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AionioS  作者: 無日
第四章:噛み合わない歯車

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第26話:不可視の糸

 路地を抜けた先は、再開発予定の住宅区画。


 立ち入り禁止の青く点滅するバリケードが、規則正しく等間隔に並べられているが、その向こう側にはさっきの爆発音の正体だろう爆炎が青空に向かって立ち上り、地面には膜のように炎が広がっていた。


 再開発予定の区画とはいえ、美しく整備されていただろう場所は、樹々は燃え落ちて家屋は焼け落ち、ほとんど更地に近い状態へと変わってしまっている。


「…ここだな。人気のない場所を選んでる」


 窓の内側で、炎が一度収束してから噴き出す。


 ゴォッ!!


 ガラスの砕ける音とともに、あたり一面が一瞬で赤く染まる。


 焼け焦げた家屋の中、炎の中心にいるその一人の男。


 年は二十代半ばほどだろうか。

 焦げ跡のついた作業着に血走った目。


 目の下に深い隈を刻み、瞳は虚ろに光を灯していなかった。

 額には滲む汗。

 それをぬぐう指先はわなわなと震えている。


「見るからにって感じ」


 物陰から様子を伺っていたオーティスの後ろに落ちる冷たい声。


 大荷物のリュックを地面に捨て置き、フラップの隙間から落ちたのはバーナー。

 彼は苛立つようにそれを掴み上げると、動きに連動するように地面に撒かれた燃焼材に火が走る。


「よし、相手は報告通り炎属性で間違いなさそうだな。気が動転してるようだからここは慎重にいこう。まずは彼の名前を聞いて……」


 しかし、背後にいたはずの新人がまた居なくなっている。

 嫌な予感が過り、ゆっくりと前を見た。


「……勝手に動くなって…言い忘れたな」


 そこには、堂々と熱の中心に立っている姿。

 空気は熱で揺らぎ、少し離れているこの場所ですら熱さを感じるというのに、汗の一滴もかいていない。


 ロビンが一歩前に出ると、琴線に触れたのか、男の周囲に広がる赤い炎が一斉に渦を巻く。


「もっとイカれてるやつかと思ってたのに。あんた、名前は?」


「あぁ?やっとオーダーが来たかと思ったら女か。………待てよ?」


「お前……見たことある顔かと思ったら、Voidの奴か」


 彼女の眉が寄る。


「任命式で威勢よく喧嘩吹っ掛けてた女だろ!!こりゃあいい!!Vorder(ヴォーダー)のお出ましだ!!!!」


 小さく舌打ちをし、目をぐるりと回すと、視線が引っかかったようだ。

 作業服の名札が日光に反射してキラリと光る。


〈Max〉


「……ご親切な名札。さっさと捕まってくれない?その方が早く済む」


「捕まる?どうせ再開発で壊すんだ。だったら俺がやったって同じだろ!」


 男の声が荒ぶる。


 炎が男の足元を中心にざわりと波打ち、赤い膜が地面を這った。


「はぁーー………くそ…なんでこうなる…」


 焦燥、不安、彼の表情からはそれが伺えた。


 このまま刺激すれば暴発する。


 ゆっくりと物陰からでて、武器を持っていない事を証明するように両手を軽く上げる。


「……ちょっといいか?俺はオーティス。マックス、落ち着いてくれ。俺たちは話を聞きたいだけだ」


「……二人もいんのか…」


 バーナーを構えられる。


 睨むような視線がぶつかってくる。一つではなく隣からも冷ややかな視線。

 警戒はさらに膨れ上がり、周囲の炎は更にじりじりと熱を上げ、ストーブの中にでもいるかのように感じさせた。


 火傷しそうな熱の中で額から吹き出す汗が襟元を濡らす。


「君がなんでこんなことをしたのかを知りたいんだ」


 その言葉に、マックスはしばらく黙り込んだ。

 視線が地面に落ちて、バーナーがゆっくりと降ろされる。


「なにか訳がある。そうだろ?」


 呆れたため息が落ちる。


 俺ではなく。


 隣に立っていたロビンは、息を吐くと瓦礫の一角に足を組んで座った。

