第38話-風邪
「へっくしっ! 」
「なんスか、トカゲパンツさん。
風邪でも引いたッスか? 」
「いや、大丈夫だと思うんですけどね」
「じゃあ、誰かに噂されてるんスかね。
あっ、親方が、これも運んどいてくれ、だそうッス」
「へーい……了解です」
6月15日、雨。
俺たちが【ドワフィア】から【グランアルプ】に帰ってから、
数週間が経った。
どうやら、この異世界にも梅雨があるらしい。
最近は、雨ばかりが続いている。
長雨というのは、嫌なものだ。
室内は、湿気を吸って、とても居心地が悪い。
それでも風通しの良い場所ならば、少しはマシだ。
やはりこの時期、一番最悪なのは、倉庫の様な場所だろう。
特に石造りの倉庫なんかは、湿気が籠りやすく、
天井に水滴がたまってしまう。
こうなると、カビや雑菌が繁殖するにはもってこいだ。
ジメジメ、ぬるぬる。
カビ臭い匂いが、ツーンと鼻に抜ける。
誰だって、こんな時期、そんな場所には居たくないだろう。
そう……
居たくないのに……
……俺は今、その最悪な倉庫で、
荷出し作業を手伝っている。
「うわぁ……親方、ここにもカビが……」
「またか、今年は例年より湿気がすごいな」
俺が居るのは、グランアルプの鍛冶屋の倉庫だ。
『倉庫の片づけ』
Eランクのクエストだ。
チート剣の修理の一件で世話になったので、
鍛冶屋に報告を兼ね仕事に来たのだ。
親方も、初めは俺がアイン知り合いであると知って驚いたようだった。
しかし、そのことで俺を特別扱いすることも無く、
素直に剣の修復を喜んでくれた。
やはり無骨だが、親方は良い人だった。
もっとも、親方には、
チート剣が【天空剣】であるということまでは話していない。
話すべき情報ではないし、話してもメリットは無いからだ。
その他にも、話してはいけない部分は、色々と伏せて話をしている。
世間話程度の報告だから不自然ではないが、
それでも腑に落ちないところはあるだろう。
まぁ、仕方がない。
そうだ。腑に落ちないと言えば、
俺にもひとつ腑に落ちないことがあった。
どうも、俺たちが旅に出た後、
ギルド長が、謎の失踪をしたらしい。
しかも、嫌がらせみたいな依頼を、
俺に押しつけるメモを残してだ。
実は、俺が倉庫で荷出し作業をしているのも、
その嫌がらせのせいだったりする。
本来なら俺は、今年はもう働かなくても良いはずなのに。
まぁ、親方とも親しくなったし、手伝うのは悪い気はしない。
しないんだが、どうも腑に落ちない。
……あのハゲ、
人がせっかくヤンデレから解放してやったのに、
嫌がらせしやがって。
えっ? 腑に落ちないのは失踪の原因じゃないよ。
あんなハゲがどこに行こうと関係は無い。
やーい、ハゲやろう。もっとハゲろ。
「なんか、本当に大丈夫っすか? トカゲパンツさん」
と、俺がぶつくさ文句をつぶやいていると、
鍛冶屋の従業員が声をかけてきた。
どうやら、俺の負の感情が態度に出てしまった様だ。
まずい。
ここは高校生らしい健全な精神を示さねば。
「大丈夫ですよ、
俺の精神は至って健全です」
「えっ、やだこわい。
急に精神とか、何言ってんッスか? 」
間違えた。
これじゃ中学2年生だ。
「そうじゃなくて、
さっきからフラフラじゃないッスか。
どこか具合悪いんじゃないッスか?」
どうやら、従業員の心配は俺の体調の方みたいだ。
そういえば、どうも今日は体の調子が悪い。
あのハゲのことを考えたためか、
頭に血が上ったようにフラフラする。
ていうか、なんか吐き気もするし……
「いやぁ……大丈夫……ですよ。
だいじょう……ぶ……あれ?……」
と喋っている間に、意識が遠のく。
あれ、なんか……地面が近い……
「……大丈夫ッスか! トカゲパンツさん!!
親方ぁ! 親方ぁ!
トカゲさん ぶっ倒れました!! 」
「…… …… ……」
「…… ……」
「……」
……目が覚めると、部屋の天井が見えた。
どうやら、俺の意識が無いうちに、鍛冶屋から移動したらしい。
俺は、ぼんやりした頭で口を動かす。
「……知らない……天井だ」
「あほう、ここは おぬしの へやじゃ
それとも こんらん しておるのか? 」
俺がつぶやくと、アインが冷静な突っ込みを入れた。
……いいじゃない。言いたかったんだもの。
「……いや、冗談だ。
自分の部屋だと分かっているよ」
ベッドに寝転ぶ俺を、
ライクちゃんとアインが心配そうに覗き込む。
ネタが分からない二人には、
混乱していると勘違いさせてしまったようだ。
……どうやら、俺はあの時、鍛冶屋で倒れてしまったらしい。
まだ体が重い。熱も出ているみたいだ。
意識も霞がかかったように朦朧としている。
「あぁ……俺……」
「喋らないでも大丈夫。
エイジ君、鍛冶屋で倒れちゃったんだよ。
みんなが運んで来てくれたんだけど、
びっくりしたよ! 」
息苦しそうな俺の言葉を遮り、ライクちゃんが話しかける。
……そうか、鍛冶屋の人たちに迷惑かけちゃったな。
頭は回らないが、漠然とそんなことを思う。
「マリーさんもいるよ」
横を向くと、マリーさんが自分のアイテム袋をいじっている。
「あら、エイジさん。お目覚めですか。
すぐに、良くしてあげますからね」
どうやら、薬を探してくれているようだ。
「……すみませんね。
……多分、風邪だと思います」
喋るのも辛いが、この症状には覚えがある。
ぶっ倒れるほどのものはめったにないが、
おそらくは「風邪」だろう。
どうやら、旅の疲れ+嫌がらせ+倉庫の湿気のコンボで、
発病したようだ。
風邪薬を出してもらえば、どうにかなるだろう。
「……すみません、後で薬飲みますんで、今は寝かせてください」
熱のせいで、意識が薄れている。
自分の部屋で、皆が看病してくれているという安心感からか、
まぶたが重くなる。
こうして話しているのも限界だ。
悪いが、ここは寝かせてもらおう。
「あっ、ちょっとエイジさん。
【かぜ】とは!?
