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AionioS  作者: 無日
第一章:彼方より来たるもの

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第9話:先駆者

≪次のニュースです。5日前から裂け目〈Δ(デルタ)-295〉の内部探索に向かったまま、消息を絶っていたD.R.Aイプシロン隊が、昨夜本部への帰還を果たしました。≫


≪裂け目内部で何が起きたのか──イプシロン隊のメル艦長は現在もメディア対応および、報告に追われており、詳細は未だ語られておりません。≫


≪なお、今回の裂け目〈Δ(デルタ)-295〉では通常と異なる閉鎖反応が確認されており──≫


 モニターに映る緊張感あるキャスターの声が、医療棟の薄暗い一室に静かに流れていた。

 昼の日差しと共に遠い夢のように耳に触れた瞬間、まぶたが僅かに動く。


 微かに呻くような息とともに彼の瞼がゆっくりと開いた。


「……ここは…」


 身体を起こそうとしたそのとき──


ガラッ!


 勢いよく扉が開き、ひときわ大きな影が差し込んだ。


「お、起きたか!」

「ええ……たしか、私は飛空挺に……」

「無事だったのが奇跡だ。ペネトラも大破寸前だったが、なんとか戻ってきた。お前がNovaを暴走させたおかげでな」


「お前も食うか?」


 そう言いながら、オーティスは部屋の隅に置かれた椅子を引きずって重い腰をどかっと下ろした。

 テーブルに置かれていたバスケットを親指で指さすが、ヴィンセントは少し顔をしかめてため息を吐く。


「いえ、結構です。」


 そこへ通りがかった看護師とヴィンセントの目が、閉じかけたドア越しに合った。

「あ!!オーティスさん!!」


 慌てて看護師が駆け込んできて、女性の声にオーティスはビクリと反射的に立ち上がる。

 果実が床に落ち転がっていく。


「患者さんの目が覚めたなら、ナースコール押してくださいって言ったでしょう!?」


 オーティスは巨体を縮こませながら目を逸らし、首をさすりながら気まずそうに引きつった笑みを浮かべた。


「はは……すみません」


 そのやり取りに、ヴィンセントも思わず小さく吹き出した。


「……ふっ、はは……」

「おい、笑うな」


 そう言いつつも、結局吹き出すようにつられて笑い、二人の間には安堵と静けさが戻った。



✧✧✧



 ニュースの音声が遠ざかる中、医療室には機器の規則正しい作動音だけが残っていた。

 オーティスの軽い冗談と看護師の叱責で、ひととき場の空気は和らいだものの、ヴィンセントの胸に沈んでいた重さは消えてはいなかった。


「……私が、飛空艇を……」


 言葉が、途中で止まる。

 オーティスは椅子にもたれかかり、片足を組みながら何も言わず彼を見る。


「……覚えていないんです。何をしたのか、どうやってあの光を出したのか…ただ、自分がやったという実感がない。」


 沈黙が落ちる。

 オーティスは少しだけ視線を逸らし、壁のモニターに流れる無音のニュース映像を眺めたあと、ゆっくりと口を開いた。


「俺たちは、あの場にいた。裂け目の中でお前が剣を突き立てて、光が広がって……いつの間にか目の前にあの衛星の光があった。気づいたら、空間そのものがひっくり返っちまったみたいだった」

「……しかし…それは私の意思だったのか、それとも……」


 言い切れず、言葉が途切れる。

 オーティスは少し考えたあと、椅子から立ち上がり、窓際へと歩いた。


「正直に言うと、俺も分からない。だがな」


 振り返る。


「お前があの時、飛空艇に居なかったら俺たちは今ここにいない。それだけで十分だろ」


 ヴィンセントは答えなかった。

 答えられなかったのだ。


 自分が“誰かを救った”という事実と、自分が“何か危険なものになった”という感覚が、胸の奥で矛盾したまま絡み合っていた。

 そのとき、扉の外でカツン、と足音が止まった。


 軽くノックが入り、間を置いてから扉が開く。

「入るわよ」


 現れたのは、メルだった。

 艦長としてではなく、だが指揮官としての重さを纏ったままの姿で。


 オーティスは軽く会釈し、壁際へと下がる。


「目が覚めたのね」


「……はい。」


 体を起こし、視線を合わせる。

 メルは一瞬、彼の顔色と瞳の動きを確認するように見つめ、それから静かに口を開いた。


「裂け目〈Δ(デルタ)-295〉は完全に消失したわ。閉鎖というより……消滅に近い状態」


 ヴィンセントの指先が、わずかに動く。


「通常、母体である裂け目は収束まで数分、長ければ十数分の猶予がある。でも今回は……閉鎖反応が始まった直後に閉じた。ギュネオスに知能があるのか…それとも……。原因は、特定できていない」

