第35話-炎の神殿中
俺は今、炎の神殿に来ている……
「ひぇぇぇ……
なぁぁ……この吊り橋、本当に渡るの……?」
……確かに、出発前に危険な場所とは話に聞いていた。
しかし、これは酷過ぎる。
「いーから はやくせんか」
「ほら、エイジ君、がんばって!」
「光の遺跡」のイメージが強かった俺は、神殿内は危険でも外は安全だと思っていた。
だが、炎の神殿は、初っ端から俺のやる気を奪い取る場所だった。
眼前には、今にも崩れそうな吊り橋……
ビュービューと崖からの風が吹き抜ける。
そのせいで、吊り橋はゆらゆら揺れる。
炎の神殿は辺りが環状の崖になっている。
崖の深さは半端ではなく、崖の下には激流の川。
……落ちれば、まず助かる見込みは無い。
そして、そんな危険な場所を渡るためにかけられたのが、この吊り橋。
……これが、まさかの木造だ。
いや、さすがにロープは鉄線なのだが、橋床は木板だ。
しかも、この木板は明らかに乾燥しきって老朽化してる。
俺は、この橋を一人で渡らなければならない。
なぜかって?
「ものかげに ひきこもってないで はやく せい!」
アイン達は、すでに渡り終えたからだ。
……びびりって言うな。
「ひ、ひきこもりちゃうわ!
いいよ! わかったよ!
渡れば良いんだろ、渡れば!」
アインが岩陰にしがみついていた俺を、ひきこもりと罵倒する。
しかし、「ひきこもり」と「ぼっち」は違う。
どちらも孤高の精神には違いない。
しかし、ひきこもりは外に出ないから1人のひと。
ぼっちは、外に出てても1人のひとだ。
混同しないでほしい。
恐る恐る歩みを進め、どうにか橋を渡り切る。
橋を渡る途中、明らかに空気が変わった。
重く、たぷんと油の中に身を沈めたように、呼吸が重くなる。
「ここが……『炎の神殿』……」
渡り切った先には、巨大な建物がそびえていた。
門には荘厳な太い4本の柱が建てられ、突き出した屋根を支えている。
石材で作られているらしく、重々しい迫力がある。
入口までは、多少の階段がある。
昇るという行為を通じ、自分がこれから聖域に入ることを自覚させるかのようだ。
「それじゃあ、皆、準備は良いか?」
俺は、神殿に入る前に確認をする。
3人が無言でうなずく。
さすがに危険なダンジョンへの挑戦だ。
皆の顔も引き締まっている。
装備も、出発前に出来得る限り整えてある。
炎の神殿の【神獣】は『フレア・コング』というモンスターらしい。
火属性最強の灼熱の炎を纏うゴリラ。
RPGでいう、イフリート的な存在の様だ。
【斬撃無効】の様なスキルはないが、手ごわい相手みたいだ。
理由は2つある。
第一に、身に纏った炎と俊敏性。
資料に寄るところでは、フレア・コングはかなり素早い魔物らしい。
そのせいで接近戦の武器はあまり効果的ではないとのことだ。
頼りのチート剣も一撃必殺の武器とは言え、あくまでも剣。
斬りつけるには、相手に接近しなければならない。
つまり、不利な武器と言える。
そして、仮に接近出来たとしても、炎の問題がある。
フレアコングの身にまとう炎は超高温。
斬りつける剣が溶けることは無いだろうが、長時間近づいていれば体力を奪われる。
ましてや、殴る、蹴るなどの肉弾戦も不可能だ。
当然、そんな炎の攻撃を受けてしまえば、ダメージも洒落にならない。
俺たちは、アルバトロス家の倉庫から【耐火】装備を拝借し準備をした。
ダメージを最小限に抑えるためだ。
第二に、パーティの構成にも問題がある。
フレア・コングは「火」の属性のモンスター。
これに対し、俺たちは……
俺……「光」
