第43話:僕たちの合図
グラスの光が照明を浴びて眩く反射する。
新人の歓迎会は華やかとは言えないが、肩を叩く音と男たちの鼓舞する声に満ちていた。
新人配属から最初の一週間。
そのほとんどが訓練と現場補助で、パトロールをしながら中央区の雰囲気を覚えるのが、彼らにとって最初の仕事だった。
だが、オーティスは新人にも関わらず、妙に目立っていた。
体格のせいもある。
だがそれだけではない。
──オーダー機関中央区本部 セキュリティゲート前。
「先輩! すみません遅れました! どうもここは広くて…」
声を張り上げ、セキュリティゲートをぬけて僕のところへ駆け寄ってくる。
しかし、彼はこの状況を見るなり顔を引き攣らせた。
「って…何してるんです…?」
「やあ、オーティスくん。遅かったね。まだファンの子たちが──」
その視線の先、僕はというとファンに囲まれていた。
髪色で目立つせいもあって、出入りのたびに誰かが駆け寄ってくる。
「オーダーさん! サインお願いできますか! あと、この子の分と──」
「ニック様が宣伝されてるヘアミスト。私も使ってて…!」
「まさか…その、全員対応する気ですか…?」
まるで空気に溶けるように存在感を消しながら、両腕をぎこちなく組んで目を逸らした。
しかし、彼女たちは彼に気付くなり鞄やショッパーを持ち上げる。
「はい、荷物持ちの人、これお願いね」
「……い、いや…俺は──」
「やめてね、僕の大事な後輩くんだから。意地悪しないであげてくれるかい? あと、ゲート前で待つのも禁止だよ。あとで怒られるのは僕なんだから」
彼女たちは「えー」と口にするも、僕の断固とした姿勢をみると、背中を丸めながら残念そうに帰っていった。
後ろを振り返ると、どこか緊張した様子の彼がいる。
「ファンなんて、面倒だと思ってる?」
「え!? あー…いや、面倒とは思いません。ただ、オーダーに必要なのか…」
「たしかにね、君の言い分も分かるよ。でも、あの子たちがネットワークに拡散してくれるおかげで、犯罪Novectorも尻込みする。僕はパトロールよりよっぽど効果的だと思ってるよ」
気まずそうに首を掻いた彼に、僕は苦笑して肩をすくめた。
「オーダーは"秩序の象徴"なのさ」
「秩序の象徴…ですか? 目立ちたいだけじゃ」
耳はその小声を逃さない。
ただ素直な子かと思っていたが、思っていることは口に出ていまうタイプらしい。
「目立つのも悪くないんだ。僕のこの髪色を見て、『オーダーが来た!』って安心してくれる人だっているんだよ。大丈夫。君にも、いつかわかる日がくるさ」
ホバーバイクの後部座席に乗り、前のシートを軽く叩いた。
「さあ、困ってる人がいるんだから出動だよ!」
オーティスがバイクにまたがると、車体は小さく揺れてふわりと浮き上がる。
エンジンの低い駆動音が、正門をくぐった。
「3分遅れてます、アクセル全開でいきますよ!」
「…あれ? そっちじゃなくて右だよ?」
彼の方向音痴は訓練校でも有名だったらしい。
まだ、配属されて一週間だというのに、本部でも名物になりかけていた。
「しまった…! 道案内お願いします!」
彼の切羽詰まった様子に吹き出すように笑った。
中央区で育ち、かつてはドライバーとして各地を回った僕にとって、道案内なんて簡単なこと。
それでも、彼とバディを組んでからは笑いに堪えない日々になりそうで、このときは本当に心からワクワクした。
翠雨町。
貯水施設の制御が暴走し、町の半分が濁流に飲み込まれかけている。
元素制圧局の対応も間に合わず現場は混乱を極めていた。
町を彩る樹々は見る影もなく、根本から折れかけつつも、流された人々がそれに掴まりながら救助を待っている。
「酷いな…。先輩、どうしますか?」
「僕に任せて」
道路は完全に川になり、ホログラムの避難誘導灯が水面に揺れている。
瓦礫と家具がぶつかり合う音の中で、僕は濁流の中心に進んだ。
「僕が水流を分けるから、その間に流されやすい子供たちを!!」
「は、はい!」
振り返ると、オーティスはすでに走り出していた。
濁流に飛び込み、流されかけた子供を片腕で掴み上げる。
重い水圧の中でも体は沈まない。
光が足元で揺れ、水が道を作っているからだ。