「……しかし、私は……」


 メルは、言葉を選ぶように一拍置いた。


「あなたは、裂け目の中にいた飛空艇ごと“別の空間へ移した”。

そう。あなたは、空間座標そのものを書き換えた事になる。飛空艇内の出来事だったから、映像記録も正確な数値も……取得できていない」


 それはつまり、“測れない”という意味だった。


「私は危険ということになりますか。」


 問いは、静かだった。

 メルは一瞬、言葉を探すように視線を落とし、それからはっきりと告げた。


「危険よ。少なくとも、D.R.Aの既存の分類では、あなたは“管理不能領域”に入る」


 オーティスが思わず眉をひそめる。


 ヴィンセントは、表情を変えなかった。

 その言葉を、どこかで予想していたかのように。


「……隔離されますか。」


 メルは即答しなかった。


「上層部は、その方向で動いている。あなたを安全区画に移送し、監視下に置く案が出ているわ」


 ヴィンセントの胸に、重く、静かな諦観が落ちた。


 そうなると思っていた。

 自分が裂け目に呼ばれ、光を放ち、空間を歪めた存在であるなら、そう判断されるのは当然だと。


「……それが、正しい判断だと思います。」


 そう言いながら視線を落とす。

 僅かに拳の中でシーツにしわを作った。


「私自身、記憶のない自分を信用できません。制御できない力なら……誰かのそばにいるべきではない。」


 その言葉に、オーティスが即座に反応した。


「ふざけるな」

「制御できないからって、切り捨てるのが正しいなら、俺たちオーダーは何のためにいる」


「……オーティスさん」

「お前は俺たちを助けた。それだけで、少なくとも“危険だから隔離されるだけの存在”じゃない」


 オーティスは、ヴィンセントの正面に立つ。


「俺は、お前に命を預けた。あの裂け目の中で。飛空艇に乗った時点で命を預けあってる」


 視線が、ぶつかる。


 メルは、その様子を静かに見つめていた。

 やがて、彼女は深く息を吸い、ゆっくりと口を開いた。


「……私も、上層部の判断には同意していない。

 あなたは危険で、未知で、管理不能な存在よ。でも同時に……あなたは、裂け目から全員を連れ出した」


 その声には、揺るぎのない確信があった。


「誰にもできなかったことを、あなたはやってのけた。それは偶然ではない。無意識だったとしても、あなたの中に“それができる何か”がある」


 メルは一歩、彼に近づく。


「あなたは危険よ。でも、裂け目の事を知るには、まず裂け目から現れたあなたを知るところから始めるのが最も近道であり、必要不可欠でもある。だから私は、あなたをここに留める。裂け目の最前線に」


「私に、何ができるかは分かりません。自分が何者なのかも、今回のあの出来事がなんなのかも……」


「それでいいわ。D.R.Aに所属する者は覚悟をもってあの不安定な闇の中に挑む。

未知への挑戦…それは無謀なように見えるかもしれないけれど、確かな人類の一歩となる。進んでみなければ、その先にある物がなにかも分からない。つまり、先駆者は苦労する…ってこと」


 メルは降参するように手を上げると、やれやれと首を振った。


「ヴィンセント、あなたは裂け目の中で発見された。なら、あなたに関することも裂け目の中で見つけられるはず。記憶もそう…きっと裂け目の分析があなたの記憶の空白につながるわ」


 オーティスが、腕を組んで軽く笑った。


「ま、つまりだ。お前はもう“客”じゃないってことだな」

「…そう、ですね。」


医療室の窓の外では、D.R.A基地を覆うドーム状のバリアが日光を受けて静かに揺らめいていた。

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