第52話-水の神殿2-水中戦闘
海の中は、ほとんど何もない世界だった。
視界が青く染まり、水面の方が光って見える。
「おい!アホ面!
大丈夫かー」
バレーの声が、聞こえてくる。
どうやら、俺を心配してくれているようだ。
俺よりも少し深いところで、
バレーがこちらを向いている。
【ダイビング】のおかげで、
確かに水中でも会話できるようだ。
水の抵抗もほとんど感じない。
おぉー!
本当に水の中でも平気だなー
と、普段の様に喋ろうとすると、
海水が口の中に入って来た。
うぁ、しょっぺー!!
「あほー!
あたいら、水中にいるんだから、
ぼーっと口を開ければ、
海水が入ってくるのは当たり前だろ!」
またまた、バレーの声がする。
バレーは『空気の実』を口にあて、
中から空気を吸うと、
その空気を一息に吐き出しながら話している。
なるほど、そうするのか。
俺たちは、言葉を発するとき、
一度、息を吸い、それを吐いて音を出している。
そして、注意して息を吐いている間は、
口を開けていても水が口に入るのを
防ぐことができる。
「なかなか難しいな!
【ダイビング】で水中の感覚がない分、
空気を吸うのを忘れそうだー!」
俺も、バレーの真似をして
『空気の実』から空気を吸った後、
一息に息を吐くように話す。
この喋り方は、結構、苦しい。
水中で会話出来るからと言って、
やたらと喋らない方が得策だろう。
バレーも両手を広げ、肩をすぼめるだけで
言葉で返事をしてはこなかった。
「いやー!
ひっさしぶりの海は
きもちーっす!」
上手く馴染めない俺たちを尻目に、
クロルは気持ちよさそうに泳ぎ回っている。
まさに水を得た魚状態だ。
「ほらほら!エイジっち!
あっちに魚いっぱいっすー!」
通常でさえ元気のいいクロルのテンションは、
最高潮まで達しているようだ。
うっきゃー! と奇声を発しながら、
手をブンブン振り回している。
「ほらほらー!
こっちっすよー!」
クロルに、ぐいっと手を掴まれ、水中を連れそい泳ぐ。
クロルは、尾びれをイルカの様に力強く曲げると、
勢いよく水を蹴った。
うわ、すごく速い!
水が風の様に後ろに流れていく、
やったことは無いけど、
イルカにつかまって泳いだら、多分こんな感じだろう。
「おいおい……
クロルも遊んでないでさー!
早くしろよなー!」
バレーは呆れた顔をして、こちらを振り返ったまま、
さらに深いところに向かい、泳いでいく。
よそ見してると危ないぞ、と思ったその時、
2メートルほどの大きな魚が、3匹、
バレーの前に突撃してきた。
「バレー!」
俺は、『空気の実』を吸うこともなく、
肺の中の空気を振り絞り、叫んだ。
バレーも注意に気がつき、
間一髪で、魚を回避する。
「危なかったっす!
あれは、ブラックダイヤっすね!
海に住む魔物じゃ、中の上レベルっす!」
どうやら、魚は魔物らしい。
俺は、腰の【天空剣】に手を駆けるが、
魚はすごい速さで水中を移動している。
俺たちの周りを旋回して様子を窺っているようだ。
泳いでいる魚を武器で捉えるのは容易ではない。
それは、バレーも同じようで、
対処の仕方に迷っているようだ。
「ここは、あちしに任せるっす!」
そう言うが早いか、クロルはポーチから人形を取り出す。
フィギアサイズの騎士の人形だ。全部で5体。
上半身を甲冑に包み、下半身は人魚の形をしている。
手には、ショートソードと盾を持っている。
「いくっす! 戦闘ドール!」
クロルの出した人形は、
ブラックダイヤを追尾し、戦闘を開始した。
攻撃の威力こそは少ない様だが、
小人が動物と戦っているかの様に、
数体で1匹に群がり、一斉にダメージを与えている。
2匹まで倒すと、最後のブラックダイヤは逃げて行った。
戦闘は、こちらの勝利だ。
「すごいな! その人形!」
俺は、クロルに近づき、人形を見せてもらった。
細かいディティールまでしっかりしている。
「これは、あちしの自信作っす!