オーティスはそこを迷いなく駆け抜け、やがて子供を抱えたまま、なるべく高い位置へ飛び上がった。
周囲から歓声が上がる。
わが子や恋人と離れ離れになっていた市民は再会し、抱きしめあい、胸をなでおろした。
「ありがとうございます…! ありがとうございます……!」
水流を収束させながら、その背中を見ていた。
数秒後、息を弾ませながら、彼は戻ってくる。
「次はどこですか!」
「やる気があるね! いいことだよ」
そう言いながら指先を滑らせた。
水が持ち上がり、巨大な波となって倒壊しかけた壁を押し返す。
「あっちの建物。二階にまだ人がいるから救助をお願いできるかい?」
「了解!」
彼は頷き、結晶を砕くと、そのまま走り出す。
波に攫われていた人々は僕のNovaで水流を変えながら集められ、オーティスが高台に運ぶ。
初めての任務だというのに、いい連携ができている。
彼は自分の役割をよく理解しているんだろう。
簡単なようだけど、新人にとってそれはすごく難しいことだ。
「ここからは僕の出番だね」
その言葉と同時に、町を満たしていた濁流がぴたりと“意志”を持ったように止まった。
次の瞬間、四方へ散っていた水が一斉に引き寄せられる。
道路を覆っていた流れも、建物に叩きつけていた波も、まるで呼び戻されるように向きを変え、唸りを上げながら1つの流れへと収束していく。
瓦礫の隙間を縫い、倒壊しかけた壁をすり抜け、無数の水筋が絡み合いながら僕のもとへ集まってくる。
逆流する滝。
水そのものが僕へと還ってきている。
頭上で膨れ上がった水塊は、昼の光を歪めながら脈打つように揺れ、その一滴一滴が僕の意思に従っているのが分かる。
やがて最後の水流が吸い上げられると、町から濁流は消え去り、濡れた路面と滴る雫だけを残して、何事もなかったかのような静けさが戻った。
「こんなもんかな」
「す…すごい…。この水の量をコントロールするなんて…」
「よし…と、全部集まったかな。僕はこの水を貯水施設に戻してくるから、市民の心のケアと怪我がないかの確認。あとキーパーたちも呼んでおいてね」
「は、はい!!」
最初の任務としては、上々──そう片付けるには、少しだけ引っかかるものがあった。
濡れた路面に残る水滴が靴底でかすかに弾ける音を聞きながら、さっきまで濁流の中を駆けていた彼の背中を思い返す。
水は本来、身体操作系と噛み合う性質じゃない。
足場は奪われ、衝撃は逃げ、力は拡散する。
風や地ならともかく、水は“踏み込む”ための環境じゃないはずだ。
それでも、あのカルロス長官が、僕と彼を組ませたのは、きっと"Novaの相性"が理由じゃない。
──あの人は、最初から分かっているはず。
皆の前であえて口にしなかった、そのもう1つの性質を。
✧✧✧
任務をいくつか重ねるうちに、違和感はゆっくりと形を持ち始めていた。
炎の現場でも、瓦礫の中でも、彼は必ず一度だけ動きを鈍らせる。
ほんの一瞬、流れが途切れるような──そんな間。
エネルギーの供給は“媒体”に触れればいい。
なのに彼は、それを必要としていないように見える瞬間がある。にもかかわらず、当の本人は何も言わない。
二週間、同じ現場に立っていて、その不自然さに触れないのはむしろ不自然だった。
淡砂街 高層棟の内部火災。
熱気で空気が歪み、警報灯が赤く回り続けている。
炎のNovaを使う犯罪Novactorが立てこもっていた。
火柱が外まで漏れ出て、まだ内部に辿り着いていないというのに、見ているだけで呼吸が浅くなる。
「行きます!!」
オーティスはホバーバイクで到着するなり真っ先に向かっていく。
とにかく、今は現場に集中するのが先決だ。
「僕が膜を作るから、君は思いっきり動けばいい」
彼は笑みを浮かべ、頷いた。
"媒体"である結晶が砕ける音がする。
次の瞬間、火柱の中へ突っ込むように地面を蹴った。
その衝撃に地面がヒビを広げ、彼を包む膜が間に合わないほど、予想のつかない速い動きが飛びぬけていった。
「ここまで変化するなんて。あの人の気に入りそうなNovaだね」
もちろん彼のポテンシャルもあるんだろうけど、ここまでわかりやすい身体操作系は珍しい。
Novactorは体内エネルギーを、水の操作や風の操作、ときには僕のようにエネルギーから水を創り出すこともできる。
