第37話-帰還
「なんだよぉ……
ちゃんと、俺は『大丈夫』って伝えたよぉ……」
アルバトロス家のだだっ広い工房の中に、恨みがましい声が聞こえる。
俺は、包帯で全身ぐるぐる巻きにされ、椅子に座っている。
「うるさい! おぬしは しんぱい かけすぎじゃ!」
「そーだよっ! これは要反省だね!」
「その通りです!」
対面に座る3人が一斉に非難する。
せっかく【火炎槌】を手に入れたのに誰も褒めてくれない……
それどころか、心配させるなと、よってたかってど突かれる始末。
包帯を巻く原因の実に8割が、少女たちによる暴行である。
炎で崩れかけた吊り橋を全力ダッシュで駆け抜け……
仲間の窮地を救った一手の代償がこの仕打ち。
……もうグレてやる。
「でもさぁ。
これで俺の剣も修理出来るんだろ?」
結果オーライじゃないかと主張する。
さすがに、そこは誰も反論できない。
「たしかにのう。
わしらのレベルで『神殿』を こうりゃく するなど
きせき に ちかいからのう……」
すこしは ほめてやるかの、とアインが頭を撫でてくれた。
……やっ、やめてよねっ!
急に褒められると照れちゃうじゃないっ!
などとじゃれ合っているが、今日はいよいよ剣の修理が出来るのだ。
最初に鍛冶屋の親方に言われてから数日。
長い様で短いこの旅行の目的もいよいよ達成される。
「それでさ。
一体どうやって剣を直すんだ?」
俺は、アインに問いかける。
「ふっふっふ……
きょうは、わしが神鉄の『巫女』と呼ばれるゆえんを見せてやろう!」
アインは何やら不敵に笑っている。
ここは、アルバトロス家の工房。
確かに設備は整っているし、【火炎槌】もある。
だけど、「巫女」たる所以ってなんだ?
俺の疑問を察してか、マリーさんが教えてくれる。
「【神鉄の巫女】は文字通り……
巫女として、ドワーフの神をトレースすることができます
普段は、神のお告げを聞くだけですが……
当然、動きも……」
「と言うことは、まさか?」
「そうじゃ!
今から わしはドワーフの神を降ろして おぬしの剣をなおすのじゃ!」
なるほど、巫女たる所以ってのはこのことか。
でも「ドワーフの神」ってのが引っかかる。
「ねぇ、『ドワーフの神』ってことは……
神様は他にもいるのか?」
俺はライクちゃんに質問する。
「うん、いるよ。
めったに会えないけどねぇ。
あっ、でも授名式なら……」
「じゅめいしき?」
「うん。
確か、世界の危機を救うようなことがあると……
神様から、新しい名前を貰えて……
願い事もひとつ叶えてもらえるんだって!」
「えっ? じゃあ、神様って直接会える存在なの?」
どうやら、この異世界には種族ごとに「神様」が居る。
そして、神様は「実在している」ということらしい。
「ノーレッジ様も、「英雄」になられたとき……
授名式を受けたと聞いています
そして……その会場で、突然、姿を消したとか……」
あぁ、そう言えば前に図書館で読んだ本にも……
「人間の神より新たな名を授かる」って書いてあったな。
なるほど、話が見えてきた。
召喚の帰還条件には「役割を終える」というのがあったはずだ。
おそらく、爺さんは昔この世界に召喚された。
そして、その役目は「魔王を倒すこと」だった。
授名式とやらで姿を消したのは、役割を終え、俺の居た世界に戻ったからだ。
これで、この異世界で爺さんが「行方不明」になったのも説明がつく。
「でも、神様なんかいるんなら。
そいつが魔王でもなんでも倒せばいいのにな」
俺が独り言を言うとマリーさんが再び説明する。
「それは無理ですよ。
『神様はこの世界に直接干渉できない』
それは、神様でさえどうしようもできない世界の理なんです」
神様なのに、万能じゃないのか。
なんか「種族ごとの一番偉い人」程度の位置づけみたいだな。
「まっ、神様の せつめいは このへんにして……
いよいよ 剣のしゅうりを はじめるとするかの!」
そういうと、アインは眼を閉じて深い深い呼吸を始めた。
突然、シーンと耳が居たくなるような静寂が訪れる。
工房の雰囲気ががらりと変わる。
何の変哲もない部屋だったその場所が、何かの儀式を行うかのように神聖さを帯びてくる。
深呼吸、ゆっくりと息を吐き……
ゆっくりと吸う……
アインの身体は、だんだんとトランス状態になっているようだ。
気のせいか、小さな体から淡い光があふれ出ているようにも見える。
そして……
ふっ……
一瞬、その場所からアインが消えた様な感覚に陥った。
俺は眼をこすって確認する。
いや、確かにアインはここに居る。
しかし、もう、これは「アイン」じゃない。
アインの形をした「何か」が深呼吸をやめ、ゆっくりと眼を開く。
これは、アインの目じゃない。
同じ姿をしているが、別人であることははっきりとわかる。
これが……ドワーフの神様……
信じられない現象に困惑をする。
ライクちゃんとマリーさんも話は知っているものの見たのは初めての様だ。
息をのんだまま、すっかり動きを止めている。
金縛りにあったように固まる俺たちをよそに……
ドワーフの神様はおもむろに【火炎槌】を取り、チート剣を鍛え直す準備を始めた。
そして、数時間後……
カーン、カーン……
規則正しく、槌を打ち下ろす音が工房に響く。
俺たちは、まだ椅子に座ったままだ。
カーン、カーン……
カーン、カーン……
カーン、カーン……
カーン、カーン……
カーン、カーン……
……地味すぎる。
神様なんだから……こう、もう!
