずっと俺たちと行動を共にしていた。
だとすると、恥ずかしいあの事も見ているし、
恥ずかしいあの言葉も聞いている……
「……所詮、俺とおめぇは、同じ穴のムジナだ」
そう……
ギルド長に、俺の行動をバラされると、
……ライクちゃんの【ヤンデレ】が、
……たぶん再発する。
……そして、バレーにも殺される。
俺は、無断で2日も外泊した上……
成り行きとはいえ、バレーとキスまでしている。
クロルに至っては「愛してる」とまで言ってる。
色々と事情はあるが、
悪意を持ってギルド長が伝えれば、
ライクちゃんの【ヤンデレ】化によって、
俺もギルド長と同様、
命を危険にさらすことになるだろう……
それに、バレー。
ブレスを利用したことを知れば、
きっと怒って、ただでは済まないだろう……
「……ねぇ
……汚ねぇぞ! ハゲ!」
「ふふん。
いつぞやは、
この手の情報戦で世話になったからな!」
俺が、ギルドの書類提出の日付を誤魔化したことを、
このハゲは、未だに覚えているようだ。
浮気をネタにゆすられる。
まさか、自分がやられる側になろうとは……
「……それで、
俺にどうして欲しいんだよ?
この卑怯ハゲ!」
「ハゲ、ハゲ言うなクソ坊主、
秘密バラすぞ!
だから、さっさと助けろや!」
うす汚い大人のやり取り。
醜い罵り合い。
少年よ、これが絶望だ。ターンエンド。
「だから、その具体案を言えよ!」
「うるせぇ! 自分で考えろ!」
助けろと言ったって、具体的な方法が浮かばない。
ギルド長は、ネタを武器にして、完全に上から目線だ。
「じゃあ、いいよ!
方法は俺に任せるんだな!?」
「おうよ! 任せてやるから、
さっさと、どうにかして見ろや!
とりあえず、『アクア・クラーケン』だけでも
どうにかしてくれや!」
ギルド長が俺に吠える。
そうすれば【水霧の鎧】で当分しのぐから、と。
もう俺もギルド長も完全に喧嘩である。
ギルド長とはどうも気が合わない。
これは同族嫌悪という奴だろうか?
「よーし! わかった!
じゃあ、生贄を捧げることにするよ!
怒りを鎮めるには、これが一番だからな!
てめぇも協力しろよ!
このハゲ長!」
「だから、ハゲハゲうるせぇな!
なにがハゲ長だ!
俺のは、チャーミングに毛が生えてないだけなの!」
「うるせぇ! なにがチャーミングだ!
まごうことなき、ハゲだろうが!」
ハゲという言葉が、何度も飛び交う。
バレーは、俺とギルド長のテンションについていけず、
完全に置いてけぼり状態だ。
しかし、俺の発言を気にして、
さりげなくフォローをしてくれた。
「おい!アホ面!
そんなに熱くなるなよ。
あたいも今まで、結構な数の神殿に挑戦したけど……
【神獣】に生贄を捧げて、怒りを鎮めるなんて
聞いたこと無いよ?」
バレーは、俺が行う方法に不安があるようだ。
大丈夫。
俺の作戦なら、俺の仲間は誰一人傷つかない。
「よーし!
それじゃあ、始めるぞ!」
こうして俺は、生贄大作戦を決行することにした。
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名前 エイジ・ニューフィールド
職業 【英雄の子孫】【冒険者】
【くされげどう】【紳士】
【拳闘士】【獣使い】
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