表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AionioS  作者: 無日
第五章:水鏡の記憶

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/48

第41話:刻を映す瞳

 任命式から3年が経つ頃には、僕の生活はすっかり様変わりしていた。

 中央区の任務に慣れ、現場の空気にも溶け込み、いつの間にか名前を覚えられることも増えていた。


 ──いつからだろう、人前で名前を呼ばれるようになったのは。


「きゃー! ニック様よ!!」


「こっち向いてー! 写真撮らせて〜!」


 思わず足を止める。


 セキュリティゲート前には人だかりができていて、端末やカメラがいくつも掲げられていた。


 どうやら今日も来ているらしい。


 僕は小さく息を吐いて、それからいつものように手を軽く上げてみせた。

 笑顔を向けると、すぐに歓声が返ってくる。


 フラッシュがいくつも瞬いて、目の前が一瞬だけ白く染まった。


「ニック様ー!」


「水鏡の騎士さまよ!!」


 そんな呼び声が重なって聞こえてくる。


 最初にそれを聞いたときは冗談だと思った。


 誰が言い出したのかは知らないが、“水鏡の騎士”なんて呼び名までついてしまっている。

 自分ではただ任務をこなしているだけなのに、いつの間にかそんな扱いになっていた。


 この髪が珍しいからだろうか。それとも母に似たこの顔のせいなのか。


 理由はよく分からないが、とにかくファンは多かった。

 ファンクラブまでできていると聞いたときは、さすがに笑ってしまったくらいだ。


 問題は、受付までその余波が届くことだった。


 建物の中に入ると、案の定、カウンターの向こうからため息が聞こえてくる。


「……またか」


 受付主任の彼が心底呆れた顔でこちらを見ている。


 整えられた淡い茶髪と同じ色の瞳。

 瞳には少し赤が混ざり、オーダー機関本部の受付としては必要以上の緊張感を落とす。


 きっちりとした制服の襟元を指で直しながら、ルイスはカウンターの下に手を伸ばした。


「ニコラス、またファンレターです。ゲート前で立ち止まられるのは、他のオーダーにも、通報に来た市民にも迷惑になる。追い払うか別の場所に移動させてください」


 淡々とそう言って、引きずり出された箱はかなりの大きさ。


 中には色とりどりの封筒がぎっしり詰まっている。

 持ち上げた瞬間、バランスを崩していくつか床に散らばった。


 淡いピンクの封筒、青いリボンのついたカード、香水の匂いがほのかに漂う手紙。


「この間Voxloop(ヴォックスループ)にも、アカウントを作ってまで注意喚起したんだけど……困ったなあ」


「俺に嘘は通用しない。困っていないのは分かる」


 ぴしゃりと言い返される。


「これは嘘とは違うよ。 "謙遜"って言うのさ。好意を寄せられて悪い気はしないよ」


 僕はしゃがみ込み、散らばった手紙を拾い集め、封筒の文字を目で追いながら箱に戻していく。


「君も、僕と同じくらいまでとは言わないけど、ほんの少しでも笑顔を振りまけばいいのに」


 何気なくそう言いながら、頬杖をつく。


 彼の表情を伺うが、仮面を被ったみたいに崩れない。


「今日こそ、ディナーに行こう? 銀紗町(ぎんしゃまち)にいいお店があってね…」


「その箱は個人デスクに持って行ってください。次に届いたら即処分する」


「つれないなあ…。ほら、そうやって怒る顔の方がよっぽど目立つよ」


 彼はもう返答してくれなかったけど、片手で箱の端を押さえてくれた。

 僕が手紙を全部拾い終えるのを、黙って待っている。


 最後の手紙を隙間に差し込むと、溢れかけた箱を抱えた。


 思っていたより重たい。


「帰ってきたら、また怒られるのかな」


「内容次第だ」


 僕はそれを聞いて、もう一度だけ笑った。


 それから踵を返し、エレベーターへ向かう。


 行き先は──作戦部フロア。


 箱を抱えたまま扉の前に立つと、金属の表面に自分の姿がぼんやり映った。


 水色の髪が光を受けて揺れている。

 今では、肩まであった髪は腰よりも長く伸びた。


