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AionioS  作者: 無日
第四章:噛み合わない歯車

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第34話:核晶武装

 一週間が過ぎた。


 誘引装置の解析結果についての報告は、まだ上がってこない。

 あれだけの騒ぎを起こした代物だというのに、結論は沈黙を保ったままだ。


 その間も任務は途切れない。


 中央区のパトロール、能力を誇示して騒ぎ立てる若年層の鎮圧、窃盗の追跡、迷子の捜索、近隣トラブルの仲裁。

 派手さはないが、街の呼吸を整えるような細かな案件ほど重要なものだ。


 任命式から数えれば二週間。


 あの日の爆発的な喧騒は表面上は静まり、通りを歩く人々の視線も落ち着きを取り戻しつつある。


 だが、“Vorder(ヴォーダー)”への風当たりは弱まるどころか、じわじわと根を張るように続いていた。


 西区へ配属された二名と違い、中央区で矢面に立つのはロビン一人。

 任命式が中央区で行われたこともあって、疑念も憎悪も、吐き捨てられる言葉も、投げつけられる視線も、すべてが彼女に向けられていた。

 バディとして、俺が隣に立っていないときは特に風当たりが厳しくなっていたと思う。


 それは街中だけではない。

 オーダー機関の内部でも同じだった。


 廊下の端で交わされる小声、訓練報告のわずかな皮肉、必要以上に事務的な対応。

 露骨ではないが、確実に線を引く空気。


 だが本人に気にする様子はない。

 慣れている、と言ってしまえばそれまでだ。

 舌打ちを零すことはあっても、言い返すことはほとんどない。


 任命式であれだけ強い言葉を放った人物とは思えないほど、静かだった。


 それでも、昨夜はよく眠れなかった。


 理由ははっきりしない。


 ただ、体の奥が微かにくすぶっている。

 焦燥とも怒りとも違う、名づけづらい違和感。


 嫌な予感。


 こういう勘は、だいたい外れない。

 経験則ってやつだ。

 現場に長くいれば嫌でも覚える。


 だからこそ落ち着かない。


 夜明け前に目が覚め、そのまま身支度を整えて本部へ向かった。

 早く着きすぎた静かな廊下に、自分の足音だけが重く響く。


 こういう時は運動するに限る。


 「着替えるか」


 短く呟き、更衣室の扉がパシュッと開いた。

 しばらくして、訓練室の自動扉が滑るように開く。


 黒と灰のトーンで統一されたトレーニングウェアが、その大柄な体格に無駄なく馴染んでいる。

 短く刈られた髪をタオルで拭いながら室内を一瞥する。


 広々とした空間には最新型のトレーニング機器が整然と並び、金属の匂いとわずかな消毒液の残り香が混ざっていた。

 まだ人数は少ないが、既に汗を流すオーダーや、運動不足解消のために来ている支援部の職員たちが思い思いに身体を動かしている。


 ランニングマシンの規則的な駆動音、ウエイトが触れ合う鈍い衝突音、荒い呼吸。

 何人かはうだるような熱気と疲労に文句を垂れながらも、歯を食いしばって回数を重ねていた。


 その奥、一角でひときわ目を引く影がある。


 無言で黙々とウエイトを持ち上げるロビンの姿だった。

 トレーニングウェアの上に薄手のパーカーを羽織り、長い黒髪を高い位置で結んでいる。

 誰よりも重いプレートを装着したバーベルを扱いながら、表情は変わらない。


 鉄と床が触れるわずかな振動が、足裏に伝わる。

 かなり集中しているようだ。


「…今、声かけたら怒られるやつだな」


「………」


 声はかけないことにして、懸垂器具を掴む。

 掌に冷たい金属の感触が馴染み、体を引き上げる。

 筋肉が軋む感覚に、内側のざわつきが少しだけ沈ませることができる気がした。


 その時、入口の方から笑い声が弾けた。


 朝の訓練室は時間が進むにつれて混み合う。

 ぞろぞろと入ってくるオーダーたちの足音が床を震わせた。


「爆弾犯、まだ捕まってないんだろ?」


「らしいな。爆弾犯なんて初めて聞いたぜ?」


 軽口の裏に滲む不安と苛立ち。

 先頭を歩くのはダニエル。


 その後ろに続くのは196期生任命式で注目を集めていた新人のクイルだった。


 たしか、炎か槍だか、とにかく異名を持っていたはずだ。


 遠目にも整った顔立ちがわかる。

 あの時は混雑していて分からなかったが、やっぱり似ている。


 白に近い髪色のヴィンセントとは違い、彼の髪は柔らかな金色だが、背筋を伸ばした姿勢や、余裕を含んだ静かな雰囲気はどこか似ている。

 場の空気を読むように、しかし一歩引いた場所から全体を見渡す視線。

 笑みを浮かべながらも、その目だけは冷えているように見えた。


 訓練室の温度が、ほんのわずかに変わる。

 金属音と笑い声が混ざり合う中、ロビンは一度だけ視線を上げ、そして何事もなかったかのように再びウエイトを握り直した。


 正方形に白い枠線が引かれたスパーリングエリアの脇で、数人のオーダーが軽く汗を拭いながら雑談していた。


 器具の金属音とランニングマシンの駆動音が混ざる中、ひとりが唐突に声を張る。


「なあ、せっかくだしスパーリングでもしようぜ!」


 退屈を振り払うような提案に、空気がわずかに弾んだ。


「いいね!誰かやるか?」


「面白そうですね!」


 軽やかに応じたのはクイルだった。

 細身の体躯だが、無駄のない筋肉が服の下に潜んでいるのがわかる。

 整った顔立ちに爽やかな人懐っこい笑みを浮かべた。


「僕とダニエルさんでやってみます。バディ同士の相性も試してみたいので」


 その一言で人垣が生まれるのは早かった。

 中央に空いた白枠へ二人が入ると、見物人のひとりが大げさに腕を振り下ろす。


「始めッッ!!!!」


 掛け声と同時に、クイルの背後から柔らかな光が迸った。

 揺らめくそれは瞬く間に熱を帯び、彼の手に握られた細身の杖の両端から噴き出す。


 核晶武装(コアリス)――

 Novaの行使を補助・増幅・制御するために開発された結晶兵装の総称。


 その中でも、元素系操作Ⅰ型が主に用いる発源式コアリスは、生成ができないNovactor(ノヴァクター)がどこであろうとNova(ノヴァ)を行使できるよう、“発生源”を携行するための装置だ。


