表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AionioS  作者: 無日


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/8

第5話:浮遊都市Nexaris

 薄曇りの朝、D.R.A中央棟・第五マリーナ。


 高く伸びた中央塔からは螺旋状にデッキが伸びている。

 それぞれの場所には数隻の飛空挺が待機しており、絶え間なく出港と入港を繰り返していた。


 ヴィンセントの目の前にもまた、黒光りする巨大な飛空挺と、数人の男女が揃っている。

 彼らこそ、裂け目の探索任務を主に請け負う実働部隊──〈イプシロン隊〉。

 全員がD.R.A内で実力と適性を認められた精鋭たちだ。


 飛空挺の影に立ち、彼らの様子を見ていたヴィンセントは、まだ名前すら知らぬ隊員たちの顔を静かに眺め、どこかぎこちない表情をしていた。


 そこへ、淡い金髪を揺らしながらメルが姿を現し、隊員たちは彼女に敬礼を見せる。

 室内にいた時とは違い、官帽を被った彼女はさらに威圧感と威厳が滲んでいるように見えた。


「今日から、このイプシロン隊に新たな仲間が加わります。」


 そう言って軽く身を引く。

 全員の視線が一斉にヴィンセントへと向いた。


「……よろしくお願いします。」


 簡潔な挨拶に、数人が軽く会釈し、中には疑わし気に見つめる者もいる。


 しばらくして、一通りの紹介が終わった頃。

 メルが腕時計に目を落とし、小さくため息を吐く。


「……まったく、また?」


 その呟きに応じるように、中央塔の自動ドアが開いた。


「……っ…はぁ…はぁ…皆おはよう、遅れてごめん!!!」


 自動扉がパシュッと開き、白い息を吐きながら噴出した汗も気にせず慌てて現れたのはオーティス。

 登りかけの太陽の光が彼の右目を金色に灯し、左目には群青色の夜を映した。


 彼はオーダー機関に所属しているはずの男だ。


「まーた遅刻かよ!オーティス!」


 茶化すような声が飛ぶ。男性隊員のひとりがオーティスの分厚い肩を組み、ニヤリと笑いながら言った。


「いやあ……すまん。また道を間違えてさ」


 頭をかきながらも苦笑する。

 だがその瞬間、メルの鋭い視線が飛んだ。


「おっと…」


 その視線に気づき、ビクリと肩をすくめたオーティスは、引きつった笑みを浮かべ丸まった背筋を伸ばした。

 気まずそうに後頭部を少し掻く。


「えーと…今度こそ、本当に真っ直ぐ来たつもりだったんだけどな」


「ナビの使い方から教えたほうが早いかしら? はぁ…まったく…その方向音痴、そろそろ治しなさい。街でのパトロール中は一体どうしているの」


 隊に軽い笑いが生まれる。

 先ほどまでの緊張感は彼が現れたことによって和み、暖かな空気が流れた。

 オーティスの方向音痴はもはや恒例行事らしく、誰も特に驚かないらしい。


 〈――大丈夫よ。あの子は"特別"だから。すぐにまた会うことになると思う。〉


 昨日、メルが言っていた事を思い出す。


 ヴィンセントは、しばらくその光景を観察するように見ていると、輪の中心にいる彼は親しげに手を上げた。


「さて、雑談はここまでよ。出航の準備を。時間が迫ってるわ。」


 メルの短い一言に、隊員たちは弾かれたように飛空挺〈ペネトラ〉のタラップを駆け登った。



 目的地は、3日前に出現した裂け目──〈Δ(デルタ)-295〉。


 飛空挺が静かに上昇を始めると同時に、艦内には微かな振動と低い駆動音が広がった。

 内部は無駄のない設計で、座席は壁際に並び、中央には各種モニターが設置されている。


 乗員たちは慣れた様子でそれぞれの位置に腰を下ろすと、カチャン、とベルトを固定する音が響く。

 ヴィンセントもまた、窓際の座席に腰掛け、周囲の様子を静かに観察していた。


 やがて、D.R.Aの領域全体を包んでいたドーム状のバリアが揺らめき始める。

 幾何学模様が淡く虹色の光を放ち、ゆっくりと割れていくと、耳を塞ぎたくなるようなノイズが聞こえた。


 仮面のように表情を崩さないヴィンセントでもこの音は不快だったらしく、ほんの少し眉を寄せた様子を見てメルの口角が緩んだ気がする。


「音はすぐに慣れるわ。窓の外を見てみなさい。」


 暫く艦内を見回していたが、メルが視線を流したことでそれにつられるように窓を見た。


 虹色に滲むその光の向こう。


 目を疑った。


 まだ出航から数分しか経っていないというのに、バリアが滑らかに開いたその先には蒼穹が広がっていたのだ。

 宇宙と空の境界線は繊細なベールを落とし極限の膜を伸ばしている。


 出航から安全圏内に入ったペネトラは自動的にシートベルトが外れ、隊員たちは艦内から出て甲板に出た。


 思わず、手すりに近づく。

 そして、下をのぞき込んだ瞬間──彼の目に、想像を超えた光景が飛び込んできた。


 風が頬をかすめ、視界の下には、果てしない雲と、その下に広がるもう一つの世界があった。


「これは……」


 思わずそう呟いた声に、メルが反応する。

 彼女はいつの間にかヴィンセントの隣に立っていた。


「そう。あれが“地上”よ。正式には中層域〈Mirelis(ミレリス)〉ね。」


「じゃあ、私たちのいたあの場所は──」


「上層〈Nexaris(ネクサリス)〉。私たちがいたのは浮遊都市の1画でD.R.A本部はネクサリスに位置する要塞区画。

 空に浮いてること、知らなかったでしょ?」


 息を呑んだ。

 自分が今までいた場所が、浮遊する都市だったという事実が視覚的に突きつけられた。


「……ええ。」


 驚きが言葉にならないまま、ヴィンセントはただ見下ろす。

 あまりにも広大な空が、今の自分の立場をまざまざと突きつけていた。


 地上には、大都市のような建造物群が広がり──

 そのさらに向こう。

 地表がぽっかりと口を開けたような、“暗黒の穴”があった。


「あれは?」


 ヴィンセントの問いに、メルは言葉を詰まらせる。

 代わりに、オーティスが答えた。


「あそこは下層域──Void。ミレリスの地下に広がる地下都市だ。裂け目が活性化して以降は厳しく管理されてる。」


「理由を知るには時間がかかるな。でも今日は裂け目〈Δ-295〉。そいつに触れに行くんだろ?」


 オーティスはどこか冗談めかしたような口ぶりのまま、目だけが真っ直ぐ前を向いていた。


 飛空挺は、徐々に進路を変え、上空に浮かぶ裂け目へと向かっていく。

 まるで空そのものに、異形の傷が刻まれたかのような光景。


 ヴィンセントの胸に、得体の知れないざわめきが広がっていた。

 その震えが、恐怖か、期待か、それとも記憶の残滓か──


 自分でも、まだ判別ができなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