第10話-図書館にて
世界偉人伝(357頁)より。
後ゴルド―歴1962年、世は暗黒に包まれた。
地は腐り、海は荒れ、風は死を運んだ。
大いなる厄災、【闇の魔王】の出現である。
魔王、それは魔物の中で群を抜く実力を持つ者の俗称。
獣の魔王……風の魔王……
過去、何度か出現した魔王の脅威を世界は乗り越えてきた。
しかし、【闇の魔王】は史上最悪だった。
世界が終焉を迎えんとしたその時、一人の若者が奇跡を起こした。
かの魔王を倒したのだ。
魔王を倒した英雄は、最高の栄誉として、人間の神より新たな名を授かる。
蓄積されし知識を持て魔王を倒し、新境地を開拓せし者
「ノーレッジ・ニューフィールド」の誕生であった。
……静寂。
暖かな日差しが差し込む机で、書を開く。
辺りには所狭しと本棚が並ぶ。
棚にはハードカバーの本が規則正しくおさまっている。
深緑、朱色、黒、色とりどりの背表紙に金や銀の箔押し。
重厚な知識の壁。眺めているだけでも美しい。
電子書籍が主流の「向こう」では、なかなかお目にかかれない光景だ。
館内には、コッ…コッ…コッ…という時計の針の音。
時折、シュッ、というページをめくる音も聞こえる。
「ふーん……
キングスライムは物理攻撃半減っと……」
俺は図書館に来ていた。
今は暇つぶしに「概略魔物図巻(下)」を読んでいる。
それにしても清々しい。実に清々しい気分だ。
あたかも、そよ風パウダーをそよ風に乗せて身体にふりかけているかのようだ。
いや、大丈夫だ。変なクスリはやっていない。
薬物、ダメ、絶対。
俺好みの雰囲気。
趣味の読書。
これも機嫌が良い理由だが、清々しいのには別の理由がある。
1つは、昨日ふかふかのベッドで眠れたことだ。
野宿しようとしていたことを知ると、ガーターさんは家に来いと誘ってくれた。
しかし、測定を終えたのは深夜だ。
さすがに迷惑だから、と断った。
それならば、とガーターさんはギルドの宿泊施設を1部屋貸してくれた。
宿泊施設はしっかりしたものだった。
木製の丸机と椅子。
窓際には、白い花瓶に赤い花が一輪差してある。
少しくすんだカーテンは、ひっそりと束ねられたままだ。
必要最低限の家具しかないその部屋は、簡素な病室や事務室にも似ている。
「こんな場所ですまないが…」
カーターさんは申し訳なさそうに言う。
俺は首を横に振る。
野宿に比べれば、天国だ。
さっそく買い込んだ食料で腹を満たし、身体を拭き、ベッドに入った。
ちゃんと定期的に干されているのか、布団からは日なたの匂いがする。
冒険者の疲労を取るための、ふかふかのベッド。
測定と、昨日からの疲れもあって、入るなり泥の様に眠った。
おかげで、快適な夜を過ごせた。
もちろんあれから、ギルドに入ることは了承した。
だが一応、素性は秘密にしてもらうことにした。
消えた英雄の子孫なんて、ばれればロクなことにならない。
それぐらい、考えの浅い俺でもわかる。
まぁ登録審査をする以上、ステータスは公開せざるを得ないらしい。
仕方がない。
レベル42はありえないレベルではない。
年齢と釣り合ってはいないが、人類最強とかではないから許容範囲だ。
口止め料は、リストラの件を家族に話さないこと。
ガーターさん、家族には相談してなかったらしい。
まさにリストラおじさんの典型だなと思った。
対価としては、不釣り合いな気もするが、本人はまじめだ。
家族のことを大事にしているのだろう。
こうして俺たちは、熱い握手がかすむほど、後ろ向きな約束を交わした。
今日の予定は、午前中は自由行動、午後はギルドの登録手続きを済ませに行く。
12時ごろ、ギルドで待ち合わせだ。
審査は余裕で通るだろうと、ガーターさんは語った。
その後は、ガーターさんの家で歓迎会を開いてくれるそうだ。
いつまでも施設を使うわけにはいかないから、今日からはガーターさんの家に居候させてもらう。
娘さんがいるらしい。
今から楽しみだ。
いや、いやらしい意味ではない。
決して。
そしてもう1つ。
これが非常に重要なことだ。
今読んでいる魔物図巻は、調査を終えた後の暇つぶし。
……そう、俺が図書館に来た本来の目的は、昨日の「英雄」についての調査だ。
チートだとしても、どういう設定になっているか理解しておく必要がある。
初めはそう思って、図書館に来た。
とりあえず、「世界偉人伝」という本を見つけ、索引で「ニューフィールド」を探した。
この手の本は結構あったが、全て読むのも面倒くさい。
パラパラっとページに指を掛け、ざっと目を通す。
そして、重要な一文を見つけたのだ。
「ノーレッジ・ニューフィールド」
これは、件の英雄の名前だ。
「新原 則冶」
そしてこれが、うちの爺さんの名前だ。
……うん。
knowledge、発音してほしい。
リピートアフタミー
knowledge
……俺と同じ翻訳法則が当てはまるなら、十分怪しい。
そもそも、向こうの世界での最後の記憶は、爺さんの部屋でゲームをしたことだ。
異世界と爺さんに関連があってもおかしくない。
そして、葬式はしたが、爺さんは「行方不明」なのだ。
……もう、爺さんを疑うなと言う方が無理だ。
犯人はお前だ。
爺さんは、多分この世界にいる。
そして、俺が異世界に来た原因に、爺さんが絡んでいる。
まぁ、可能性の話だが、一番しっくりくる。
子供みたいな爺さんは、幼い俺をよく悪戯に巻き込んだ。
今回もその類ではないか。
とにかく、これで、俺の当面の目的が定まった。
この異世界で爺さんを探すこと。
それは元の世界への帰還にもつながる。
そう、帰れるのだ。
異世界での漠然とした不安が解消された。
もちろん、異世界での人探しは容易ではないだろう。
しかし、異世界に来た原因を探るより、何倍もやりやすい。
明確な目標が定まったこと、それが清々しさの最大の理由だ。
図書館の柱時計に目をやる。
そろそろ、12時だ。
俺は本を返却して、図書館を出る。
冒険者ギルドは、すぐ近くにある。
路地を突っ切り、道なりに歩く。
それで、交差路を左に……っと
教えてもらった道順をなぞりながら歩いて行く。
ギルドはすぐそこだ。
ギルドに到着し、ドアを開けようとしたその時……
「どういうことですか!!」
ガーターさんの怒鳴り声が聞こえた。
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名前 エイジ・ニューフィールド
職業
略
装備
略
強さ
略
スキル
略
ゴミ箱
略
持ち物
略
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