パッ! と直せよ!
ファンタジーの世界だろ!
と、ものすごく突っ込みたい。
俺は、ドワーフの神様なんていうもんだから、巨大な炎のかたまりとか……
神聖な光を当てて剣を修理するところを想像していた。
しかし、ドワーフの神は普通に火を起こし、普通に準備をして剣の修理を始めた。
まぁ、剣の修理には長い工程があるのだろう。
それを短時間でやっているのだからすごい事は分かる。
だが、もともと修理の工程を知らないのだ。
いまいち、ありがたみにかける。
……それに不満はもう一つある。
「…… …… ……」
なんか喋れよ!
さっきから、ドワーフの神様は一言も口を聞いてくれない。
無言で出てきて、無言で修理されても困る。
何? なんか気に障ることした!?
横目で、マリーさんにアイコンタクトを図る。
マリーさんも困惑しているようだが、一応説明してくれる。
「ドワーフの神様は、職人気質で無口ですから」
無口すぎるよ……
なんだか、知らずに頑固親父のラーメン屋に入ってしまったかのようだ。
客も無言、親父も無言。
ラーメンをすする音だけが、店内に響く。
そんな気まずさがある。
そして、この苦行に耐えること数時間……
最後の仕上げを終わらせ、ドワーフの神様は剣を鞘に収めた。
最後まで、本当に無言だった。
ふっ……
気配が変わり「アイン」が戻ってくる。
気配が入れ替わる瞬間、滝の様な汗がアインから流れた。
どうやら、神様の仕事は、体に負担をかけるらしい。
トランス状態から解放されるとその負担はアインに返ってくる様だ。
「どう……じゃ……
すごかった……じゃろ……」
肩で呼吸をしながら、アインが話しかけてきた。
ふらふらだ。
どうやら、アインには、修理した時の記憶は無いみたいだ。
「あぁ、すごかった!
本当にありがとな、アイン」
ふらふらのアインを支え、頭を撫でる。
こんな姿を見せられたら、気まずかったなど言えない。
言えやしないよ……
それから、俺たちはアインを落ち着かせ、工房を後にした。
俺の手には、新品同様となったチート剣。
錆が落とされたそれは、キラキラと刃を輝かせていた。
まるで、再び世に出たことを喜んでいるかのように。
爺さんが残してくれた遺産は……
こうして皆のおかげで、完全な姿を取り戻すことができたわけだ。
「おぬし、これから どうするんじゃ?」
新品みたいになったチート剣を眺めているとアインが訪ねてきた。
「あー、とりあえず、家に帰るよ。
ガーターさんもレエンさんも心配してるだろうし。
それが終わったら、マリーさんのお婆さんにも会わなきゃいけないな」
俺は、上を向いて考えつつ、今後の予定を告げる。
「マリーさんのお婆さんのところ?」
ライクちゃんが首をかしげる。
「えぇ、少し用事がありまして。
エイジさんには【エルフム】まで来ていただきます」
「ほー。ということは……
【グランアルプ】経由で【エルフム】まで 行くのじゃな?」
【エルフム】と言うのは知らないが、おそらく町の名前だろう。
「ちょうど良いわい。
わしも 【エルフム】には いちど行ってみたかったのじゃ。
いっしょに ついていっても よいかの?」
どうやら、アインも付いてくるみたいだ。
まぁ、ここまでお世話になったし、拒む理由も無い。
「あぁ、俺はかまわないよ。
2人は?」
「あたしも、アインさんと一緒に行きたいなっ!
お世話になったから、グランアルプではたくさんおもてなしするねっ!」
「それでは、わたくしも!
エルフムで、たっぷりお礼をさせて頂きます!」
2人とも大歓迎みたいだ。
3人で、お土産とか特産物の話が始まってしまった。
キャッキャッと楽しそうな会話が聞こえる。
……異世界に来てから数週間。
思えば、結構ハードな冒険をしている。
しかし、それほど嫌な思いはしなかった。
昼の空は高く青く、夜空には満天の星が広がる。
馬車が街道を駆け抜け、奇妙なモンスターが溢れている。
森、洞窟、遺跡と冒険の世界が余すと来なく広がる世界。
向こうの世界では経験できないような冒 険の数々。
そして、協力してくれる3人の女の子。
俺が異世界に来たことがどんな理由でも……
こんな経験が出来たことは爺さんに感謝しなきゃな。
俺は、話をしている3人に声をかける。
アイン・マリー・ライク、3人と一緒の帰還。
「さぁ、帰るか!」
こうして、俺は異世界の我が家に帰還することとなった。
エイジは祖父の遺産である【神剣・天空剣】を手に入れた。
彼が、チート剣と呼ぶそれは、祖父の「努力の結晶」であり……
そして、「この物語の締め括りを飾る武器」となることを、まだ彼は知らない。
そして、彼のもとに集う女の子たち。
見た目で言えば美少女3人。だが、ふたを開ければ……
ヤンデレと、ヘンタイ (上級)と、70歳のお婆ちゃんという……
誰も嬉しくない、極めて残念なハーレムが出来つつあるのだった。