 オーダー一人が遠のくと、マックスはわずかに警戒心を解き視線を戻す。


「………へぇ、お前いい奴そうだな。」


「ここ、俺が解体に入るはずだったんだ。さっき壊したとこも。なのに、急に“契約終了です”って……は?」


 都市に承認されなかった若い作業員ってところか。


 オーティスは一歩だけ距離を詰めた。炎の熱が頬を焦げ付かせるが、声色は変えない。


「契約を切られたことと、放火は別問題だ。だが事情があるなら聞くぞ。オーダーは弁明の機会を与える義務がある」


 マックスの視線が揺れる。


「……弁明?」


「ああ、暴れた理由だ。納得できる説明があるなら記録に残すことができる」


 しばしの沈黙。

 炎が低く唸り、足元で赤い膜が揺れている。


 バーナーを握る手の力がわずかに緩む。


「……俺、ちゃんとやってたんだ。誰よりも早く現場入って、指示も守ってた。なのに、“今回は人員整理で”って」


 吐き出すような声だった。


「そうか…だったら、なおさらだな。怪我人はいないし、狙ったのも空き家だけなら刑も軽く済むかもしれない。まずは本部に行ってもう少し聞かせてくれ」


 炎の揺れが、わずかに収まる。


「いいな?」


 マックスは俯いたまま、小さく息を吐いた。


「………はぁ」


 その肩から、力が抜ける。


 ——よし。


「一応、本部まではこれを着けてもらうことになってる。怖がらなくていい」


 穏やかな声でそう前置きし、腰のポーチへ手を伸ばす。


 手錠の冷たい感触が指先に触れた、その時だった。


「……いいよなぁ」


 低い声が落ちる。


 さっきまでの焦燥も、怒鳴り声もない。

 凪いだ水面のような、平坦な抑揚のない声音。


「オーダーは制服着てりゃ、価値あってよ」


 空気が変わった。


 マックスの背後で、地面を這っていた炎が音もなく持ち上がる。


 視界の端で、赤が一点に収束する。


 反応するより早く、炎は球体へと凝縮されていた。


「……消えろよ」


 火球が、一直線に放たれる。


「…っ…!!!」


 油断した。


 手錠ではなく、そっさに結晶を取り出す。

 掌で握り潰すと、ぱきりと乾いた音を立てて砕け、微かな光が皮膚の下へ沈んだ。


 筋肉が軋み、視界が澄む。


 咄嗟に地面を蹴り、横へ跳ぶ。


 熱が頬を掠め、皮膚の焦げる匂いが鼻をつく。

 背後で爆発が起き、壁が砕け、熱と破片が雨のように降り落ちた。


「……っマックス!罪を重ねるな!!」


 しかしその熱は途切れない。


 爆風で巻き上がった炎がまた一点に収束し、もう一つの火球へと形を変えていた。


 囮だ、と気づいたときには遅い。


「……くそ……!」


 第二の火球は、最初よりも遥に大きい。


 周囲の炎を吸い込みながら膨張し、空気そのものを焼き尽くす勢いで迫る。

 砕いた結晶の残滓が体内で反応するが、避けようにも、次の跳躍にも疾走にも吸収が追いつかない。


「俺が解体に入るはずだったんだ!!お前だって使い捨てにするやつと同類だろ!!!!」


 この炎にはNovaエネルギーがない。

 ただの物理現象。


 操作Ⅰ型の操る炎では吸収はできない。

 避けるしかないが、距離が足りない。


 熱が視界を灼き、赤に染まる。


〈遠距離攻撃や精神干渉を使うNovactorが相手だったらどうだ?〉


 カルロス長官の言葉が脳裏を過った。


〈君には仲間が必要なのさ。オーティス〉


 目をつむった。


 しかし。


 その瞬間、足元の砂利が逆らうように浮いた。


「消えんのはそっち」


 低く、感情の薄い声が割り込む。


 視界の隅から巨大な瓦礫が地面を擦る音もなく滑り込んできた。


 瓦礫は猛烈なスピードに耐えきれず壁にぶつかり砕け落ちる。


 鈍い轟音とともに火球は弾け、炎は四方へ散り、爆圧が分断され、熱が一気に薄まる。


 マックスの目が見開かれる。オーティスも息を詰めた。


「……投げた………?」


「そんなのありかよ…!でも元素と身体操作系二人ならこっちに分がある!!」


