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AionioS  作者: 無日
第五章:水鏡の記憶

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第43話:僕たちの合図

 グラスの光が照明を浴びて眩く反射する。

 新人の歓迎会は華やかとは言えないが、肩を叩く音と男たちの鼓舞する声に満ちていた。


 新人配属から最初の一週間。

 そのほとんどが訓練と現場補助で、パトロールをしながら中央区の雰囲気を覚えるのが、彼らにとって最初の仕事だった。


 だが、オーティスは新人にも関わらず、妙に目立っていた。

 体格のせいもある。

 だがそれだけではない。


 ──オーダー機関中央区本部 セキュリティゲート前。


「先輩! すみません遅れました! どうもここは広くて…」


 声を張り上げ、セキュリティゲートをぬけて僕のところへ駆け寄ってくる。

 しかし、彼はこの状況を見るなり顔を引き攣らせた。


「って…何してるんです…?」


「やあ、オーティスくん。遅かったね。まだファンの子たちが──」


 その視線の先、僕はというとファンに囲まれていた。

 髪色で目立つせいもあって、出入りのたびに誰かが駆け寄ってくる。


「オーダーさん! サインお願いできますか! あと、この子の分と──」


「ニック様が宣伝されてるヘアミスト。私も使ってて…!」


「まさか…その、全員対応する気ですか…?」


 まるで空気に溶けるように存在感を消しながら、両腕をぎこちなく組んで目を逸らした。


 しかし、彼女たちは彼に気付くなり鞄やショッパーを持ち上げる。


「はい、荷物持ちの人、これお願いね」


「……い、いや…俺は──」


「やめてね、僕の大事な後輩くんだから。意地悪しないであげてくれるかい? あと、ゲート前で待つのも禁止だよ。あとで怒られるのは僕なんだから」


 彼女たちは「えー」と口にするも、僕の断固とした姿勢をみると、背中を丸めながら残念そうに帰っていった。


 後ろを振り返ると、どこか緊張した様子の彼がいる。


「ファンなんて、面倒だと思ってる?」


「え!? あー…いや、面倒とは思いません。ただ、オーダーに必要なのか…」


「たしかにね、君の言い分も分かるよ。でも、あの子たちがネットワークに拡散してくれるおかげで、犯罪Novectorも尻込みする。僕はパトロールよりよっぽど効果的だと思ってるよ」


 気まずそうに首を掻いた彼に、僕は苦笑して肩をすくめた。


「オーダーは"秩序の象徴"なのさ」


「秩序の象徴…ですか? 目立ちたいだけじゃ」


 耳はその小声を逃さない。


 ただ素直な子かと思っていたが、思っていることは口に出ていまうタイプらしい。


「目立つのも悪くないんだ。僕のこの髪色を見て、『オーダーが来た!』って安心してくれる人だっているんだよ。大丈夫。君にも、いつかわかる日がくるさ」


 ホバーバイクの後部座席に乗り、前のシートを軽く叩いた。


「さあ、困ってる人がいるんだから出動だよ!」


 オーティスがバイクにまたがると、車体は小さく揺れてふわりと浮き上がる。

 エンジンの低い駆動音が、正門をくぐった。


「3分遅れてます、アクセル全開でいきますよ!」


「…あれ? そっちじゃなくて右だよ?」


 彼の方向音痴は訓練校でも有名だったらしい。

 まだ、配属されて一週間だというのに、本部でも名物になりかけていた。


「しまった…! 道案内お願いします!」


 彼の切羽詰まった様子に吹き出すように笑った。


 中央区で育ち、かつてはドライバーとして各地を回った僕にとって、道案内なんて簡単なこと。

 それでも、彼とバディを組んでからは笑いに堪えない日々になりそうで、このときは本当に心からワクワクした。




 翠雨町(すいうちょう)


 貯水施設の制御が暴走し、町の半分が濁流に飲み込まれかけている。

 元素制圧局の対応も間に合わず現場は混乱を極めていた。


 町を彩る樹々は見る影もなく、根本から折れかけつつも、流された人々がそれに掴まりながら救助を待っている。


「酷いな…。先輩、どうしますか?」


「僕に任せて」

 

