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AionioS  作者: 無日


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第7話:混沌の化身

 飛空挺ペネトラは裂け目〈Δ(デルタ)-295〉へ、浮遊岩の群れの間をすり抜けながら、じわじわと裂け目の中枢へ向かっていた。


 裂け目の周囲には、まるで重力の概念が歪んだかのような岩塊が浮遊し、互いに軌道を描くように回っている。

 濃密なエネルギーの粒子が漂い、空間そのものが微かに波打っていた。


 操縦席から乗員の声が飛ぶ。


「裂け目との距離200メートル。干渉率上昇、進入用シールド展開。」


 操縦席のレバーが降りると飛空挺の機体が低く唸り、機体を包むように青白い光の膜が走る。

 D.R.A基地を囲っていたあのバリアと同じもののようだ。幾何学模様が薄く広がり、岩塊が弾き返される。


「これより、裂け目内部に侵入する!」


 メルの低く張り上げた声とともに、ペネトラは黒の裂け目へと突入した。


 世界が反転する。


 空と重力が消え、上下の感覚が曖昧になる。

 ヴィンセントは足元に踏みしめる感覚があるにも関わらず身体が宙に浮いたような錯覚に囚われた。


 裂け目の内側はまるで異空間だった。

 周囲には暗闇が広がっていて宙を漂うのは岩肌に似た歪な構造体──しかしよく見るとそれはどこか“人工的”だった。


 平らに削られた跡や、幾何学的な模様がうっすらと浮かび上がっている。

 まるで、誰かが“作った”かのように。


「……壁画?」


「伝説の一部……よ。裂け目の奥でしか見つからない、異文明の残骸とも呼ばれてる。」


「文明の残骸…」


「真相は誰にも分からない。けれど、少なくとも“自然に生まれた空間”じゃない」


 そう言いながら、メルの視線は前方の暗がりに釘付けになっていた。

 飛空挺は速度を落とし、裂け目内部の浮遊岩群の一角へと停泊する。


「ここからは歩きで行く。中にいるギュネオスを全て討伐すれば裂け目は閉じる。存在する限り裂け目は維持され、やがて地上にまで連鎖するように小さな裂け目はが広がってしまうわ。閉じるには、根を絶つしかない。」


 その時、ヴィンセントの背後からラックが肩を軽く叩いて言った。


「心配すんなって!何が来ても俺のNova(ノヴァ)で加速して守ってやるって!……ん?ってお前、Nova(ノヴァ)も知らないのか?まさかNovactor(ノヴァクター)でもないなんて言わないよな?」


 ヴィンセントは言葉を返せなかった。

 Nova(ノヴァ)という言葉は何度かは耳にしていたが、具体的な意味はまだ掴めていなかったからだ。

 メルが、簡潔に補足する。


Nova(ノヴァ)はこの星の人類が持つ“異能”。形は様々で火や水…私のように電磁波を操る元素系のNovactor(ノヴァクター)や物理系…」


 メルは右手を広げ周囲に視線を散らした。

 すると飛空挺の甲板に等間隔に埋め込まれた間接照明がメルの手の動きに反応するように眩しく明滅する。

 ヴィンセントは呆気に取られたがメルは構わず説明を続けた。


「そしてオーティスのようなNova(ノヴァ)エネルギーを吸収できる"特異"な系統まで。そのNova(ノヴァ)の系統は様々でほとんどのNovactor(ノヴァクター)は15歳までに発現するわ。」


 オーティスが片手を軽く振り拳を握り直すと、微かな振動とともに腕の筋が硬く隆起する。


「……俺のNova(ノヴァ)は“吸収”だ。Novaエネルギーを奪って、肉体強化に変える。お前が暴れたときは俺が止めてやるってわけだ。…そうなることは願ってないけどな。」


「私が暴れる前提なんですね。」


「“不明”は、時に一番危ないんだ。無意識に暴走することもある。だろ、メル艦長」


「そう。だから今回の任務、あなたは観察対象でもある。覚えておいて」


 メルの目は、冷たくもどこか信頼を含んだ光を帯びていた。


「さあ、行くわよ。ここから先は生半可な気持ちじゃ戻れない。」


 飛空挺のハッチが開くと、裂け目内部の空間に浮遊足場が現れる。

 それらはまるで意志を持って配置されたかのように、一本道を形成していた。


 隊員たちが装備を身につけ武器を握りしめ慎重に足を進める中、突如空間の彼方から――


〈カシャン……カシャン……〉


 金属の擦れるような、鎧のような異様な音が響いた。


 メルが小さく指を立て、全員を制止させる。


「接近音。前方、警戒──」


 直後、空間の一部が歪み、そこから黒く滑らかな身体が浮かび上がった。


 それは“形”と呼ぶにはあまりにも歪だった。


 金属のように冷たく輝く外殻と異様に長い四肢。

 人間の目が慣れるまでに数瞬を要したその存在は、ノイズのような黒い光の粒子と共に現れた。

 世界の法則すら蝕むような質量を纏って。


 ヴィンセントは瞬きの一瞬さえ見逃すことを許さず、こめかみを刺すような痛みが再び彼を襲った。


 胸の中心と頭部には単眼のように裂かれたような穴。

 その穴は遠目でも脈動しているように蠢いているというのに、そこに命の気配は無い。


───"見覚えがある"。


「来るよ!」


「了解!全員配置につけ!背中を見せるな!」


 一斉に隊員たちが武器を構える。


 ヴィンセントの目の前に、錆びたようなぎこちない動きで不可思議な“形”が躍り出る。

 それは本能が拒否する異物──言語で定義できない、侵蝕する存在。


 オーティスが先に動いた。


 足元の浮遊岩を蹴り飛び、空中で一回転しながら手を触れる。

 同時にギュネオスのNova粒子を吸収し、黒の粒子が彼の肌の中へ針を刺すように流れ込むと、打撃に変換した一撃を叩き込んだ。


 衝撃が音を立てて響き、ギュネオスがヒビを伝わせ後方へ吹き飛ぶ。


「ヴィンセント、お前も構えろ!Nova(ノヴァ)ってのは考えるより先に来るらしい!!」


 ヴィンセントはただ、全身を駆け巡る熱を感じていた。

 裂け目の深淵は、静かに彼を試していた。

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