 多くは使用者のNova波長に合わせたオーダーメイドで、高純度結晶を用いるものほど高価だ。

 さらに波長登録が施されるため、他者は扱えない。


 透明な芯に、橙色の光が脈打つ。

 脈動に呼応するように、炎が形を持つ。


 炎の槍が、美しく伸びた。


 クイルのそれは代々伝わる特注品らしい。

 握りは銀白、無駄な装飾はなく、まるで式典用のステッキのような洗練された造形。

 だが内部の結晶は上級品。火勢を安定させ、刃の密度を高く保つ。


 武器というより、制御のための“芯”。


 一方、ダニエルの周囲には白い息が立ちのぼる。

 氷結のNova。

 炎との相性は悪いが、彼の制御精度は高い。


 踏み込みと同時に床を薄く凍らせ、滑走する勢いを利用して間合いを詰める。

 火と氷がぶつかり、蒸気が爆ぜ、観客から歓声が上がった。


 だが決着は速い。


「ふん…悪くなかった。新人にしてはNovaの扱いになれてるな。さすが戦略指令部門」


 氷の縁で槍をいなし、足払いで崩す。

 尻餅をついたクイルは一瞬だけ悔しげに目を伏せ、それからすぐに笑った。


「訓練校でも先輩の話はよく聞きました。さすがダニエル先輩ですね!勝てるわけないか」


 差し出された手は取らず、自力で立ち上がる。

 その余裕が、かえって目立つ。


 クイルの視線が一瞬だけ横へ滑る。

 人垣の向こう側で黙々とウエイトを扱うロビンへ。


 視線を巡らせ、次の獲物を選ぶように声を上げた。


 すぐに笑顔に戻る。


「ダニエル先輩。せっかくですし、もう一戦どうですか?次は観戦ってことで」


 選ばれたのは、壁際で懸垂をしている一人の男。


「オーティス先輩もどうですか?今の流れなら……そうですね、相手はあなたのバディ」


 しん、と空気が落ちる。


「OrderとVorderの戦いか」


 誰かの呟きが波紋のように広がった。

 懸垂器具から足を下ろし、掌を擦り合わせるオーティスは苦笑して首を横に振る。


「勘弁してくれ、そもそも体格差があるだろ?」


 遠慮がちな拒絶に、周囲は顔を見合わせて吹き出した。


「ぷっ…ははは!!!Voidの奴だぜ?気にする必要あるかよ」


 その言葉に、ロビンがウエイトから視線を外す。


 前腕で汗を拭い、人垣を抜けようと一歩踏み出す。


 だが、その前にクイルが滑るように前に出た。

 振り下ろされた腕が、行く手を塞ぐ。


「逃げるんだね?Vorderは気が短い割に臆病なの?」


 ロビンの視線が彼の持つ核晶武装(コアリス)に落ちる。


「まだ、それ使ってんの」


「………っ」


 弾くようにその腕を払い、横を抜けようとするが、今度は別のオーダーが進路を塞ぐ。


「いいだろ。ちょっとだけだ」


「見せてくれよ、あの引力ってやつ」


 集中的な視線。


 熱と期待と悪意が混ざった圧。

 ロビンがわずかに後ずさる。


 その瞬間、低い声が割り込んだ。


「……悪ノリが過ぎないか?朝から暇なのは分かるが、集団で囲む趣味は感心しないぞ?」


 クイルは笑みを崩さない。


「囲むだなんて。歓迎してるんですよ。観客はもう集まってますし…ね?ダニエル先輩」


「面白い。やれよ、オーティス。単なる訓練だろ?」


 ダニエルの一言で囲いが閉じる。


「……ロビン。こいつら収まる気がしない。すぐに終わらせよう」


 ロビンはタオルで汗を拭い、無造作に床へ落とした。

 二人は白線の内側へ立つ。


「面白い試合にしてくれよ!始めッ!!!!」


 歓声が壁に反響し、空気を震わせる。


「悪手にしか思えない」


「同感だ」


 誰かが囁き、別の誰かが笑う。


「なぁ、どっちが勝つと思う?」


「オーティスだろ。引力なんてデカい事いってるけど、体格差もあるし物が近くになければ無力だろ?」


「違いねぇ。ただの近接戦に持ち込めばオーティスに勝てる奴はいないからな」


 先に動いたのはロビンだった。


「どうせやるならアタシが勝つ」