それはどんな状態異常なのですか? 」
……あれ、なんか今、
マリーさんものすごい不安な事を言わなかった?
あっ、でもダメだ……
意識が薄れ……て……
ねむ……い……
……そして、ここからが悪夢の始まりであった。
エイジのベットを取り囲み、
白衣の天使たちが話し合いを始める。
「……困りましたね。
エイジさん、また寝てしまいました」
「マリーよ。なにが こまるのじゃ? 」
「わたくし、【かぜ】なんて、状態異常は知らないんですの」
「えぇ!? それじゃ エイジ君は治らないの? 」
「……いいえ、ライクさん。
単に、わたくしが聞いたことがない状態異常だけかもしれません」
「では、いったいどうするのじゃ? 」
「こういうときは、
アイテムを1つずつ試すのが、冒険者の定石だよね? 」
「そうですわね。
……まぁ、悩んでいても始まりません。
わたくしの持っている回復系アイテムを片っ端から試しましょう」
「……そうだね。
エイジ君、辛そうだもん! はやく治してあげなくちゃ! 」
「うむ。 それでは マリー。
さいしょは なにをためすのじゃ? 」
悪夢が起こったのは、誰のせいでもない。
強いて言うなら、彼女たちが優しすぎたこと。
この異世界には「状態異常」という概念しかなかったことが原因なのだ。
白衣の天使たちは、アイテム袋をひっくり返しベットの上にアイテムを広げた。
「まずは……【うちでのこずち】ですね」
「……これって、こずちだよね」
「こずちじゃの」
「こずちですね」
「……状態異常者を殴っていいのかの? 」
「……」
「まぁ、アイテムですからね」
バコッ!!
「……血が出ましたね」
「血がでたの」
「血ですね」
「それは ほんらい、なにを なおす アイテムなのじゃ? 」
「【小人化】を治すアイテムらしいです」
「……」
「……次、行きましょうか」
「……そうじゃの」
「次は、【きんのはり】です」
「……さすのかの? 」
「刺しますね」
「刺してみるね」
ズブ!!
「……血が出ましたね」
「血がでたの」
「血ですね」
「それは ほんらい、なにを なおす アイテムなのじゃ? 」
「【石化】を治すアイテムらしいです」
「……」
「……さっきから、血しかでとらんの」
「……」
「……次、行きましょうか」
「ちょっと待って!
次は、血の出ない方法で行こうよ! 」
「むむっ! そうじゃな!
それに じぜんに こうかを かくにん したほうが よいの! 」
「そっ……そうですねっ!
それでは、これなどいかがでしょう!
【沈黙】を直す【やまびこ草】です」
「うむ! これはききそうじゃな! 」
「そうですよね!
それでは、さっそく! 」
モグっ!
「……なんだか ふるえておるの」
「あたし、これ知ってるよ。
震えてるんじゃなくて、ケイレンっていうんじゃ……」
「……次、行きましょうか」
「ちょっと、マリーさん!
これ悪化してるよ!
放置は危険すぎるよ! 」
「大丈夫ですよ。ライクさん。
次は……あっ……!! 」
「どうしたのマリーさん」
「……次は、【乙女のキッス】ですね」
「まさか、それは……」
「えぇ、乙女が口移しで飲ませることにより、
【トード】を直す薬ですね」
「……」
「……」
「……」
「そっ、それでは、僭越ながら、わたくしが……」
「ちょ、ちょっとマリーさん!
マリーさんはエルフだから、人間より高齢でしょ!
ここは、現役の乙女のあたしがやるよっ! 」
「ぬっ! 待つのじゃライクよ!
みための わかさなら、わしが いちばんじゃ!
ここは ひとつ わしに まかせるのじゃ! 」
「ちょっと!
そんなに暴れると危険ですよ!
あぁ…!
エイジさんの上に!!
片づけておいた【うちでのこずち】と【きんのはり】が!! 」
ドカッ!バキ!ドコォン!
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じしゅきせい。みせられないよっ!
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「……」
「……」
「……」
「……これはもう、手遅れかもしれませんね」
「わーっ! エイジ君!
死んじゃやだよぉ! 」
好意がかえって悲劇を生む。
ラブコメ的展開ののちに、エイジはこう語ったという。
あのとき、もう少しで爺さんに会えそうだった、と。
ちなみに、エイジ君は、
レエンさんが飲ませた【ポーション】で治りました。
ポーションさんパネェ!!
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名前 エイジ・ニューフィールド (死亡?2回目) ←NEW!
職業 【英雄の子孫】【冒険者】
【くされげどう】【ヘンタイ 】
【拳闘士】【獣使い】
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