 いや。


 投擲の軌道ではなかった。


 瓦礫を“投げた”のだと、そう見えた。

 いや、脳がそう処理したんだ。


 しかし、ロビンは一歩も踏み込んでいない。

 右手を軽く前に出し、指先を操るようにわずかに傾けているだけだ。


 次の瞬間、空気が軋んだ。


 焼け焦げた柱、ねじ曲がった鉄骨、床に転がる工具や金属片までもが、ゆっくりと地面を離れる。


 ぱらぱらと灰が落ち、赤く揺れる炎がその隙間を漂う。

 半壊した空き家の残骸が、まるで見えない潮流に呑まれたかのように一斉に浮上した。


 マックスの喉が鳴る。


 炎の制御が乱れ、火勢が揺らぐ。


「は?は?………っ待て待て待て!!!おい!!」


 自分を中心に、無数の質量が取り囲んでいることに気づいた。


「弱すぎ」


 逃げ場は、ない。


「不意打ちが下手。さっさと別の仕事探しな」


 ロビンは静かに手首を回した。


 浮かぶ瓦礫がわずかに収束し、重心が一点へと傾く。


 圧が落ちた。空気そのものが重くなる。


 ドガァン!!!


 足元のアスファルトに細かな亀裂が走った。

 マックスの身体が地面へ叩きつけられ、肺から強制的に息が吐き出される。


「ぐあ…ッ!!」


 頬が地面にめり込み、呼吸が奪われる。


 炎は制御を失い、ばらばらに崩れ、ただの燃え残りへと変わった。


「アタシのNovaは元素でも身体操作系でもない」


 浮いていた残骸が、ゆっくりと地面へ戻る。


「"引力"」


 言葉と同時に灰が静かに舞った。


 まだ熱をもっている残骸に押しつぶされた男。

 膜のような炎は次第に収まり、焦げた匂いが鼻をついた。


「こんなはずじゃ…」


 砂利を掻きむしる痛々し気な音が沈む。


「それで、早く手錠掛けたら?だまそうとしてくる奴だよ。次は何をしでかすか分からない」


「え……あ!!…そうだな!」


 光景に目を奪われていた。

 あんなのを見るのは初めてだ。


 身体操作系や元素系はもちろん見たことはあるが、物理概念系と精神干渉系は数が少ない。


 投擲か、もしくは雷属性の変換Ⅱ型…金属を動かしているものかと思ったが、自由自在に物が浮かび上がるのは初めて見た。


「なんだよ……お前らみたいなやつがいるから!!」


 ぼーっとしてる暇は無い。


 その言葉に釣られるように、四方八方へ無差別に小さな火球が飛んだ。


 しかし、ひっきりなしの猛攻はあえなくロビンの一振りで、浮き上がった瓦礫と炎がぶつかり合い、火勢を反転させると火球は跡形もなく散った。


「このまま瓦礫の下にいたいなら、そうしてあげるけど」


 足が持ち上がり、瓦礫を踏みつける。


「ぐぁ…ッ…くそが…」


「あ…っおい!!彼は混乱してるんだ。助けるのがオーダーの仕事だろ?」


「混乱…?さっきのが?お人好しで怪我しかけた奴が良く言う」


 言い返そうとした口が閉じた。


「…それは…耳が痛いな」


 そして、周囲の熱と赤に染まった場所が日常の色を取り戻した頃。


 男の胸ぐらを掴み、浮かんだ瓦礫の下から雑に引き起こした。


「もう終わりだ。大人しくしろ」


「………もうなにもしねぇよ…」


「どうだか」


≪対象生体反応を確認中──…≫


「よし、問題ないな」


 ほっとするのもつかの間。


「…それで?ただNovaを誇示するために空き家を襲ってたわけじゃないことは分かってる。こいつは騙せてもアタシは騙されない」


 親指を向けられ、"こいつ"呼ばわり。


 俺は一応先輩だぞ。


「……はぁ、空き家って言っても、使えるもんはあるだろ?それを…Voidに売ったら金になるかと思ったんだ」


 空気が、わずかに冷えた。


 男を拘束していた腕に力が入る。


「Voidだと…?」


「ああ、ネットの掲示板だよ。匿名だから相手とかは知らない。俺も仕事がなくなって切羽詰まってるときに見つけただけだし、詳しくは知らないけど『再開発区画で回収できるものを流せ』ってそういうのがゴロゴロあった」