 合図も呼吸も読ませない、滑走する刃みたいな踏み込み。

 予想外の動き。


 最初から引力で仕掛けてくると思っていた。


 低く言い捨てた声が床を滑る。

 次の瞬間、視界の端で軌道が跳ね上がる。

 膝裏へ回し蹴り――速い。


 だが当たらない。半歩、体重をずらすだけで風が腿を掠めていった。


「っ……いい蹴りだな」


 軽く返しながら足を払う。

 触れない距離を保ったまま、あくまで足だけで牽制する。


「体格差のある相手に慣れてるみたいだな」


 ロビンは床を蹴る音ひとつ乱さず宙返りし、手のひらで衝撃を殺して着地した。

 呼吸は一定、視線はまっすぐ俺を射抜く。


 距離を取ったまま、円を描くように回り、次の一手を測る。


「Voidにはアンタよりデカいやつなんかゴロゴロいる」


「そうだろうな。で?近接はそこまでか?」


 わざと肩をすくめる。


 当然、彼女の眉がわずかに寄る。

 再び交錯。


「ムカつく」


「だろうな」


 歓声に紛れた小さな声。


 踏み込み、切り返し、足払い、ロー、フェイント。


 彼女は軽い。

 重心の置き方が異様に上手い。

 遠距離を得意とするNovactorが疎かにしがちな間合い管理を、こいつは埋めている。


「おいおい、まだ決着つかないのか?」


「オーティス!さっさと終わらせろよー!」


 歓声は散発的で、地味だと飽きた視線がちらほら外れる。

 時間が削れていく。


 よし、これでいい。

 早く終わらせよう。


 回り込み、背後を取る。

 腰を落とし、足で刈る準備をした。


「隙ありだ」


 言い終えるより早く、ロビンは背を向けたまま応じた。


「そっちこそ」


 指が宙を掴むように握られる。


 バディとして何度も隣で見た、Nova発動の前兆。

 飛び道具が来る、と反射で身構えた。


 だが来ない。

 代わりに、足裏から床の感触が消えた。


「……は?」


 ――浮いている。


 胃が遅れて理解するよりも早く鈍い衝撃が肩甲骨を走り、肺が軋んだ。


「……ッぐ、はっ……っ、何……だ」


 背中が床を打ち、肺から空気が押し出された。


 次の瞬間、今度は下へ。

 視界が回転する。


 受け身をとれ。


 肘を引き、宙で身体をねじり、肩から転がし、衝撃を散らした。


 床が鳴る。


「………油断するからこうなる」


 冷ややかな声が降ってきた。


 静まり返る空気。

 数拍遅れてざわめきが爆ぜた。


「訓練でそこまでやるか?」


「やっぱり制御甘いんじゃねぇの?」


 上体を起こし、こめかみに指を当てて視界の揺れを振り払う。


「……っ…、おい…Novaを使うのはルール違反じゃないだろ?」


 静かな反論は喧騒に溶ける。


 見上げると、ロビンは指先を解き、何事もなかったように白線の外にでている。

 視線は敗者ではなく、もっと遠くを見ている。


 その時、天井のスピーカーが低く震えた。


 金属が擦れるようなノイズが一瞬走り、照明がわずかに明滅する。

 ざわめきが膨らみかけた、その頭を叩き潰すように無機質な声が落ちた。


≪全本部所属オーダーは、直ちに作戦部へ集合せよ。繰り返す。全本部所属オーダーは、直ちに作戦部へ――≫


 温度が一段下がった気がした。

 さっきまでの野次も歓声も、嘘のように途切れる。


 誰もが天井を見上げ、次に互いの顔を見た。


 ロビンは足を止めることなく更衣室へ消えていった。

 ざわめきの中、そのまま扉へ向かう背中は、さっき俺を天井に叩きつけたのと同じ、迷いのない歩幅だ。


 立ち上がり、肩を回して衝撃の名残を追い出す。


 観客は不満と期待を飲み込みながら散り、熱の残滓だけが床に残る。

 訓練室の自動扉が開き、冷えた廊下の空気が流れ込んだ。


 背後で、誰かが喉の奥で小さく笑っていた。

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