身体操作系なら脚力や腕力、肌の変質などに変わる。
彼の場合、Novaエネルギーがないだけで、吸収後の分配効率が極端に優秀なのかもしれない。
「まあ、いくら早くても僕のコントロールがあれば守れるけどね」
炎が彼の体を包み込む前に僕の水が彼の周囲を守る膜を作る。
煙の向こう。
犯罪Novactorが振り返る。
「なっ──」
言い終わる前に、オーティスの拳が腹へめり込んだ。
衝撃で男の体が壁へ叩きつけられると同時に火柱が消える。
「いいね」
任務中の彼は、驚くほどまっすぐだった。
エネルギーを吸収し、煙の中を縫うようにして市民を救い出していく。
動きには荒削りなところはあるが、それを補って余りあるスピードと馬力があった。
カルロス長官が僕たちをバディにした理由が、少しずつ腑に落ちていく。
僕の水は、彼の接近のための道を作り、彼は最前線へ向かう。
負傷者をまとめて一箇所に運び、僕が最後の仕上げをする。
連携は予想以上に噛み合った。
元素制圧局の消火活動を横目に、彼の背中を見る。
ポーチの中の結晶の数を数えている彼にため息をついた。
もうバディを組んでから二週間は経つというのに、当の本人からはなにも言われないなんて。
「オーティスくん」
「はい!!」
煙の向こうで、彼が振り返り、駆け寄ってくる。
「君、エネルギーの吸収は"結晶"からでなくてもできるんだろう?」
「……カルロス長官から聞いたんですか?」
「ううん。あの人からは何も聞いてないよ。ただの現場の勘さ!」
彼は必要以上に僕をうかがい、遠慮している。
──なら、決めてしまえばいい。
「君は人間からも”エネルギーを吸収できる”…違うかい?」
「………」
彼の思い詰めた表情に思わず笑ってしまいながら、僕は頭の高さで手のひらを差し出した。
この世界でNovaは惑星Elysionのもたらす祝福だ。
だた、彼のNovaはそのエネルギーを吸い取ることになる。
表情を見るに、彼の中では重要なことなんだろう。
倫理的に考えてしまえば、他人の血液を奪うようなこと、なんて考えているのかもしれない。
人の力を糧にするNova。
「面白いね」
きっとカルロス長官も同じことを思ったに違いない。
「なら、ルールを作ろうよ。任務の前と終わった後に、必ず僕とタッチするんだ。それで吸収は済むし、何より──君が僕に負い目を感じる必要がなくなる」
「……」
彼はしばらく黙ったあと、ふっと目を細め、僕の手に大きな手を弾かせた。
パンッ!!
「分かりました」
その圧に思わず指先がしびれるけれど、悪くはなかった。
「先輩、その……俺のNovaのことなんですけど」
「なに?」
「訓練生の時、同期のエネルギーを吸い取りすぎて……腹を下させたことがあって」
言い終える前に、僕は軽く彼の額をはじいた。
「それを先に言ってくれるかい」
「すみません…」
しゅんとした表情で肩をすぼめるオーティス。
それを見て、思わず笑ってしまった。
「ふふっ……大丈夫だよ。僕はDualだし、エネルギー量も多い。そこらのオーダーより融通がきく。だから、カルロス長官は僕と君を組ませたんだ」
その日からだった。
任務の前と後は必ず、僕達は軽く掌を合わせるようになった。
ただ、弾くように拳を叩くだけ。
合図のようなものだった。
触れた瞬間、僕のNovaエネルギーがほんの少しオーティスへ渡る。
──触れた瞬間、確かに感じた。
体内のエネルギーが手の平まで流れ、彼の手の中まで入っていくのを。
瞬く間に海のような光が金色に変わり、彼の体内を満たしていった。
光が一瞬だけ二人の間で弾ける。
「準備はいいかい?」
「任せてください」
その合図で動く。
それがいつの間にか僕たちの習慣になった。
「あの二人、強いな」
「いいコンビだ」
作戦部の廊下で、そんな声が聞こえることも増えた。
「まあね。僕がノウハウを叩きこんだから」
自慢げな僕の隣で彼は少し照れくさそうに首を掻く。
その手を、もう一度だけ弾く。
それは、任務の開始と終了を告げる、僕たちだけの合図になっていった。
やがてその音は、幾度もの現場を越え、数えきれない日々の中で、当たり前のものへと変わっていく。
いつしかそれは、説明なんていらない“呼吸”になっていた。




