第53話-水の神殿3-深刻なダメージ
「ゴポッ…ゲポッ……」
水中に苦しそうな音が響く。
触手の攻撃で、バレーはダメージを受けたようだ。
しかし、さすがはSランク冒険者。
簡単には倒されない。
吹き飛ばされた先で、
くるりと水中ターンを決め、
『空気の実』から空気を吸って、
呼吸を整えた。
「くそー!
ドジったねー!
武器を忘れちまった!」
態勢を整えたバレーが俺に語りかける。
「あたいとしたことが……
いつものクセで、
袋を背負ったが、中身が違ってたよ」
そうだ。バレーは『覚醒草』によって、
酔い覚ましした後、
近くにあった大きな布袋を、
ガシッと掴み、そのまま持ってきてしまったのだ。
習慣と言うのは、恐ろしい。
形式があるだけで、そこにない実体を誤認してしまう。
新しい定期入れに代えた次の日、
古い定期入れを、いつも通り持ってしまい、
中身の定期券を忘れた様なものだ。
「こりゃー
大ピンチだね……」
バレーが、引きつった笑みを浮かべる。
顔は笑っているが、目は真剣だ。
確かに良くない状況だ。
触手は、再び俺たちに襲いかかろうと、
不気味な運動を続けている。
「…ち!
エイジっち……!」
どうしたものかと途方に暮れていると、
微かな声が聞こえてきた。
体力を振り絞って出された、
今にも消えてしまいそうな声。
この声は…?
クロルか!?
「……エイジっち
あちしの鞄に『身代わり人形』が
……入っているっす
早くそれを……」
吹き飛ばされた遠くの方で、
クロルが、力を振り絞り、
震えながら、自分のポーチを開けようとしている。
どうしたんだ?
「待ってろ、すぐに行く!
バレー!
一度、クロルの方へ逃げるぞ!」
俺は、バレーに指示を出し、
クロルのもとに泳いだ。
3人が合流すると、
クロルは人形を3つ取り出した。
これが『身代わり人形』という奴だろう。
取り出す途中で落としたのか、
同じ人形が、もう1つクロルの横に浮かんでいた。
クロルはかなり重症の様だ。
力を振り絞って取ったに違いない。
「……早く、自分の髪の毛を、
その人形に括りつけるっす……
括りつけたら、
それをなるべく遠くに捨てるっす……」
クロルが苦しそうに指示を出す。
俺たちは、言われた通りにして、
その人形を海に捨てた。
暗い水底に4体の人形が沈んでいく。
すると……
触手は、突然、俺たちに興味を無くしたかの様に、
その人形を追いかけ、海の闇に消えてしまった。
……一体どういうことだ?
「……
……どうやら助かった様だね!
とにかく『水の神殿』に避難するよ!
あたいがクロルを運ぶ!
ついて来な!」
バレーがクロルを肩に担ぎ、
遠方の海底洞窟を目指して、急いで泳ぎ始める。
あちらに『水の神殿』があるらしい。
どうか、モンスターと遭遇しませんように!
ハラハラの状態で、俺もついていく。
HPが少ない状態でのマップ移動は、
VRゲームのときもハラハラだった。
が、やはり緊張の質が違う。
今は、不運な遭遇が、死に直結するのだ。
なんとか、俺たちは無事に泳ぎ切り、
『水の神殿』に辿り着いた。
洞窟を抜け、辿り着いたその場所は、
昔、本で見たローマの大浴場のような遺跡だった。
プールサイドに上がるように、
石畳の上に身を投げ出す。
遺跡の静寂の中に、ゴホ……ゴホ……と咽る音が反響した。
出発時の情報通り、神殿には空気があった。
「なんなんだよ!あの触手!」
俺は、憤りに駆られ叫び声を上げた。
いきなり、あんなに強いモンスター反則だ。
「あれは、たぶん『アクア・クラーケン』……
どうやら、あたいたちの読みは、
大当たりだったようだね。
まさか、神殿の外の海に出てるとは……
いきなり【神獣】と戦闘なんて……
全滅しなかったのが、奇跡だよ……」
バレーが水面から、顔を出し答える。
後ろを振り返り、追撃がないか心配している。
「……早く、クロルを!」
俺は、クロルを引き上げようと、
水中にいるバレーに向かって手を差し出す。
その瞬間、ズキンという衝撃が身体を走った。
緊張が切れたためか、だんだんと痛みが押し寄せる。
俺も、かなり重症の様だ。
「カッ……ハッ……」
なんだか呼吸が変になる。
胸のあたりに痛みで一瞬息がつまり、
脂汗が滲みでる。
これは……動けない……
「無理すんな!
あんたも重傷だよ!
あたいが、運ぶ!」
ザバッっと音を立て、
水面から、バレーが上がる。
濡れた髪からポタポタと水滴が落ちる。
「……早く!
回復アイテムを……
クロルに……」
俺は、言葉を振り絞る。
クロルは、ハァ……ハァ……と
苦しそうに呼吸をしている。
バレーは、真剣な顔で頷き、
急いで自分の布袋を開く。
しかし、袋を開くと、バレーの顔が一気に曇った。
「……くそっ!
……なんてこった!!
あのゲソ野郎ーに、
あたいのポーションが、
割られちまった!!」
舌打ちをして、バレーは袋から、
ひびの入った試験管の様なガラス瓶を打ち捨てる。
叩きつけられたガラス瓶は、
割れずに地面を転がった。
バレーの腰に巻かれた布袋は小さい。
コンパクトサイズにするため、
ポーションを小さな瓶に入れた様だ。
簡単に割れないところをみると、
強度はかなりの様だが、
触手の攻撃はかなり強かったのだろう。
中身は海水に溶けだし、ほとんど残っていなかった。
瓶の底に、2、3滴ほど深緑色の液体が滴るだけだ。
「っ痛!……そうだ!
……クロルの!
クロルの『ポーション人形』は……!?」
俺は、痛みを堪え、希望を探す。
「ダメみたいだね……」
バレーが、クロルのポーチから、
『ポーション人形』の入った袋を取り出した。
袋は防水になっているようだが、破れてしまっている。
飛ばされた衝撃で、人形はグチャグチャ。
さらに、海水を含み、とても効果がある様には見えない。
「……あんたの荷物は?」
バレーが俺の方を向く。
しかし、俺の所持品は、腰の【天空剣】と
船でバレーに貰った『覚醒草』がわずか……
「まいったね……
こいつは、お手上げか……」
バレーが落胆して肩を落とした。
ウッ……と僅かに顔をしかめる。
バレーも怪我を負っている様だ。
「あたいは、どうにか軽傷だが……
なんだか頭がクラクラするよ……」
情けなさそうにバレーがうつむく。
触手から、あれだけの衝撃を受け、
クロルを担いだまま、ここまで泳いだんだ。
疲れているのだろう。
「こりゃー
どうにもならないかもねー……」
バレーは、天を仰ぎ、遺跡の天井を見つめた。
「どうにかなるさ」
俺は、バレーを慰める。
「強がるなって……
あんたに何ができるのさ?」
「できるさ……」
正直、かなり気が乗らない方法だ。
しかも、バレーに負担をかけることになる。
だが、この状況で最善の方法はこれしかないだろう。
……俺は覚悟を決めて立ちあがった。
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名前 エイジ・ニューフィールド (重傷)
職業
略
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名前 バレー・ゴルド―・スパイク (軽傷)
スキル
【生命のブレス】【天然ボケ】
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名前 クロル・スイム (重傷)
職業
略
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