第31話:COUNT DOWN
空間が裂けた。
黒が噴き出す。
異形が地面を踏む前にロビンの掌が宙を掴んだ。
「動くな」
足元の空気が鈍く唸り、胃が引き下げられる。
裂け目から這い出た一体目のギュネオスが、踏み出しかけた姿勢のままぴたりと止まった。
ギ……ギ……
刹那。
黒い体躯がぐきりと折れ曲がり、壁へと押し潰される。
透明な壁に挟まれたかのように軋む音を立て、骨格めいた構造が悲鳴を上げた。
彼女は腕を切りつけるように壁へ向けている。
指を閉じると核が砕け、四肢から塵となって崩れた。
だが間髪入れず、別の裂け目が開く。
「……覚悟決めるしかなさそう」
その声を背に、拳を握る。
関節を鳴らす音が反響した。
弱点が同じなら問題ない。
「あっちは問題ないな。――さて、かかってこい!!」
金色の光が拳に絡みつき、前腕の筋が隆起する。
跳躍一閃、間合いを詰めると同時に振り抜いた拳がギュネオスの頭部を砕いた。
「へぇ…意外とやる」
破片が飛び散る中、中心のコアへ手を突っ込み、触れる。
ズン、と重い衝撃とともにエネルギーが腕へ吸い上げられ、金に黒が混じる。
「っ…やっぱ痺れるな…まあいい。一体目だ」
続けざまに二体目を倒し、裂け目が一瞬閉じたかと思えば、四方に新たな歪みが大きく口を開ける。
天井近く、線路上、柱の影。
黒い影が虚空から顔を出し、ホームの白を侵食する。
「………数、減ってるよ」
緊張の中、球体を一瞥する。
《04》へと数字が減っている。
「ジョシュ!装置の数字が減った!!もしかすると、フェーズがあるのかもしれない。段階的に呼び出してる」
『段階的に……?ってことは、ゼロまで行ったら何が起きるか…』
「チッ…キリがない……っ!話してないであの装置の解除方法なりさっさと見つけて!!見つからないならアタシが壊す!!」
「壊したらどうなるか分からないからこうなってるんだろ!!?」
周囲の破片を浮かびあがり、弾丸のように撃ち返す。
しかし背後から鎌のように伸びた黒い腕が彼女の腰をかすめた。
「……ッ…この…!」
ぎりぎりで身を捻り、回避しざまに引力で首をひねらせた。
『……そうかつまり…オーティス!あの装置だけど、Novaエネルギーはなかったんだよな!?』
「ジョシュ!今は手が離せない!!」
『Novaや遠隔制御に依存しない装置なら、どこかに物理的な回路遮断………犯人が設置中に誤爆や発動しないための"ピン"や"スイッチ"があるかもしれない…!』
ギュネオス二体の頭部を鷲掴み、ぶつけ合わせ、砕けた音を背に装置を睨む。
十数体が球体を取り囲み、頭部の単眼のような穴からこちらを見返している。
装置の近くにいる異形だけ、こちらへ向かってくる様子はない。
「…装置を守ってるのか? 」
ジョシュの想定が当たっていたら。
やってみるしかないな。
「ロビン!ギュネオスを引きつけろ!!俺は装置を解除する!」
「は!?囮に使う気!?」
「お前にしかできない!!!!ジョシュ!避難が終わったら教えてくれ!!」
『オーティス!無理だけはするなよ!』
新たな結晶を砕き、関節を鳴らす。
「だから来たんだろ」
ゼロの先に何があるのか分からない以上、試すしかない。
ロビンは苛立ちを飲み込み、旋回して高度を上げる。
「……これだから地上の奴らは。そっちのデカいのより、こっちの方が楽しいよ」
重力場を広げ、ギュネオスの注意を一斉に引き受ける。
黒い群れが彼女へ向きを変えた瞬間、地を蹴った。
十数体の影の中へ突っ込み、自分の体を盾にしてなぎ倒す。
朝、補充しておいたとはいえ、ポーチの結晶は有限だ。
一撃ごとに確実に砕くしかない。
「……っはあ…多いな」
目の前は片手で数えられる程度まで減ったが、残りの結晶は二つ。
「俺に持久戦は向かないんだよ。…一つは切り札に残すとして、残り一つか。」
「不味いからやりたくないんだが……」
結晶を砕き、その中の小さな欠片を口の中へ放り込んだ。
ゴクッ
と喉が鳴る。
舌が焼け、心拍が乱れる。
「………ッ……は」
体内で膨張するエネルギーが四肢の末端まで駆け巡り、皮膚の下で血管と骨の輪郭が浮き上がる。
「飲み込んだ方が吸収効率が良いんだ」
低く吐き出した言葉とともに、影が金色に滲んだ。
さっきの跳躍よりも遥に高い。
ギュネオスは瞬時に動きに反応し、剣のように伸びた腕を振り上げる。
その動きはこっちも想定済だ。
「俺が右しか使えないと思ったか?」
頭部を握りつぶさんほどの力で握り込むと、身体の方向を変えた。