 道路は完全に川になり、ホログラムの避難誘導灯が水面に揺れている。

 瓦礫と家具がぶつかり合う音の中で、僕は濁流の中心に進んだ。


「僕が水流を分けるから、その間に流されやすい子供たちを!!」


「は、はい!」


 振り返ると、オーティスはすでに走り出していた。


 濁流に飛び込み、流されかけた子供を片腕で掴み上げる。

 重い水圧の中でも体は沈まない。


 光が足元で揺れ、水が道を作っているからだ。


 オーティスはそこを迷いなく駆け抜け、やがて子供を抱えたまま、なるべく高い位置へ飛び上がった。


 周囲から歓声が上がる。

 わが子や恋人と離れ離れになっていた市民は再会し、抱きしめあい、胸をなでおろした。


「ありがとうございます…! ありがとうございます……!」


 水流を収束させながら、その背中を見ていた。


 数秒後、息を弾ませながら、彼は戻ってくる。


「次はどこですか!」


「やる気があるね! いいことだよ」


 そう言いながら指先を滑らせた。


 水が持ち上がり、巨大な波となって倒壊しかけた壁を押し返す。


「あっちの建物。二階にまだ人がいるから救助をお願いできるかい?」


「了解!」


 彼は頷き、結晶を砕くと、そのまま走り出す。


 波に攫われていた人々は僕のNovaで水流を変えながら集められ、オーティスが高台に運ぶ。


 初めての任務だというのに、いい連携ができている。

 彼は自分の役割をよく理解しているんだろう。


 簡単なようだけど、新人にとってそれはすごく難しいことだ。


「ここからは僕の出番だね」


 その言葉と同時に、町を満たしていた濁流がぴたりと“意志”を持ったように止まった。


 次の瞬間、四方へ散っていた水が一斉に引き寄せられる。

 道路を覆っていた流れも、建物に叩きつけていた波も、まるで呼び戻されるように向きを変え、唸りを上げながら1つの流れへと収束していく。


 瓦礫の隙間を縫い、倒壊しかけた壁をすり抜け、無数の水筋が絡み合いながら僕のもとへ集まってくる。


 逆流する滝。


 水そのものが僕へと還ってきている。


 頭上で膨れ上がった水塊は、昼の光を歪めながら脈打つように揺れ、その一滴一滴が僕の意思に従っているのが分かる。

 やがて最後の水流が吸い上げられると、町から濁流は消え去り、濡れた路面と滴る雫だけを残して、何事もなかったかのような静けさが戻った。


「こんなもんかな」


「す…すごい…。この水の量をコントロールするなんて…」


「よし…と、全部集まったかな。僕はこの水を貯水施設に戻してくるから、市民の心のケアと怪我がないかの確認。あとキーパーたちも呼んでおいてね」


「は、はい!!」


 最初の任務としては、上々──そう片付けるには、少しだけ引っかかるものがあった。


 濡れた路面に残る水滴が靴底でかすかに弾ける音を聞きながら、さっきまで濁流の中を駆けていた彼の背中を思い返す。


 水は本来、身体操作系と噛み合う性質じゃない。

 足場は奪われ、衝撃は逃げ、力は拡散する。

 風や地ならともかく、水は“踏み込む”ための環境じゃないはずだ。


 それでも、あのカルロス長官が、僕と彼を組ませたのは、きっと"Novaの相性"が理由じゃない。


 ──あの人は、最初から分かっているはず。


 皆の前であえて口にしなかった、そのもう1つの性質を。




✧✧✧




 任務をいくつか重ねるうちに、違和感はゆっくりと形を持ち始めていた。

 炎の現場でも、瓦礫の中でも、彼は必ず一度だけ動きを鈍らせる。


 ほんの一瞬、流れが途切れるような──そんな間。


 エネルギーの供給は“媒体”に触れればいい。


 なのに彼は、それを必要としていないように見える瞬間がある。にもかかわらず、当の本人は何も言わない。


 二週間、同じ現場に立っていて、その不自然さに触れないのはむしろ不自然だった。


 淡砂街(あわいさまち) 高層棟の内部火災。


 熱気で空気が歪み、警報灯が赤く回り続けている。

 炎のNovaを使う犯罪Novactorが立てこもっていた。


 火柱が外まで漏れ出て、まだ内部に辿り着いていないというのに、見ているだけで呼吸が浅くなる。


「行きます!!」


 オーティスはホバーバイクで到着するなり真っ先に向かっていく。


 とにかく、今は現場に集中するのが先決だ。


「僕が膜を作るから、君は思いっきり動けばいい」


 彼は笑みを浮かべ、頷いた。


 "媒体"である結晶が砕ける音がする。


 次の瞬間、火柱の中へ突っ込むように地面を蹴った。

 その衝撃に地面がヒビを広げ、彼を包む膜が間に合わないほど、予想のつかない速い動きが飛びぬけていった。


「ここまで変化するなんて。あの人の気に入りそうなNovaだね」


 もちろん彼のポテンシャルもあるんだろうけど、ここまでわかりやすい身体操作系は珍しい。


