第23話:Voidのろくでなし
無数の罵声が飛び、石が投げつけられる。
それでも彼らは誰一人、怯えた足取りではなかった。
先頭を行くのはブロンドの少女。
膝までありそうな巻き髪を揺らし、胸を張ってスキップするように段差を降りていく彼女はまるでパレードの役者のようだった。
「あの方、顔は悪くないですわね」
彼女がウインク一つすると、周囲の男たちは顔を赤らめ、思わず石を投げようとしていた手を止める。
「おい!なにVoidの女に赤くなってんだよ!」
「わ、わかってる!ちょっと、頭がぼーっとしてただけだ…!」
一方で数段後ろから、ひたひたと裸足で石畳の階段を下りる赤髪の青年は、ギターのチューニングに夢中だった。
しかし、遠くから彼目がけて飛んできた石。
視線を逸らすことなく片手で掴み──ポイ、と投げ返す。
石は正確に、投げた観客の頭にコツンと落ちる。
何か言おうとした市民が、それを見て口を閉じた。
そして、最後尾。
長い黒髪の女は何も言わず、ただ視線を落としながら歩いている。
投げられた石が彼女の手前で逸れて地面に落ちた。
確かに、目を惹くオーラはあったが、ずっと彼女は俯いているばかりだ。
また一つ石が飛ぶ。
足元で砕け、乾いた音が石畳に散った。
オーティスの眉が僅かに寄る。
「…いくらなんでも酷いな」
腕を組んだまま、低く吐き捨てる。
ヴィンセントもまた、目を細めたまま騒ぎの中心を見ていた。
「止めれば、“守った”ことになりますから。」
「……?」
「今ここで彼らを庇えば、それはVoidを肯定したと受け取られる。だから放置する。石で済むなら、という判断でしょう。」
3人が196期生の後ろに到着したとき、会場は一層騒然とした。
それでも、オーダーは動かず無言で睨みつける。──誰一人、彼らを歓迎していない。
『──静粛に』
司会者が一歩前に出る。
マイクを通して冷ややかに言い放った。
『これより、オーダー訓練校の輝かしい卒業生たちへの任命式を再開いたします』
カルロスが壇上中央へと歩み演台に立つ。
任命は中央・西・東・北・南のいずれかの長官のうち、誰かが執り行うことになっている。
今年はカルロス長官のようだ。
広場を見渡すその視線は、声を荒げることなく群衆のざわめきを削いでいく。
怒号も嘲笑も、彼の前では等しく小さくなる。
子供の泣き声が止む。
「……本日をもって、諸君は訓練生ではなくなる」
低い声が、石造りの円殿に静かに反響した。
壇上の隅に控えていた者が、アタッシュケースを演台に置く。
金具が外れる乾いた音と、白い煙と共に蓋が開いた。
中には、整然と並ぶ薄い黒の金属タグ。
艶を抑えた表面は飾り気がなく、神経のように中央には一本の細いラインが走るのみ。
だが、その内部には微量のリキッドが封入されている。
デュナミス結晶から抽出された加工前に近い成分で、エネルギーとしての力はないが、持ち主のNovaと同期し定着させる力がある。
オーダー機関の識別票──IDタグ。
オーダーは任務時必ず所持し、視覚できる場所に取り付けている。
だがそれは単なる識別票ではない。
セキュリティゲートの認証、バイタルの同期。
現場で倒れた際、本部オペレーターへ生体情報を送るための生命線である。
そして、色は黄色・青・赤…と階級を示し、責任の重さを示す。
その中でも、"赤タグ"は新人ならだれもが憧れる色。
蒼穹円殿で赤い旗が掲げられているのは、単なる装飾ではない。
あれは到達点の象徴だ。
カルロスは黄色いラインの入った一枚を指先で摘み上げる。
軽量に作られているはずのそれが、奇妙に重く見えるのは錯覚ではない。
受け取る者の人生を変えるには十分すぎる重さだった。
「ORDER-196-S-01 クイル」
「はい!!」
歓声が弾ける。
階段を上がる足音は迷いがない。