 毎日のケアを欠かさずにいるおかげで、天井灯をリング状に反射している。


「毛先が痛んできてるかな。そろそろヘアミルクも変えてみようかな」


 金属の扉が静かに開いた。


 数分待ち、エレベーターの扉が再び静かに開くと、作戦部フロア特有のざわめきが耳に流れ込んできた。

 端末の通知音、遠くで交わされる報告、靴音が床を叩く乾いたリズム。


「うわ!」


 最初に気づいたのは、デスクに腰掛けていた若いオーダー。


「また届いてるんですか!? ニコラスさん!」


 一人が声を上げると、次の瞬間には後輩たちが一斉にこちらへ寄ってくる。


 箱の縁から覗く封筒の山を見て、目を丸くした。


「超やばいじゃん! また届いてんのニック先輩!?  俺こんなに貰ったことないんだけど!」


 興奮した声を上げたのは、後輩のアミルだった。

 短く切った髪を揺らしながら、箱の中を覗き込む。


 目がきらきらしている。


「これ全部ファンレター!?」


「そうみたいだね」


 僕は苦笑しながら箱をデスクの上に置いた。


 封筒の角がぶつかって、かさりと音を立てる。


「これクッキー? 中央区のはのぺっとしてるなあ…」


 アミルが袋を1つ取り上げる。

 透明な袋の中には、小さな焼き菓子がいくつか入っていた。


「僕宛のだからダメだよ?」


 にこりと笑って言うと、アミルは「えーっ!」と声を上げて肩を落とした。


「いーなー! 俺も女の子からのお菓子食べたい!」


「君が食べると、誰から届いたか分からなくなるでしょ」


「それはそうだけど!」


 周囲のオーダーたちが笑う。


 箱の中を覗き込む者、封筒の数を数えようとする者、半ば面白がっている空気だった。


「あ、そういえば今日らしいですよ?」


「今日? 何の話?」


コツコツ


 とぼけた答えに被せるように、奥の通路から足音が響いた。


 ゆっくりとした、重みのある歩き方。

 すぐに誰かがわかる。


 ざわめきが自然と静まり、振り向くと、カルロス長官が立っていた。


 背筋をまっすぐに伸ばし、いつもの厳格な表情を浮かべている。


 だがその目は、どこか機嫌がよさそうだった。


「集まっているな」


 低い声がフロアに響く。


「ちょうどいい。今期の任命式を終えた新人たちを紹介しよう」


 歓声が上がる。


 両手を上げて喜ぶ者、Novaを予想する者とさまざまに、作戦部は歓迎ムードに満ちていく。


「静かに」


 カルロス長官の一言で、オーダーたちが姿勢を正す。 


「これから紹介する新人たちは、本部に加え、東区、南区から指名が入り、争奪戦になった。最終的に我々が勝ち取った人材ということになる」


 その言葉には誇りが滲んでいた。


 カルロス長官がここまで言うなんて珍しい。

 それは、またとんでもない新人が来るってことかもしれない。


「早速、今日の主役に来てもらおう。さあ、入れ」


 フロアの扉が開いた。


 初々しく皺ひとつない制服を着た面々がぞろぞろと入ってくる。

 緊張で硬直している者もいれば、やたらとキョロキョロしている者もいる。

 だが、誰もがどこか、誇らしげに真っ直ぐな目をしていた。


「本部の皆さん、これからよろしくお願いします!」


 赤毛の青年を筆頭に一人ずつ前に出て、名乗り、深く礼をしていく。


 ──ジョシュア。


 メガネをかけた優しげな顔立ちの青年が名乗る。


 彼はオペレーターとして本部に配属されたという。

 少し緊張した口調だが、言葉には誠実さが滲んでいた。


「同期の中では、彼が一番コンピュータ工学に強いみたいらしくてな」


「あはは……そう言われるとプレッシャーです…」


 オーダー達はその説明を聞いてきょとんと首を傾げた。

 オペレーターにコンピュータ…?


 「なんの接点があるんだ」と言いたげな先輩オーダー達に委縮せず、ジョシュは口を開く。

 この質問が飛んでくることはあらかじめ想定していたんだろう。


「俺のNovaは"雷網"で、触れると電流として回路内部を走査できるんです。簡単に言えば、ハッキング…のようなものだと考えてみてください。情報収集任務や追跡任務とか…必要な時は俺も現場に向かう…ってカルロス長官から…」