 Novactorは体内エネルギーを、水の操作や風の操作、ときには僕のようにエネルギーから水を創り出すこともできる。

 身体操作系なら脚力や腕力、肌の変質などに変わる。


 彼の場合、Novaエネルギーがないだけで、吸収後の分配効率が極端に優秀なのかもしれない。


「まあ、いくら早くても僕のコントロールがあれば守れるけどね」


 炎が彼の体を包み込む前に僕の水が彼の周囲を守る膜を作る。


 煙の向こう。


 犯罪Novactorが振り返る。


「なっ──」


 言い終わる前に、オーティスの拳が腹へめり込んだ。


 衝撃で男の体が壁へ叩きつけられると同時に火柱が消える。


「いいね」


 任務中の彼は、驚くほどまっすぐだった。


 エネルギーを吸収し、煙の中を縫うようにして市民を救い出していく。

 動きには荒削りなところはあるが、それを補って余りあるスピードと馬力があった。


 カルロス長官が僕たちをバディにした理由が、少しずつ腑に落ちていく。

 僕の水は、彼の接近のための道を作り、彼は最前線へ向かう。

 負傷者をまとめて一箇所に運び、僕が最後の仕上げをする。


 連携は予想以上に噛み合った。


 元素制圧局の消火活動を横目に、彼の背中を見る。

 ポーチの中の結晶の数を数えている彼にため息をついた。


 もうバディを組んでから二週間は経つというのに、当の本人からはなにも言われないなんて。


「オーティスくん」


「はい!!」


 煙の向こうで、彼が振り返り、駆け寄ってくる。


「君、エネルギーの吸収は"結晶"からでなくてもできるんだろう?」


「……カルロス長官から聞いたんですか?」


「ううん。あの人からは何も聞いてないよ。ただの現場の勘さ!」


 彼は必要以上に僕をうかがい、遠慮している。


 ──なら、決めてしまえばいい。


「君は人間からも”エネルギーを吸収できる”…違うかい?」


「………」


 彼の思い詰めた表情に思わず笑ってしまいながら、僕は頭の高さで手のひらを差し出した。


 この世界でNovaは惑星Elysionのもたらす祝福だ。


 だた、彼のNovaはそのエネルギーを吸い取ることになる。

 表情を見るに、彼の中では重要なことなんだろう。


 倫理的に考えてしまえば、他人の血液を奪うようなこと、なんて考えているのかもしれない。

 

 人の力を糧にするNova。


「面白いね」


 きっとカルロス長官も同じことを思ったに違いない。


「なら、ルールを作ろうよ。任務の前と終わった後に、必ず僕とタッチするんだ。それで吸収は済むし、何より──君が僕に負い目を感じる必要がなくなる」


「……」


 彼はしばらく黙ったあと、ふっと目を細め、僕の手に大きな手を弾かせた。


 パンッ!!


「分かりました」


 その圧に思わず指先がしびれるけれど、悪くはなかった。


「先輩、その……俺のNovaのことなんですけど」


「なに?」


「訓練生の時、同期のエネルギーを吸い取りすぎて……腹を下させたことがあって」


 言い終える前に、僕は軽く彼の額をはじいた。


「それを先に言ってくれるかい」


「すみません…」


 しゅんとした表情で肩をすぼめるオーティス。

 それを見て、思わず笑ってしまった。


「ふふっ……大丈夫だよ。僕はDualだし、エネルギー量も多い。そこらのオーダーより融通がきく。だから、カルロス長官は僕と君を組ませたんだ」





 その日からだった。


 任務の前と後は必ず、僕達は軽く掌を合わせるようになった。

 ただ、弾くように拳を叩くだけ。


 合図のようなものだった。


 触れた瞬間、僕のNovaエネルギーがほんの少しオーティスへ渡る。


 ──触れた瞬間、確かに感じた。


 体内のエネルギーが手の平まで流れ、彼の手の中まで入っていくのを。

 瞬く間に海のような光が金色に変わり、彼の体内を満たしていった。


 光が一瞬だけ二人の間で弾ける。


「準備はいいかい?」


「任せてください」


 その合図で動く。


 それがいつの間にか僕たちの習慣になった。


「あの二人、強いな」


「いいコンビだ」


 作戦部の廊下で、そんな声が聞こえることも増えた。


「まあね。僕がノウハウを叩きこんだから」


 自慢げな僕の隣で彼は少し照れくさそうに首を掻く。


 その手を、もう一度だけ弾く。

 それは、任務の開始と終了を告げる、僕たちだけの合図になっていった。


 やがてその音は、幾度もの現場を越え、数えきれない日々の中で、当たり前のものへと変わっていく。


 いつしかそれは、説明なんていらない“呼吸”になっていた。

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