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AionioS  作者: 無日
第一章:彼方から来たるもの

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第4話:冷静な判断

 会議室を出てすぐ、チューブ型のガラスエレベーターが音もなく下降を始めた。

 目下に広がるのは高い塀に囲われた広大な敷地。無機質な施設群が幾層にも重なり“理性の迷宮”を思わせる。


 ヴィンセントは、左手に識別ピンを握りしめていた。

 ふと横で伸びをする気配がする。


「ふあー……いやぁ、肩こった。ああいう空気、疲れるのよねえ」


 振り返ると、メルが背伸びをしながら天井を仰いでいた。

 会議室での威勢とは違い、どこか朗らかな緊張感の解れた様子だ。


「でもね?君がD.R.Aを選んでくれて、私は嬉しいよ。

……特に“2つ目”を選んでいたら、君は今ごろ“あの連中”の餌食だったから」


「2つ目……?」


 ヴィンセントが眉をひそめると、メルはガラス越しに指をさした。


「見て、あそこ。D.R.Aの敷地を囲む外壁――ゲートの前に人だかりがあるでしょ?」


 エレベーターの角度が変わり、視界が一気に開けた。

 施設外郭の高い壁、その内側に設けられた唯一の出入り口。そこには確かに、騒ぐ群衆と多数のメディアが押し寄せていた。


 だが、その群衆の中の一角に立つ眼鏡をかけた白衣の集団。


「あれが?」


「あれが“Aevum(エイヴム)研究機関”の連中。表向きは医療財団だけど……実際は、人の命も意思も秤にかけるような場所だと私は睨んでる。

D.R.Aが一時的に封鎖されたのも、あの人たちが“アクセス制限申請”を出したから。つまり――君を確保するためね」


「私を逃さないように封鎖したのかと。」


 ヴィンセントが淡々と口にすると、メルは目を丸くして、すぐに吹き出した。


「ふふ、鋭いわね。でも違うのよ。D.R.Aは非人道的な実験場なんかじゃない。確かに、グラディウス総司令官の言い方は強引だったけど――あれは、君の選択を試したの。……“あいつら”とは違う。少なくとも、私はそう信じてる」


 その声は冗談めかしていながら、どこか真剣だった。

 ヴィンセントが黙っていると、メルは再びゲートに視線を向ける。


 封鎖が解除されたようで、外のゲートがゆっくりと開く。

 カメラを構えた者たちに続き、白衣の医療財団の一派がぞろぞろと敷地内へと足を踏み入れていく。


「さ、下に着くわよ。顔を上げて。見せ場よ」


 エレベーターの扉が開き、D.R.Aロビーへと二人は降り立った。


 ロビーはすでに“他所者”の気配で満たされていた。

 正面のロビーはすでに騒然としていて、複数の職員や警備員が応対に追われている。


 一角のソファには、あの青年――オーティスの姿はなかった。代わりに積み上げられていたのは冊子だけだ。


「……戻ったのでしょうか?」


「きっと報告に行ったのよ。大丈夫よ。あの子は"特別"だから。すぐにまた会うことになると思う」


 ヴィンセントは"特別"な理由を聞こうとした、その時だった。


 ロビー奥から、白衣の数名が近づいてきた。胸には“Aevum(エイヴム)”の文字と銀木樹のマーク。

 その中心にいたのは、皺が深く口角の上がった老人。背骨は45度に曲がり、白髪は薄く、冷たく光る丸眼鏡の奥に興味と警戒が入り混じっていた。


 目が合う。

 老人はにこりと奇妙な笑みを浮かべながらゆっくりと歩み寄ってきた。


「これはこれは…裂け目(さけめ)から“生還した者”に、また会えるとは──Aevum(エイヴム)研究機関、外部連携部門責任者のユベルと申します。」


 その声は礼儀正しく、穏やかで、まるで毒を包んだシルクのように冷たく奇妙だった。

 ヴィンセントはピンを握る手に力を込めるが表情を変えず返した。


「……D.R.Aイプシロン隊所属、ヴィンセントです。」


 そう言って、静かに逆さ船のピンを襟に取り付ける。ユベルの視線がわずかに細まった。

 後ろの助手が即座にデバイスを構え、ピンをスキャンしようとした──が、メルが一歩、前に出た。


「スキャンは不可。D.R.A内では機密優先順位が違うって、ご存じですよね? それに、今日は彼の検体採取や尋問じゃないでしょ。お引き取り願えます?」


「ハハハ…威勢のいいことだね。 失礼、メル艦長。 あくまで“見学”のつもりでしたよ。 ただ、少しだけ興味深い点がありましてね」


 彼は杖を床に鳴らす。

 背後にいた彼の部下たちは電流が走ったかのように伸びていた背筋をさらに伸ばした。


裂け目(さけめ)から戻った人間というのは”裂け目(さけめ)の研究中による事故”で過去に数例ありましたが、誰もが極度の精神錯乱を起こし"機能"が異常をきたした。

なのに、彼は……装備もなく錯乱もなく、言語機能も感情表現も保っている」


「……このような事例が本当に“偶然”だと思うかい?」


 ヴィンセントは視線を逸らさなかった。


「偶然かどうかは、帰還した私よりあなた方のほうが詳しいのでは?」


 目尻に刻まれた皺をさらに深め、細くなった目で美しい白金色の髪を持つ青年を見上げる。

 メルの肩越しに、ロビーにいるD.R.Aの職員たちが、薄氷のような空気に動きを止めていた。


「私はただ、興味を持っただけです。人体の限界を超えた再適応反応。錯乱もなく、五感も正常。……まるで、“計画的に生まれた何か”のようだ」


「……それ、どういう意味か分かって言ってるの?」


「もちろん、あくまで比喩さ。我々としても、適切な形で情報共有をしていただければ、不要な誤解を生まずに済む。……D.R.Aが“個体”を囲い込むつもりなら、D.R.A内部だけでなく然るべき会議を開いてもらわねば困りますな」