あちしは、ドールマスターなんで
環境に応じた人形を使って、
戦闘するんすよー!」
クロルは、一体の人形を掴み、
頭を撫でながら答えた。
大切な玩具を自慢する子供の様だ。
「水中じゃ、クロルが一番頼りになるなー
あたいも、顔負けだぜ!」
少し離れたところで、バレーも会話に加わる。
「いやーそれほどでもあるっす!
あちしは、陸ではお荷物だから……
褒めてもらうと、
やっぱ、うれしーっすねー!」
クロルは、頭を掻きながらはにかんでいる。
とても嬉しそうだ。
「でも、まだまだ、つめは甘いねー
あたいなら、照れてないで先にドロップを拾うな。
まぁ、クロルは冒険者じゃないから、
仕方ないけどさー」
そう言うと、バレーは、
ブラックダイヤの死体が消えた方に行き、
何やら肉片を拾って来た。
俺も、それを持たせてもらうと、
頭に【アカミ】と浮かんできた。
えっ?赤身?
これ食えるの?
あっ、食えるか!
キラービーのハチミツも散々食ったわ。
俺が、自問自答をしているうちにも、
クロルたちの会話は続く。
「あちゃー!
忘れてたっすー!」
クロルは、自分のおでこをペチッと叩き、
おどけて見せた。
「ドロップは、放っておくと、
また魔物になるからなー
ザコほど、その期間は短いんだ。
早めに拾わないとなー」
バレーは笑いながら、腰の布袋から紐を出すと、
それで『アカミ』を縛った。
「こいつは、後で塩焼きで食おう
きっと美味いよー」
『アカミ』は後で食うらしい。
しかし、さっきのバレーの話を聞いたとき、
俺は何かつっかかるものがあった。
なんか忘れている様な……
ひっかかるような……
……そうか。わかった。
食い方だ。
どうやら、バレーは焼き魚派らしい。
日本人の俺からすれば、
わさびと醤油で刺身で食いたい。
わさびを忘れては困るのだ。
「でも、さっきの戦闘は妙っすねー
ブラックダイヤは、そんなに
ほいほい襲ってくる様な魔物じゃないっす!」
クロルが首を傾げて不思議がる。
確かに、俺たちを襲うと言うよりは、
何かから、急いで逃げてきたようだった。
「そうだねー
あたいに突撃してきた後は、
ぐるぐる周りを泳いでるだけだったからねー」
と、3人で不思議がっていると、
僅かに、耳に異音が響いてきた。
ゴゴゴゴゴ……という地響きのような音だ。
俺たちは警戒して、辺りを見渡す。
……突然!
深海の暗闇の方から大きな触手が伸びてきた!
「バレーっち!逃げて!」
クロルが、バレーに体当たりして、
バレーの身体を跳ね除ける!
突き飛ばされたバレーは、かろうじて触手を避けた!
「クロル!」
だが、逆にクロルが触手に当たり、
勢いよく後方に吹き飛ばされた!
バレーが慌てて、クロルを追いかけて泳ぐ。
戸惑う俺たち。
しかし、触手の攻撃は続く。
間髪を入れず、ウネウネと不気味な動きをしながら、
再び触手は、バレーに襲いかかる。
「くそ!させるかよ!」
俺は、【天空剣】を抜き、触手に斬りかかった!
ザン!という手ごたえと共に、触手の先端を切り取った!
しかし、触手は怯まない!
傷を負った怒りをぶつけるの様に、
勢いよく俺に襲いかかって来た!
ドカンと重い衝撃が全身に走る!
くそっ!かなりのダメージだ!
「おい! だいじょーぶか! アホづらぁ!
この触手め!
あたいが退治してやる!」
バレーは、背負っていた大きな袋をバッと投げ捨てる!
そこから出てきたのは、
当然、バレーの相棒【黄金……
……じゃなくて、特大の傘?
ハッ!? と一瞬時が止まる。
そうだよ!バレーの【黄金槍】は、
俺が壊してギルドに置きっぱなしだ!
触手は、業を煮やしたように、俺たちをめがけてくる。
バレーもバシッ!バシッ!と連撃を食らってしまう。
「うぁあああ!」
悲鳴を上げ、気泡を吐きながら沈んでいくバレー。
マズイ!
水中での戦闘は、大苦戦を強いられていた。
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名前 エイジ・ニューフィールド (重傷)←NEW!
職業
略
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名前 バレー・ゴルド―・スパイク (軽傷)←NEW!
職業
略
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名前 クロル・スイム (重傷)←NEW!
職業
略
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