クイルは一歩も乱れず階段を上がり、演台の前で正確な角度で一礼した。
真正面に憧れの人がいる。
幼い頃、彼に手を差し伸べられた記憶が胸の奥に疼く。
だが今は幼かった子供ではない。
差し出されたタグを、クイルは宝物かのように両手で受け取った。
冷たい金属の感触が掌に沈む。
内部のリキッドがわずかに揺れ、黒い金属の中で走るラインがゆっくりと満ちていく。
安定し、彼のNovaと噛み合った証として静かに灯った。
広場に再び歓声が広がる。
クイルは一瞬だけカルロスを見た。
ほんのわずかに、長官の視線が柔らいだ気がした。
「オーダー機関へ歓迎する」
低く落とされた一言は、周囲には届かない。
「はい、長官」
クイルは振り返り、群衆へと向き直る。
その胸元で黄色のラインが揺らぎなく光っていた。
市民の歓声が再びわき上がるなかで、オーティスもまた感嘆の声を漏らす。
「すごいな。戦略指令で1なんて。たしかカルロス長官も同じ部門じゃなかったか…?」
「オーティスさん。前々から気になっていたのですが、あれは、なんの数字なんですか?」
ヴィンセントからの質問に首のうしろを掻きながら答えた。
「えーっと…、何期生かを表す数字の後ろは、部門だな。最後の数字は、その年でそこの部門に通った順番。早いほど若い番号ってだけだ」
「部門は五つある」
オーダー機関に所属するオーダーには部門で分けられている。
戦闘に特化したONSLAUGHT
防御に特化したAEGIS
情報解析部門のINDEX
戦略指令部門のSTRATEGOS
潜入に特化したVEIL
戦闘特化のONSLAUGHTには身体操作系や元素系が多く、潜入に特化したVEILには精神干渉系が多かったりなど、それぞれに特色がある。
「つまり、貴方の場合は…」
オーティスは肩をすくめた。
「防御部門の審査通過一番目ってことになるな。だが、訓練期間を終えるとただの識別番号って扱いになる。今はあまり意味がない。まぁ、建前上はな」
式典は滞りなく進む。
癒しの乙女の異名を持つハンナ。
筋骨隆々のフランク。
ひとり、またひとり──名前が呼ばれるたびに、光のタグが彼らの手に落ち、希望の象徴として握られていく。
希望に満ちた顔ぶれ。
その手の中の平和を象徴する第1歩を握りしめ、誰もが未来を見つめていた。
──そして。
「Void育成プログラムから──ORDER-196-O-04 キッド」
空気が、わずかに揺れた。
退屈そうに地面に座り込んでいた赤髪の青年は、助走もなく壇上に軽々と飛ぶ。
演台まで歩み寄るとカルロスに目も合わせず、その手から奪い取った。
「へぇ。軽っ」
握りこんだそれを満足気に恒星の光にかざしたと思えば。
次の瞬間。
ピックのように握り返し、肩から下げたギターをかき鳴らした。
ギュイーーーンッッ──────
「いい音でんなコレ!!ピック変わりに使えるぜ!」
派手なリフが式典の空気を台無しにする。カルロス長官でさえも眉をひそめた。
観客たちの唖然とした視線。
先ほどまで微笑みを絶やさなかったクイルも、その顔を強ばらせる。
キッドが壇上からひょいと降りて、次に呼ばれたのは金髪の少女──。
「ORDER-196-V-10 ブレア」
Voidで暮らしていたとは思えないほど上品に階段をのぼり、ふわりとスカートの裾を摘まむと裾をひろげ優雅にお辞儀。
完璧なカーテシー。
礼儀正しくタグを受け取ると、微笑みを浮かべ鼻歌を歌いながら下りていく。
無邪気に。
カルロスが次の名を告げようと、息を吸った。
「ORDER-196-O──…」
カルロスが次の名前を呼ぼうとした瞬間だった。
「長官──ッ!」
中列から身を乗り出すように、オーティスが叫ぶ。
誰よりも早く"それ"に気づいた。
カルロスの足元に、筒状の物体が転がる。
壇上の警備が襲撃に気づき手を伸ばした瞬間だった。
バチッ───!!
