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「栞、遅い。」
喫煙所の前で、莉乃が電子タバコを蒸かしながら待っていた。
「ごめんちゃい」
「また?」
「うん」
「何回目?」
「まぁまぁ」
いつも通りの会話が流れる。
呆れた顔をしているくせに、口元は笑っている。
「ほんと相変わらずやな、あんた」
「うん」
そう言いながら、吸い殻をペールに投げ捨てて、莉乃が私のドレスを見た。
「そのドレスいいじゃん。あんたらしい」
「まじ?結構奮発した」
「でもあんたのそういう感じ、慣れないわ」
ディスり半分の会話に、二人で少し笑った。
タバコを吸い終わり、会場の扉を開く。
入口には、幼馴染のアルバムが並べられていた。
笑っている写真ばかりだ。
幸せって、きっとこういうものを言うんだろうなと思った。
結婚式って、少しだけタイムスリップだ。
久しぶりの顔が集まって、でもみんな少しずつ変わっていて。
止まっていた時間と、今が混ざる。
「栞」
莉乃が言った。
「今日さ。誰に会いたい?」
「いや別に。今日は瑠夏の式でしょ。出会い目的とかやめなよ」
「いやいや。結婚式はうちらの勝負の場でもあるからね?」
「そう?」
「そうだろ。なんのために張り切ってメイクしてんの」
「まぁ確かに。成人式も、二十歳の乱交パーティーって言うしね」
「それは言い方やばい」
笑いながら、自分たちの席に座る。
そのときだった。
「栞?あと莉乃?」
背中の方から、聞き覚えのある声がした。
振り向く。
一瞬、時間が止まった。
「久しぶりやん」
桑原綴が、そこにいた。
もう会うことなんてない。
——いや、きっといつか会う気もしていた人。
少し太った気がする。
でも、低くて、語尾が少し鼻につく声は昔のままだった。
「久しぶり」
自分の声が莉乃と重なって、少しだけよそ行きに聞こえた。
「元気なん?」
「まぁぼちぼち」
「そっか」
たわいもない会話を重ねたあと、短い沈黙が落ちた。
懐かしい沈黙だった。
そうだ。
昔からこの人との会話は、少しだけ間がある。
乾いているのに、不思議と嫌じゃない。
むしろ、その沈黙の中に言葉にならないものがたくさんあった。
「トイレ行ってくる」
莉乃が席を立った。
二人きりになる。
妙に気まずくて、自分から口を開いた。
「整体師、順調?」
「俺やけんね。順調よ」
「へぇ、そっか」
頷きながら思う。
やっぱり、そうなんだろうな。
この人はどこにいても、自分の色を出す。
周りを巻き込んで、気づけば中心にいる。
昔から、そういう人だった。
「栞は?順調?」
「うん」
それ以上は続かなかった。
「またあとで話そう」
そう言って、私は席を立った。
トイレへ向かいながら、ふと思う。
この人と、ちゃんと恋をしていたんだろうか。
それとも。
恋になる前の、どこか曖昧な場所で、
時間だけが過ぎていったんだろうか。
ぬるくなったカイロが、
もう一度温かくなることはないって知っている。
それでも。
何年経っても、
この人に会うと、その温度を思い出す。




