序 - 爺さん イズ デッド
喪服と祭壇。
わびしい雰囲気、ひなびた和室。
そして、線香のにおい。
2062年8月1日。
今日は、爺さんの葬式だった。
葬儀には、俺も制服で出た。
斎場ではなく故人の家で行う、よくある田舎の葬式だった。
もう日が傾いて大分経つ。
葬儀は既に終わっている。
こちらの風習で、式が終わっても
しばらく飲み食いをするそうだ。
女方は、台所と客間を往復し、
男共は酒を飲みながら、ぽつりぽつりと話をする。
「しかし、友人ばかりの葬式だったな」
「親戚だって来てたじゃねぇか」
「いや、爺さんの方の親戚だよ」
「あぁ、うちの爺さん、実家とは絶縁してたらしい」
親父と近所のおっさんが話している。
高校生の俺には、やることも無い。
親戚のあいさつに適当に返事して
惣菜をつまんでいた。
「英治、もう一度、お爺ちゃんに線香あげて来なさい」
「うん…? ああ、線香ね」
お袋に言われ、席を立つ。
「お爺ちゃんに、って言ってもな……」
ここに爺さんの遺体は無い。
火葬したからではない。
もとから無かったのだ。
ある日、爺さんは行方不明になった。
朝飯のとき、婆さんに「釣りをする」と伝え
婆さんが散歩から帰ってきたときには既に居なかった。
テレビも電気も付けっぱなしだったそうだ。
インドア派の爺さんが
外に行くなんて珍しいと思ったが、
そこは爺さんのこと、
釣り漫画にでも影響されたのだろうと放っておいた。
しかし、いつまで経っても爺さんは帰ってこなかった。
行き先も分からないため、近場の海を片っ端から探した。
何日か捜索の後、結局、沖に流され水死したのだろう、
ということで片がついた。
……正直、爺さんが死んだという実感はない。
祭壇の前に行き、線香に火をつける。
……俺は、いわゆる爺ちゃん子だった。
高校に入ってからは、田舎へ来る機会も減ったが、
小さい頃は、ヒーローにかぶれて……
「じいちゃんが、こまったときは、ボクがたすける!」
なんて、約束を交わしたほどだ。
爺ちゃんは子供みたいな人で、よく俺と遊んでくれた。
遊ぶといっても、大自然の遊びではない。
専らプラモ、カード、ゲーム等の玩具でだ。
爺さんは、現代っ子ってやつだったらしい。
「虫取りなんてつまらねぇぞ」
玩具で遊びながら、爺さんはよく言っていた。
夢中で遊ぶ爺さんの顔が思い浮かんだ。
線香をあげ終えると、俺は、爺さんの部屋に向かった。
お袋や親父の様子からすれば、まだしばらく帰れそうにない。
学校も夏休みだ。
多分、泊りになっても困らないのだろう。
他にやることも無いので、爺さんの部屋で暇をつぶそう。
ギシギシときしむ廊下を進み、奥へ進む。
何度も訪れた爺さんの部屋。
ドアを開け、電気をつけた。
湿っぽい匂いが、ほんの少しだけする。
板張りの床に、ガラス戸の棚。
棚には、プラモやらフィギアやら漫画やらが並んでいる。
電子書籍が主流の今、紙媒体の漫画なんて結構な値で売れそうだ。
爺さん曰く、フィギアも お宝 らしい。
もちろん、爺さんの遺産をいじる気は無い。
爺さんの物は、最後まで爺さんのものだ。
なにより、この部屋の物には思い出がつまっている。
1つ1つ、懐かしがって見ていくと、
テレビの横に、何世代も前のゲーム機を見つけた。
ディスクを読み込むタイプの奴だ。
「あぁ、これか……」
ゲームと言えば、今は、オンラインVRゲームが主流だ。
モニターに映像を映すなんてありえない。
格ゲーだろうが、RPGだろうが、実体験してなんぼの世界だ。
爺さんは、しきりに面白さを語ったが、
VRに慣れた世代の俺には、爺さんの薦めるゲームは
酷く退屈に思えた。
実際やってみても、数分と経たずやめてしまった。
「わしらが、白黒インベーダーでもやる感覚か……」
寂しそうにつぶやく爺さんのことは今でも覚えている。
「少しは付き合ってやればよかったかな」
俺はゲーム機の電源を入れる。
ブーン……という機動音の後、画面が映る。
オープニングのデモムービーが流れる。
剣を振り回す若者と祈るような姫様。
大空を翔る飛行艇やドラゴン。
町の雑踏。密林での冒険。
ファンタジーの世界。
どうやら、ジャンルはRPGみたいだ。
ゲームとして楽しむことを度外視すれば、
モニターに映る映像は、それなりに楽しめる。
「いまさら供養にもならないが、やってみるよ」
懐かしいものに触れたせいで、
暇つぶしという当初の目的は忘れられていた。
どうせ時間はたっぷりある。
久々に徹夜で遊ぼうじゃないか。
なぁ爺さん。
そう呟いて、俺はゲームを始めた。
……俺は、これが異世界への入り口だったと、
大分後で知ることになる。