「……囲い込んでるのはどっちよ」


 メルの口調が、また一段冷たくなる。

 ヴィンセントは、別の世界で交わされている会話のようにじっと二人のやり取りを見ていた。


「……申し訳ないですが、私は“個体”ではなく“人間”です。研究対象ではなく戦力としてここに来ています。 それとも、貴方には“人の意志”は分類外ですか?」


 その一言に、ユベルの頬がピクリと動いた。

 彼は笑みを浮かべたまま、低く返す。


「口が達者だ、実に興味深い。また正式な手続きを通して、再会できる日を楽しみにしておりますよ」


 彼は杖を2度鳴らし助手たちを従え背を向けた。白スーツの一団が音もなく退場していく。

 メルはため息をつきながら、ヴィンセントの横でぽつりと呟いた。


「いい切り返しだった」


「彼らの言葉の刃は、やたらと研ぎ澄まされてる。…切りつけられる前に、柄を押し返すくらいのことは。」


「ふふ。やっぱり、君は正解だったわね」


そう言ってメルは、軽く彼の肩を叩いた。



✧✧✧


 

 ヴィンセントは無言のまま、エントランスの自動ドアをくぐった。

 ガラス張りの外壁越しに、近未来的なセキュリティシステムが静かに青い膜を点滅させている。


≪ここがヴィンセント様のお部屋でございます!セキュリティカードは登録済み。扉の横にある端末にピン、もしくは手をかざせば、自動で識別されますよ!≫


 楽し気に声をかけてくるのは、案内役の浮遊型ガイドロボット―通称Argo(アルゴ)

 白い球体のようなつるりとした表面。左右にはアーム用のソケットまで備えられている。

 幼い男の子のような声には、楽しそうに抑揚をつけながらも、どこか機械特有の平坦さが残っていた。

 正面には丸いモニターが埋め込まれており、そこには何種類もパターンがありそうな顔文字を表示して感情を示す。


≪D.R.Aの第一、第二居住管理エリアは、一般市民の立ち入りは禁止されており、監視も徹底されているのでご安心くださいませ!≫


 最後の一言に、皮肉めいた微笑みが混じった。

 じっと無言で見つめられ、Argo(アルゴ)が気まずそうにしょぼんとした顔文字に切り替わったところで、扉に手をかざす。


『──開錠完了 ようこそ、ヴィンセント様』


 電子音声が静かに告げる。

 扉が横にスライドし、無機質な空気が漏れ出た。


  Argoはクラッカーの絵文字をモニターに表示させると、≪良い一日を!≫とスピーカーを震わせる。

 扉が閉まると同時に、静寂が室内を満たした。


 無音。

 静かすぎて、自分の呼吸の音すら騒がしく感じるほどだった。


 部屋は機能美を追求したような造りで、無駄な装飾は一切ない。

 リビングに備え付けられたソファとローテーブル、書類を広げられる程度のデスク。寝室は奥にあり、壁面には収納が並ぶ。


 右手にあるコンパクトなキッチンには、ドリップセットが一式置かれていた。


──不思議と、迷いなく体が動いた。


 棚から豆を取り出し、計量し、挽き始める。

 まるでずっとそうしてきたかのように、自然に。

 湯を沸かし、フィルターにそっと注ぐ。

 湯気とともに立ちのぼる香り、深い苦味のある香ばしさ。


 それは、記憶ではなく「感覚」が知っている香りだった。

 ヴィンセントは一度、手を止める。


「……私は、コーヒーが好きだったのでしょうか。」


 独り言のように呟いて、再び作業に戻る。

 マグカップに静かに注ぎ終えると、窓際へと足を運んだ。


 大きな一枚窓。

 防音処理がされた分厚い強化ガラスの向こう側に、D.R.Aの庭園のような緑と黒の敷地が広がっている。


 夜空に浮かぶのは、歪んだ光の輪。

 施設全体を覆う外壁から、幾何学模様の“膜”のようなものが空へと投影されている。

 侵入者を防ぐための防壁だろうか。

 薄く滲む光が、まるで夜空に指紋を残したかのように歪んでいた。

 

 ヴィンセントはマグを口に運び、一口すする。

 苦味が舌を包み、喉の奥へと滑り落ちる。


 自分が何者かは、まだ分からない。

 けれど少なくとも、何かが自分の中に“残っている”。


 “この体は、知っている”。


 ただそれだけの事実が、わずかな安心感となって胸に沈んだ。


 明日になればまた新たな顔と新たな問いが待っているだろう。

 だが今夜だけは──この静寂とコーヒーの香りの中で、ただ知っている自分としていられる。


 そんな気がした。

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