第24話:最悪の相棒
灼熱の中に閉じ込められた雨の日
焼けるほど熱いはずのに、空は涙を落としてた
煙は風を掴めず、ただ上へ、上へと登っていく
留まるのは剥がれ落ちる灰だけ
指先に触れれば壊れてしまう
天から降りた涙は遅効性の毒で、音もなく、痛みだけを連れてくる
風が去ったあとには、声が残る
耳ではなく、骨の奥で震える、幼い祈り
冷たい空っぽに別れを残し、靴裏に残る土を蹴り上げて
閉じた扉の向こうへと踏み込んだ
還る場所などない
あるのは願いだけ
燃え残った灯が、まだ、どこかで待っている
風が忘れても、夜が失くしても
約束だけは、此処に残っている
願いを聞き届けるために
名を持つ者は
空を失っても
空の側に立つことができると信じて
オーダー機関中央区本部
都市の中枢に位置する建物は、任命式が終わってからというもの、人の出入りは極端に少なくなっていた。
あれから一週間が経つ。
騒然としていた蒼穹円殿は混乱の中、観客たちを避難させ、新人オーダーを一纏めにし、転移で一時預かりとした。
数時間で新人たちは解放され、各所属場所に移送されたが、その中にVoid出身の彼らはいなかった。
彼らは三日間、取調室に留め置かれた。
所属を巡る議論は難航し、最終的に西区が預かることで決着した。
あの光景。
特に、あの目立っていた彼女の言葉を聞いて我先にと仲間に迎え入れたいと思う者はいないだろう。
いても相当の物好きとしか思えない。
まだ朝の光が柔らかい時間帯。
ブリーフィングルームには十数名のオーダーが集められ、どこか緩やかな空気が漂っていた。
その中には新人の顔ぶれもあり、カルロス長官の采配により組まされた先輩バディの隣で緊張した様子で固まっている。
そんな新人たちを見て、からかうオーダーもいれば、注意深く面倒を見てやるオーダーもいた。
中央のホログラムには、街の地図と未解決事件の記録。
区分線が淡く光り、発生した事件の地点に赤いマーカーが点滅していた。
淡々とした口調で、カルロス長官が案件を読み上げていく。
「今週だけで犯罪Novactor絡みの事件は21件。行方不明者捜索含め、そのうち5件はキーパーに任せるとして、優先度の高いものを三件割り振る。新人たちもよく聞くように」
最初に挙がったのは、病院での医療用薬品の強奪。
犯人は物理概念系である加速を扱うことが監視カメラにて特定されており、逃走の際、既に市民数名が被害に遭っている。
「この件は詳しい者に任せたい。イーサン、お前に頼む。お前なら空気操作で追えるだろう」
「はい!長官」
次は商業エリアで起きた小規模暴動。
精神干渉系のNovactorによって市民同士が突如として衝突を始めたという異常なケース。
「精神干渉系のオーダーに回す。臨時編成だ」
数名が確認の声を交わす中、ホログラムが切り替わった。
広がるのは、焼け焦げた住宅街の映像。
「最後は連続放火事件だ。陽芽町で五件、元素系Novactorの犯人は未だ逃走中。状況を見る限り、炎属性の可能性が高いそうだ」
椅子を軋ませて、誰かが呟いた。
「火の生成かな?それならやっかいかぁ」
「どうせ操作Ⅰ型の凡人だろ」
腕を組みながらダニエルはふんと鼻を鳴らす。
「憶測で決めつけるのは危うい。ただ、今回の場合は事件現場のすぐ傍に燃焼物やライターが発見されたと報告は受けている…。燃焼範囲も含めればダニエルの言う通り、生成I型の可能性が極めて高いだろう」
ホログラムが再度切り替わり、現場の構造と被害範囲が映し出された。
「――最後の件だが」
ほんの一瞬、カルロスの視線が室内を巡る。
わずかに顎を引き、隣にいるホログラムの動きに気を取られている男に視線を上げた。
「オーティス。お前に任せる」
「了解です!」
ハッとして背筋を伸ばし、明るい声で返答すると、カルロス長官の目尻が和らいだ気がした。
「以上。解散だ」
その声が室内にいきわたると、途端に空気が賑やかに変わり、オーダー達はブリーフィングルームからいそいそと出ていく。
そんな中、カルロスがオーティスの背を軽くたたいた。
「オーティス、装備を整えてからでいい。執務室にこい」
「はい、カルロス長官」
室内のざわめきが遠ざかる。
長官が扉が閉め、去っていく音がやけに重く響いた。
新人たちは訓練校を卒業してから、初めての任務だ。
指先はそわそわとして、視線は本部の室内構造を見上げている。
「すげー…俺たち本部所属になっちゃったよ…。俺らは安泰だな」
「…なぁ、あいつら西区なんだろ?」
「西区のオーダー達は可哀そうだけど…、まあ、中央区は平和ってことね」
そんな新人の話に聞き耳を立てる頭をコツンと一人づつ小突く。
「浮かれてると新人に追い越されるぞ?」
「へいへーい」
「わーったよ、オーティス」
とはいえ、「追い越されるぞ」なんて、俺の言えたことではない。
後に入ってきた後輩の中でも赤タグの奴らはいる。
それに対して、嫉妬心だとか羨望はない。
出世欲がないと、飲みの席ではダニエルに言いたい放題にされてはいるが、本当にないんだ。
もともと、赤タグになりたくてオーダーになったわけじゃない。