 彼の説明に納得したのか、オーダー達がちらほらと拍手を上げる。

 手を動かさない者はまだ理解していないようだった。


 「ヤスジ」「アイザック」「ダニエル」名前を呼ばれるたび、簡潔な敬礼と自己紹介が続いた。


 若さと緊張が入り混じった顔ばかりだ。


 そして、最後。


 カルロス長官はほんの少し間を置いた。

 それから、背後の扉へ視線を向ける。


「──彼が今年の目玉だ。名前は……」


 その言葉の直後、扉がゆっくりと開いた。


 枠をくぐるようにして、一人の男が入ってくる。

 第一印象はその背が高さ。


 肩幅が広く、鍛えられた体格はボディアーマーのせいでさらに大きく見えた。

 歩くだけで床がわずかに軋むような重みがある。


 フロアの視線が一斉に集まった。


 そして、誰かが小さく息を呑む。


 男の鋭い瞳が、青と金のオッドアイだったからだ。


 肌の色も、髪の色も目の色だって、どんな色でもこの惑星じゃそう珍しい事ではない。

 たしかに人の目には目立つが、それにしても彼の瞳はどこか引き込まれるものがあった。


 鋭い視線が部屋を横切る。


 思わず肩をすくめる後輩もいれば、興味深そうにじっと見つめる者もいた。

 その視線を受けながら、男は立ち止まる。


 そして勢いよく頭を下げた。


「オーティスです!! よろしくお願いします!」


 声が大きい。


 フロアの空気がわずかに震える。

 図体からすれば威圧感があってもおかしくないのに、表情は驚くほど素直だった。


 それが妙に眩しく見えた。



✧✧✧



 崩れた天井から月明りが差し込み、粉塵の舞う空間を白く照らしている。


 床には割れたガラス片と崩れた石材が散らばり、風が吹くたびに乾いた葉が擦れる音を立てた。


 ロビンは壁際に立ったまま、目の前の男を見ていた。

 ニコラスは変わらず外の音に耳を澄ませながら、穏やかな笑みを浮かべている。


 だがその視線の奥には、どこか冷たい光が潜んでいた。


 ふと、遠くからエンジン音が響く。


 耳を塞ぎたくなるような金属のぶつかる音と共に、屋敷の外で音が荒く止まった。

 静まり返っていた夜気が、その音に裂かれる。


 次の瞬間、外から扉を叩くような声が響いた。


「……来たみたいだね」


 その直後だった。

 建物の外から、低くよく通る声が響く。


「ロビン!! いたら返事をしてくれ!」


 呼ばれた名に遅れて顔を上げた。


 声が必要以上に大きい。

 怒鳴っているわけではないのに、建物全体を揺らすような勢いがある。

 その声には嫌でも聞き覚えがあった。


 ニコラスはゆっくりと顔を上げ、わずかに口元が歪ませる。


「……お迎えだよ、バディ」


 そう言って、彼は優雅に振り返った。


 その視線は軽い。

 まるで、これから始まる舞台を楽しんでいるみたいだった。


 広間の奥へ歩き出す。


 ニコラスは崩れた柱を横切り、重たい扉の前に立つと、何の躊躇もなく幕でも上げるように押し開けた。


 思わず息を呑む。


 扉の向こう側は、爆撃でも受けたように壁がえぐれている。

 目の前に広がるのは、かつての豪邸の成れの果て。


 瓦礫のあちこちには、巨大な爪痕のような傷が走り、過去の災禍を生々しく物語っていた。


 一階から二階まで、屋敷の正面部分の多くが瓦礫と化している。

 崩れた部分から衛星の光が流れ込み、外の夜が延長し、落とすように入り込んでいた。


「久しぶりだね、オーティス」


 その光の中に、大きな影が立っている。


 胸を大きく上下させながら、こちらを見上げる。

 視線がぶつかった瞬間、ニコラスの表情から笑みが消えた。


 さっきまでの柔らかな空気が、一瞬で消える。


「………先輩。ロビンはどこですか」


 二人の間に沈黙が落ちる。


「本当に来たんだ…来ない方がよかったと思うけど」


 言葉を漏らしながら崩れた扉をくぐった。


「言った通りでしょ。彼は必ず来るってさ」


「ならもう、アタシは用済みでしょ。そこ、どいてくれる?  あとはあんた達で仲良くやってれば」


 そう言って、ニコラスの横をすり抜けようとする。


 その瞬間だった。


 足首に何かが引っかかる。


 体勢が崩れ、前へ投げ出されるようにして床へ落ちる。

 目の前にはガラス片と石柱の破片。

 咄嗟に拘束具のかけられた腕を上げて頭を庇ったが、膝が石床にぶつかった。


 鈍い痛みが走る。


「っ……ふざけ…」


 顔をしかめた耳元で、軽い笑い声が落ちた。


「ははっ……君の気持ち、すごく分かるよ」


 オーティスの拳は震えていた。


 血管が浮き上がり、指先が白くなる。

 唇がひきつっている。


 床に散らばるガラス片が月光を反射して、彼の頬に淡い光を映す。


 ニコラスは嘲るような不慣れな笑みを浮かべながら、ロビンへ手を伸ばした。


「やられてばっかでたまるか……ッ」


 その瞬間、ロビンの腕が動いた。

 転げた拍子に掴んだガラス片を振り上げる。


 鋭い破片がニコラスの頬をかすめた。


 赤い線が走る。

 血がにじむ。


 ニコラスは一瞬だけ目を細め、それから小さく笑った。


「なるほど」


 手の甲で頬の血を拭う。


「これはオーティスの手こずりそうな子だね」


 次の瞬間、ロビンの腕が掴まれた。


「おいっ! やめろ!!」


 体勢を崩したまま背後から腕を押さえつけられた。

 思わず叫んだオーティスの声も聞かず、崩れた床の縁までたどり着くと、ニコラスはまるで戦利品のように見せつける。


 冷たい感触が首の薄い皮膚を押し上げる。


「──さあ、どうする?」


 ニコラスの声が、すぐ耳元で囁く。


「犯人との交渉は、僕から君に叩き込んだはずだよ、オーティス」


 刃先がわずかに動く。


 赤い線がロビンの首筋に浮かび上がり、そのまま襟元へ細く流れ落ちた。


 衛星から降り落ちる光の中で、その色だけがやけに鮮やかだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