ライクちゃん……「闇」
マリーさん……「木」
アイン……「火」
であり、弱点属性となる「水」属性がいない。
俺に至っては逆に「火」は弱点属性だ。
つまり、フレア・コングとパーティの相性は最悪ということだ。
それに、俺を除けば、メンバーのレベルも高くは無い。
加えて、接近戦は不利だと言うのに、後衛であるマリーさんを除いて3人が前衛。
この点もネックであると言って良い。
「いいか、目標は【火炎槌】だが……
たかが、剣の修理なんだ。
くれぐれも無理はしないでくれ」
「いわれる までもない」
「わかりました」
「うん、わかった」
最後に確認して神殿に入る。
作戦は、もちろん「いのちだいじに」だ。
いざ入ってみると、神殿の中は思ったよりも広かった。
マリーさんには、ダンジョンを進むに当たり【アナライズ】をして貰う。
魔導機でも出来るが、それでは手がふさがってしまい効率も悪い。
ひと部屋ひと部屋回りながら、怪しい個所を探しつつ階段を下っていく。
ライクちゃんには、俺の後ろから動かず、物に触らないよう指示した。
一番レベルが低く、トラブルメイカーでもあるからだ。
今回は初の集団行動。
不意に罠でも発動させたら一大事だ。
背が低く小回りのきくアインは、建物の隙間や通路を確認してもらう。
実際VRのRPGをやるとわかると思うが、ダンジョン探索は思うより面倒な作業だ。
現実で言うなら、巨大な建物の中で、落し物を探すのに近い。
通路やアイテムを探すのにあちこち動き回らなければならない。
旧型のモニターゲームなら、俯瞰図でマップが分かるし、移動も簡単だ。
昔、爺さんがやっているのを見ていたからわかる。
この時ばかりは、逆にVRの不便さを感じたくらいだ。
「何かあったか?」
「うーん……ここも ちがうようじゃのぅ」
目的の【火炎槌】はなかなか見つからない。
陣形を固めつつ、4人で下に下にとダンジョンを進む。
途中出て斬るザコはチート剣で片づける。
戦闘は、俺の役目だ。
並みの熟練冒険者でも難関とはいえ、俺にはチート剣がある。
フレア・コングにあたるまでは、負けることは無いだろう。
他のメンバーも牽制しながら、俺の方に敵を誘導してくれる。
そして、何時間もダンジョンを彷徨った結果……
「どうやら……ここみたいだな……」
最終階の一番怪しい扉までたどり着いた。
扉には、大きく炎を意味するであろう意匠が刻まれている。
そして、それを囲むようにルーン文字のようなものも書かれている。
「多分、この先に【火炎槌】がある。
戦闘になるかもしれない。
いったん回復してくれ」
RPGで培った経験を生かし、皆にポーションを渡す。
「じょうしきしらず のくせに……
こういう冒険者らしい ちしきは あるんじゃな」
アインがポーションを飲みながら感心する。
「えぇ、神殿に入ってからのエイジさんはすごく頼りがいがあります」
「うん、あたしもそう思う」
……なんか、好感度がすごく上がっている気がする。
いいなこれ。
もうこの先ずっと神殿で生活しようかな。
女の子3人に褒められたので、俺もテンションが上がってきた。
ゴクゴクっとポーションを飲み干し、最後に装備を確認する。
「よし、それじゃ扉を開けるぞ」
俺は、扉の前に立って、両手で門を押す要領で扉を開ける。
3人はそれぞれ武器を構えつつ、臨戦態勢で待つ。
この先にはおそらくフレア・コングがいる。
そして【火炎槌】も……
緊張でたまる唾を飲み込みながら両手に力を込める。
扉の隙間から、光が差し込む。
ギー……という音をたて扉が少しずつ開いてゆく。
バシュン!!!