誰しも、大きな目標があってオーダーになる者ばかりじゃないってことだ。
パシュッ
音をたてて、ロッカールームの自動扉が開く。
壁一面には武具やボディーアーマーの予備が立てかけられており、ラックにはポーチサイズの救急キッド。
整列したロッカーには、各々の個性が表現されている。
恋人とのツーショットが貼られたロッカーに、旅行先の色鮮やかな写真やトラベルステッカーが目立つロッカー。
俺のロッカーはトレーニングルームの時間割と食堂の日替わりメニュー表が磁石で押さえられてるだけのシンプルさだ。
ロックを解除して中を開けると、替えのユニフォームと、先週申請してマーサから受け取っておいた結晶、そしてクララと撮った写真立がある。
低純度結晶は手軽に手に入れることができるが、数を多く買うならオーダー機関を通して申請した方が早い上に、妙に疑われなくて済む。
「あ!オーティス、バイク預けたままだろ?次の任務、遠いなら俺の車乗ってってもいいぜ?」
「今朝、メンテナンスが明けたんだ。マーサからも受け取ってる」
「ん、ならいいか。気を付けて行けよー!」
「お前もな」
そのままセキュリティゲートを抜けかけたが、直前で長官に呼ばれていたことを思い出し、駆け足でエレベーターに乗り込んだ。
「すまん!俺も乗せてくれ!」
数人が振り返る。
だが表示パネルが無情にも赤く点滅した。
《重量制限を超えています》
「……ったく」
支援部の階で降りる者がいると分かってはいる。
だが待っている時間はない。
「先行け!俺は階段で行く」
「は!?お前、最上階に行くんだろ!?」
「運動不足解消だ」
言い捨てて、踵を返す。
非常階段の扉を開けると、冷たい空気が鼻を刺した。
三段飛ばしで走ればすぐにつく。
中央区本部の執務室フロアは、オーダーたちの行きかう作戦部とは空気が違う。
人の気配が薄く、静かだ。
だがその中を焦った様子で走り切る。
バンッ!!!!
「…っすみません!!長官!遅れました!!」
驚いた様子で椅子に座りかけていたカルロス長官と目が合う。
しまった。
「………あ、…ノック…やり直します」
親指を背中越しに立てて、背を向けようとしたが、長いため息に足が止まった。
「…お前は落ち着きがないところがある。いい、座れ」
低く、落ち着いた声。
執務机の奥に、カルロス長官が座っている。
机の上には端末が複数、そして一枚のデータパネル。
促され、向かいのソファに腰を下ろす。
「単独申請を出していたな」
唐突に切り出され、思わず口をつぐみ、背筋を伸ばした。
「……はい」
「前のバディは半年前だったな。三か月も持たない…その都度、単独申請を出している」
「連携を組み直すより、単独の方が効率がいいと判断しました」
嘘ではない。
だが、これが本音ではないことくらい長官には知られてる。
「単刀直入に言おう。お前にはバディをつける。これは命令だ。」
「………は…?」
その言葉に、眉頭がピクリと動いて目の奥が鋭くなる。
わなわなと震えた唇からは抑えた焦燥まじりの声が漏れた。
「なっ………!俺は単独で申請したはずですよ!!それに俺に新人を組ませるなんて…っ」
「あれは保留してある。お前のNovaは吸収だ…前も言ったように、単独では限界がある。周囲の"サポート"があってこその戦術だ」
「サポート…って…」
長官はそう言って、まとまった書類の中から申請書を取り出した。
申請日は半年前。もっと前に出したものもある。
書類はいままで保管されていたのか、色褪せもせず提出したときのまま折れもない。
「…過去に問題を起こしてる。長官が一番理解してくれてると思ってました」
グローブ越し。
なのに、手の平に爪の跡が付きそうなほど強く握り込む。
奥歯が砕けそうなほどだった。
しばしの沈黙。
長官の視線は鋭さを保ちながらも、どこか探るようだった。
「その件はもう何度も話し合っただろう……。あれはお前のせいで起こったことじゃないんだ。お前も、誰も知らなかった」
「…………長官、俺は…」
ビーーーッ
内線が鳴る。
長官が立ち上がり応答し、数秒のやりとりの後、わずらわしそうに答えた。
「ああ、ああ……そう騒ぐなマーサ。そのまま通せ」
「来客なら出ます。俺は単独で任務にあたるつもりです。この話はもう──…」
「待て。」
背後からの声に背を向けるのも今は億劫に感じる。
代わりに、扉の向こうからエレベーターの到着した振動と足音が近づく。
ガチャ
ドアノブが回り、コツコツと低いヒールの音が一歩ずつ執務室の床を打った。
現れたのは、冷たく鋭い眼差しを向ける──
「……ここが本部?随分と静かなんだね。平和ボケしてるって聞いてたけど、本当らしい」
オーティスの表情が凍るように固まった。
「…、冗談だよな」
「で?取調室よりマシな場所に呼んだ理由はなんなわけ」
まさか――。
「彼女が、お前のバディだ」
長官の言葉に、オーティスがゆっくりとロビンを見やった。
警戒を許さない獣の目。
誰にも媚びない、冷えた瞳。
その第一印象だけで、オーティスは厄介な事になると悟った。




