中-エピソード・のりじ2
2012年 トウキョウ・アキハバラ
「ここは……どこだ?」
周りが凄く騒がしい。なんだか眼もチカチカする。
ラッパや太鼓の様な音が響いている。
奇妙な格好の若者が、俺のことを「こすぷれ」と呼ぶ。
目覚めた俺が居たのは、確かに知らない場所だった。
「世界中を余すことなく回った」俺が「まだ見ぬ地」。
……そこは俺の知らない「異世界」だった。
どうやらここは【にほん】という国らしい。
文字は読める。会話もできる。
だが、この世界のことは何も知らない。
俺の名は、ここでは「新原則冶」と読むらしい。
しばらく生活して、俺はこの世界がおかしいことに気づいた。
皆、窮屈そうな服を着て、せかせか歩く。
人にぶつかっても謝りもしない。
空気は悪く、夜空に星は無い。
鉄の塊が道を走り、奇妙な音や光が溢れている。
冒険しようにも、森や、洞窟や、遺跡が無い。
……こんなの俺が望んだものじゃない。
もとの世界での楽しい仲間との冒険。
俺が望んだのは、そういう冒険だ。
納得がいかなかった。
ここが異世界だとしても、入った以上、出口はある。
例え、それがどんな場所だとしても、だ。
俺はもとの世界に戻るため必死に情報を集め始める。
【ふぃぎあ】を集め【まんが】を読んだ。
そこには、もとの世界に良く似た世界があったからだ。
何か戻るヒントはないか?
躍起になって探した。
【げーむ】に召喚術をかけたりもした。
もとの世界で召喚に使う道具に似ていたからだ。
せめて仲間の一人でも呼べないか。
わらにもすがる思いだったが、上手くはいかなかった。
この世界の人々が描く【ふぁんたじぃ】の世界は良く出来たものだった。
……だが、いつも最後の一歩で繋がらない。
虚しさと故郷への執着だけが残った。
……そんなある日。
情報を求め、【あきはばら】に入り浸るうち俺は女と出会った。
【えき】の前で、女給の格好で何か配っていた女だ。
王宮の女給と比べ、裾の丈が短い服を着ていた。
思えば、これが婆さんとの馴れ初めだった。
異世界での暮らしは、楽ではなかった。
最初は頭がおかしいと言われ……
【びょういん】というダンジョンに入れられそうにもなった。
……別の世界から来たことは隠そう。
俺はそう決めて日々を過ごした。
【ばいと】をし、【しゅうしょく】をして日々の糧を稼いだ。
月日の経つのは早く、守るべき家族ができた。
この時、俺はこの世界に留まる覚悟を決めた。
いつの間にか子ができ、孫ができた。
孫の名は英治。
優しい子だった。
孫とはよく遊んだ。
「じいちゃんは、なんで、おもちゃいっぱいもってんの?」
「わしは、『現代っ子』ってやつなんじゃ」
孫に、奇妙な奴だと思われたくない。
集めた資料については、適当に茶を濁した。
こいつらは、もとの世界の面影を伝えてくれる俺の宝だ。
気がついてみれば、俺はこの「異世界」で人生という名の 冒 険を行った。
「異世界クエスト」……
最初は不満だったが、こういう冒険も悪くない。
……だが、別れは突然に訪れる。
心臓発作だった。
呼吸がつまり、意識が朦朧とする。
頭の中で、神の声が聞こえる。
この世界で「異物」な俺は、死後は「もとの世界」に戻るそうだ。
それじゃ、こっちに死体すら残らないのか?
留まる覚悟を決めたのに。
あんまりだ。
しかも、神はまだ俺に用事があるらしい。
いい加減にしてくれ。
……だんだん、視界が狭くなる。
……皮肉なもんだ。
若いうち、必死に探した「異世界から出る方法」。
それが「死ぬ」ことだったなんてな。
俺は、遠退く意識のなかで、一人ごちた。