右をブラフに左拳を振り上げると、腹に沈み込んだ拳は二段回で衝撃を与え、続けざまに重なっていた数体を飛ばし、壁にめり込む。
キィィ…
装置の周りにいたギュネオスは消え去り、残ったのは目当ての装置。
血管の浮き上がっていた腕は徐々に元に戻っていく。
ベンチの下──黒い球体は《03》と静かに表示している。
投影されている文字以外、見た目に変化はない。
けれど、フェーズごとに裂け目の数も出現速度、ギュネオスの数も増えているのは明らかだ。
球体にもう一度手をかざしたが、やっぱりNovaエネルギーの反応は今も感じられない。
『市民の避難は完了したよ。キーパーも配置させてる』
「ありがとう、ジョシュ」
『オーティス…これはお前にだけ通信を繋げてる。さっきはああ言ったけど、正直可能性は五分五分だよ。解除用に見えて、トラップかも知れない。触れた途端にカウントを加速させる回路を組んでる可能性もある』
「言ってる暇はない」
不安な囁きに耳を傾けず、球体の表面に触れる。
その時、球体のスリットが再び光った。
───《 02 》
球体から、再び機械的な唸り音。
──3番線ホーム側、ロビンが注意を引き付けている方角に新たな裂け目が現れた。
「まずい…っ!また数字が切り替わった……!!」
すぐさまロビンのいる方向へ振り返る。
彼女は焦燥をにじませた表情をしながらも浮遊し、十数体のギュネオスの注意を引き付けて飛び交う攻撃を受け流していた。
『球体の何処かに穴とかなにか目立ったものはないか!?』
早く。どうにかしてこの装置を解除させなければならない。
汗ばんだ手を袖で拭い、目を凝らしながら球体の表面をなぞる。
「なにか…なにか、ないか…?」
すると光の漏れるスリットの端にへこみのようなものを発見した。
「これか!これがボタンだ!!」
『オーティス!!一旦待て!!まだ時間は…』
手を置く前、一瞬躊躇した。
本当にこれでいいのか。
もし、爆発すれば?またギュネオスが現れたら対応できるか。
これ以上増えればオーダー二人では食い止められない。
───《 01 》
俺はいい。
だが――
「おい!ロビ──…」
あの新人はどうなる。
「あんた、余計なこと考えてるでしょ!!?さっさと押して!!自分の身くらい自分で守れる!!!!」
凄まじい怒鳴り声が駅構内に響いた。
「はっ……さすがVoidで生きてきただけあるな…余計なお世話か…!…っ…よし!!行くぞ!!!!」
手汗の滲む拳。
そのまま、ボタンに指を填め沈みこませた。
ギィン────ッ
静止。
鈍い金属音が響いたかと思うと、球体のスリット部分が一瞬強く光り、表示された数字が《01》から──
《─》へと切り替わった。
「……止まった?」
ホームに視線をやる。
ギュネオスの裂け目が散り散りになりながら、全て静かに収束を始めていた。
空間の歪みが薄れ、無理やり開かれていた裂け目が次々と消えていく。
ロビンは、最後に残った一体を引力の反動で地面に叩きつけ、その胸部を靴底で踏み砕いた。
黒い塵が宙へ瞬き、異形の体も崩れて消えていく。
「……はあ…」
汗の滲む額を手袋で覆われた腕で拭い、ロビンはふらつく脚のまま柱に背中を預けると地面に座り込む。
「大丈夫か!!?」
すぐさま駆け寄り状態を見ようとしたが、弾き返された。
「……っ…アタシは平気」
やがて、通信機からジョシュの声が届く。
『こっちのギュネオス感知反応が消えた!装置の活動が停止したみたいだ……!』
「助かったよ、ジョシュ。ロビンも。ありがとう」
『ああ……!こっちからも事後処理班と医療班を送る。負傷は?』
「……人使い荒い」
「大丈夫。俺も、ロビンも無事だ」
緊張感ではりつめていた空気がやっと解れた。
背中を伝う汗がじんわりと冷える。
どこか落ち着きを取り戻すように、短い髪をかき上げた。
「……ふう、お前何体倒した?」
ロビンの向かい側の柱に背中を預けながら腰を落とした。
深いため息を吐いてアドレナリンで高ぶった心臓を落ち着かせる。
向かい合わせに視線を交差させるとロビンは諦めたように口を開いた。
「数えてない…。21体…くらいだと思う」
「残念、俺は28体だ」
「……嘘つかないでよ。アタシが囮になったのにあんたの方が倒してるわけない」
「嘘じゃない。装置の周りに13体いた。」
ロビンは引きつった表情を浮かべ、近くに転がった空き缶を蹴り飛ばした。
「………ガキ」
シャッターの向こうでサイレンが鳴り始め、事務処理班の足音が近づく。
二人の前に残されたのは機能を止めた黒い球体だけだった。