「具体的には?」


「工具とか銅線に、蓄電池と…。あぁ、あとは」


 一瞬、視線が揺れる。


「未撤去の結晶」


 オーティスの表情が硬くなる。


「………中純度結晶か」


 中純度結晶。

 この惑星に存在するデュナミス結晶の原石を加工した資源。


 家庭用電力の核としても各住宅に設置され、発電、給湯、空調を一括で賄うことのできる中枢装置だ。

 流通と管理は厳しく取り扱われていて、低純度結晶と違い、一般販売はされていない。


 そして同時に――

 オーダー機関やD.R.Aの武装、機関装置にも転用可能な高価素材。


「知らねぇよ!俺はただ、換金できるって聞いただけだ!仕事もねぇし金が必要だっただけだよ!」


「連中のよくやる手口。地上の物を地下に持ってこさせて、あとは口留めに………、あんたみたいなやつがいいカモにされる」


 言い切らない言葉に、マックスはぞっとして肩をびくつかせる。


 ロビンが警戒を解かずマックスを睨みつけている間に首の通信機に指を当て、オペレーターに通信を繋げた。


「こちら、192A1オーティス。拘束完了した」


 オペレーターの応答を把握し、周囲を見渡す。

 現場に残るのは、荒れた瓦礫と燃えた残骸。


 通信が途切れたあと、沈黙が降りる代わりに遠くから事後処理班の車両が近づいてくる音が分かる。

 街の角を曲がって白い装甲車が数台滑り込んできた。


 制服姿の若手が慌ただしく現場の封鎖ラインを引き、医療班が男の容態を確認し始める。

 結晶がごろごろ入っているリュックも証拠品として彼らに渡すと、ようやく一区切りがつく。


 邪魔にならないよう一歩退いて腕を組み、ロビンの方をちらりと見た。


「まあ、序盤の交渉は酷かったが初任務にしては上出来だったな」


 しかし視線を落とした先には転がった黒焦げの空き缶のみ。


 ロビンは振り返りもせず、騒然とした波を通り抜け、立ち去ろうとしていた。


「おい、ちょっと待て!証拠記録が足りない!」


 そう言ってオーティスはポケットから端末を取り出し、火元や燃焼材の残骸を手早く撮影し始めた。

 ロビンは立ち止まったものの、面倒くさそうに目元に落ちる長い前髪の隙間から睨むのみ。


「 一人でやれば?」


「現場は二人で動いたんだから、報告書も半々だろ。バディってのはそういうもんだ」


「最初はそっちがやるもんでしょ。……ま、アンタが部下になる日も近いだろうけどね」


 ベルトから下がった青タグを見下げて言い放たれる。


「それは皮肉ってやつか?」


「事実でしょ」


 ため息混じりに苦笑し、最後の一枚を撮ってから端末をポケットにしまった。


「じゃあせめて、現場で拾った証拠品の番号だけ書いてくれ。こっちで下書きは──…」


 視界からまた消えた。


 空気がわずかに揺れた気がしただけで、そこにいたはずの姿は跡形もない。


「はぁ…、またか…もう驚かないぞ。もうまっぴらだ」


 ため息をつきながら、固まった首を回す。


「…………ん?」


 空と雲の間になにかが見える。

 あれが鳥でないことくらい、一瞬でわかった。


「嘘だろ」


 点は、ゆっくりと移動している。

 風に流されるのではない。意志を持って、一直線に。


 ルートを外れた配送ドローンでもない。


 あれは人だ。


 おそらく淡砂街の方角へ。


「…あいつ…空も飛べるのか…?」


 引力。


 瓦礫を浮かせ、落とし、圧を制御する。そこまでは理解できる。だが、自身を浮かせるということは――自身に働く重力すら再定義しているということだ。


 喉の奥がひりつく。


 そういうことか。


 Voidから訓練生となったあの三人のうち、彼女だけが西区支部から本部へ配属換えされた理由。


 表向きは「適性評価の結果」ということになっているんだろうが。


 違う。


 あの規格外の制御精度。あの出力。


 カルロス長官が手を回したに違いない。

 それならすべてに説明がつく。

 本部管理下に置く必要があったんだ。


 オーティスはゆっくりと息を吐いた。


「……厄介な相棒をもったもんだな」


 瓦礫の町に残されたのは、焦げ跡と、かすかな上昇気流の余韻だけだった。

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