「えっ……?」
ジュウゥゥゥゥ……
扉が開ききるまえに、炎が扉にあたった。
衝撃を受け、残りの扉が一気に開く。
それは、フレア・コングが飛ばした炎の塊だった。
先手必勝。
今まで俺が使ってきた手段を敵にやられるはめになった。
「くそっ!
こんな急に!?」
戦闘は唐突に始まった。
けたたましい咆哮を挙げ、俺たちを威嚇するフレア・コング。
朱色の体毛の上に、燃え盛る炎を衣を纏ったそれは……
明らかに他の魔物と一線を画す存在だった。
でかいとか、ゴツイとか、そう言うレベルじゃない。
神聖さすら感じる風貌、それは【神獣】と呼ぶにふさわしいものだった。
見ただけでわかる。こいつのレベルは明らかに俺より上だ。
「みんな、用心しろ!
近づくんじゃない!!」
考えが甘かった。
俺は、せめて、部屋に入るまでは安全だと思っていた。
だが、ここは「異世界」。ゲームのイベントではないのだ。
侵入者の気配を察知したフレア・コングが先に仕掛けてもおかしくは無い。
部屋はガランとした広間で、奥には真紅の槌が置かれている。
あれが【神槌・火炎槌】か!
「ライクちゃんは隠れれてて!
アイン、小戦槌で牽制を、深追いはするな!
マリーさん、召喚でサポートを!」
フレア・コングの咆哮が終わる前に指示を出す。
格上の相手だ。
一瞬の遅れが命取りになる。
アインは指示通り、小戦槌をつかって、周りの石壁を崩す。
フレア・コングに飛礫を飛ばしつつ、障害物をつくり、炎弾をふせぐつもりだろう。
マリーさんは、そこに隠れ、召喚の詠唱を始める。
グォアアアアアア!
しかし、フレア・コングも黙ってはいない。
2人目掛けて、猛突進をする。
はっ、速い!
「くそっ、させるか!」
注意を向けるため、俺はフレア・コングに接近する。
コングも剣に脅威を感じたようで、目標を俺にずらす。
「うぁ熱っちいぃい」
フレア・コングが近づくとブワッとした熱気を肌に感じる。
呼吸をすると、喉まで焼けるようだ。
一瞬、怯んでしまう。
グォオオオオ!
そこに、フレア・コングの体当たり。
衝撃で後方に吹っ飛ぶ。
痛ってぇええええ!
「エイジ君!!」
「エイジさん!!」
「エイジ!!」
心配そうな皆の声が聞こえる。
追撃しようとするフレア・コングを、ドリアードのツルが封じる。
「エイジさん! 早く逃げて!」
マリーさんが叫ぶ。
態勢を立て直す。
危なかった。あのまま追撃されタコ殴りにされれば、終わっていた。
ゴホッ、フゴッ!
自由を奪われもがくコング。
ツルが燃えないのは、精霊の力だからか。
しかし、その拘束も長くは持ちそうもない。
絶対絶命だ。
レベルの差が大きすぎる。
俺たちが戦闘できる相手ではない。
相手の力の強大さを肌で感じ、身動きが取れなくなる。
「どうするの、エイジ君!!」
ライクちゃんの心配そうな声が聞こえる。
俺たちは窮地に立たされた。
「……上等だ、久しぶりに見せてやるよ」
もがくフレア・コング。
今にも解けそうな拘束。
絶望する仲間。
そんな状況のなかで、俺はこう言い放った。
「皆、これから作戦を伝える!」
今の俺に出来る精一杯のこと。
最強にして最後の手段。
見せてやる、俺の本当の力を!
俺は、逆転の一手を胸に、仲間に作戦を伝えた。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■
名前 エイジ・ニューフィールド
強さ
レベル 43
生命力 220 -200のダメージ!!
攻撃力 2930
守備力 430
魔法力 430
素早さ 430
■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■
名前 ライク・ブルックリン
略
■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■
名前 マリーシア・スローウィン
略
■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■
名前 アイン・アルバトロス
略
■■■■■■■■■■■■■■■■■■