上-エピソード・のりじ1
神や妖精は思っているより意地が悪い。
黄金を望んだあまり、手の自由と娘を失った王。
義母に虐待される娘が、母を消してと願って実母が消えた話。
神への「願いごと」は明確にしなければ悲劇を生む。
そんな、ありきたりな話をしようと思う。
トントン……
「入るわよ」
魔導師のネット・スローウィンがドアを開ける。
部屋には「英雄」が座っている。
「ダンク。ペンダントの作業、早く終わらせてね」
「……あぁ、やってるよ」
俺はネットに返事をする。
……思い出のペンダント。
他愛ないアイテムだ。
握りしめ眼を閉じると、送り主の顔が浮かぶ。
どうやら、「英雄」の肖像は金になるらしい。
ファンが有名人のサインを欲しがるのと一緒だ。
俺の前には、商人に頼まれたペンダントが山積みになっている。
実のところ、俺はこのペンダントが好きじゃない。
初恋の相手に送ろうとして、「いらない」と拒否された思い出があるからだ。
……トラウマだ。
せっかく虹色コガネを捕まえるところから頑張ったのに。
それ以来、虫取りは嫌いだ。
「英雄かぁ……」
ふとつぶやく。
俺は勇者とは違う。
結果として魔王を倒しただけだ。
勇気を持って、皆のために戦ったわけではない。
……俺の両親は、魔王に殺された。
復讐を果たすため、俺は力を求めた。
「闇」属性の弱点は「光」だ。
「光の神殿」を攻略し【神剣・天空剣】を手に入れた。
……だが、これだけでは魔王を倒せなかった。
魔王を倒すには、より強い力が必要だった。
そのためには【天空剣】をさらに強化しなければならない。
しかし、【神鉄】で出来た武器を易々と強化できるわけはない。
方法をもとめ、方々を彷徨った。
旅の途中、仲間ができた。
復讐という荒んだ目的だったが、おかげで旅は愉快だった。
仲間とともに、世界を余すことなく回った。
だが、結局、「剣を強化する方法」は見つからなかった。
諦めかけた俺たちを救ったのは、逆転の発想だった。
「剣」が強化できないなら、「使い手」を強化すればいい。
だが、戦闘の中に強化魔法をかければスキが出来る。
俺たちは【魔石】という魔法を貯める石の加工に目を付けた。
この技術は、アルバトロスとか言うドワーフが研究していたものだ。
石に魔法をかけるなんて馬鹿げている。
周りは、そんな風に奴の新技術を馬鹿にした。
しかし、奴の研究は本物だった。
【天空剣】は魔石のおかげで生まれ変わった。
使い手の攻撃力を補正する特殊な武器になったのだ。
まぁ、魔石の分だけ、装飾がやたらと増えてしまったが。
……思えば、ネットにも苦労をかけた。
攻撃力強化魔法を何千・何万回と魔石にかけてくれた。
技術不足で不安定な魔石だ。
当然、失敗して砕けることもあった。
本当によくやってくれたと思う。
……俺は、腰の剣に手を置く。
こいつとの旅も、今日、一つの節目を迎える。
「授名式はまだか?」
俺は、ネットに問う。
「……もうすぐよ」
寂しそうにネットは笑った。
世界規模の危機を退けた俺は、神から「新しい名」を授けられる。
まぁ、一種の勲章みたいなものだ。
「新たな名」は英雄の名として語り継がれる。
代わりに「もとの名」は消える。
親、兄弟、親戚、あらゆるしがらみを断ち切るため。
自分で何もしなかった者に「英雄」との関係を利用させないため。
新しい「名」を与えてしまうことで、そいつを「英雄」として固定する。
名が消えるのは、今までの自己の消滅だ。
両親が死に、身寄りのない俺は天涯孤独の身。
思い出が詰まった自分の名さえも消えてしまうのは嫌だった。
だが、神は名を消す代償として「願い」を1つ叶えてくれるらしい。
そして、授名式。
俺は、「ノーレッジ・ニューフィールド」という名を授かった。
新境地? 上等な名字だ。
何を望むか? 神が問う。
新たな名に恥じぬよう俺は言った。
「まだ見ぬ地で冒険がしたい」と。
……次の瞬間、俺は意識を失った。