炸裂。
その物体は目が焼けそうになるほどの光を発光させた。
目の奥を焼く閃光。
視界が奪われる。
瞼の裏まで白く染まる。
耳鳴りが鼓膜の奥で響く。
「くっ……閃光手榴弾だ!!!長官たちを守れ!!!」
白い光があたりを呑み込んだ。
混乱の声は虚しく光の中でかき消されていく。
音が遅れて押し寄せる。
悲鳴。
金属がぶつかる音。
誰かが転ぶ音。
オーティスは咄嗟に目を細め、視界の端で動く影を追う。
カルロスのすぐ傍らに、身を低くして長官を押し伏せるように庇うヴィンセントの姿があった。
「移動したのか…!!」
咄嗟の判断。
ヴィンセントは自身のNovaである空間跳躍を利用し、保護すべき対象の元へ移動した。
パンッ、パンッ──!
今度は鋭い破裂音。
スプレースモークが弾ける。
ピンクと青の鮮やかな煙が空気を裂き、白光の残像を染め上げた。
粉末が降り注ぎ、肩や髪にまとわりつく。
甘い匂いと焦げた金属臭が混ざる。
「っ……襲撃か!?」
「観客を避難させろ!!」
怒号が飛び交う。
市民たちは出口へ殺到し、将棋倒しになりかける。
子どもの泣き声。
踏み鳴らされる石段。
転がる旗。
「やっぱりVoidの奴らが──!」
「見たか!? やりやがった!!」
「地上に招くからこうなるんだ!!」
矛先だけは決まっていた。
犯人は未だわからずとも、非難はVoid出身の3人へと視線と憎悪が集中する。
煙の向こうで、カルロスが目を細めた。
「…煙の中に何かいる」
その声に警備ロボットが自動で作動。
機械音とともに銃口が持ち上がる。
レーザーが標的をロックオンした──
「っ待て!!…まだ撃つな──!!」
カルロスの制止が飛ぶ。
だが、その直後。
「借りる」
混乱と先も見えない濃い煙の中。
カルロスの耳元で、低い声がした。
──バンッ
1発の重たい音が広場に轟いた。
それはレーザー銃の乾いた電子音ではない。
スモークの弾ける音でも、レーザー銃が放つ電子的な音とも違う──銃声だ。
火薬の衝撃。
空気を震わせる、生の銃声。
広場が一瞬、静まり返る。
空に旋回していた影は、ホバーボードに銃弾を食らったのか、煙を吹き出しながら制御を失う。
「うわぁあああ!!!落ちる落ちる!!」
空から撃ち落とされ、煙に紛れて消える。
誰もがその音の方向を振り向いた。
壇上。
煙を背に、銃を掲げて立つ女の姿。
「おい、ヴィンセント!何してる…!」
オーティスは人の波をかき分け、石段を駆け下りる。
彼は硬直してその女を見上げるばかりだった。
女はヴィンセントを一瞥することも無く横切り、カルロス長官の目の前に立つと、持っていた銃を静かに地面に置く。
乾いた金属音。
「………こんなもんか」
代わりに、地面に落ちていたマイクと金属タグを拾い、壇上の中央に立った。
白と色煙が揺らぐ中、青空を見上げ彼女は立つ。
『全員、アタシを見ろ。』
その一言と乾いた瞳が、混乱する蒼穹円殿の空気を変えた。
マイク越しのその声は低く、掠れ、よどみなく、空気を叩きつけるように響き、この場の全てを掌握した。
壇上に立った女は、群衆を一瞥する。
長い黒髪の隙間から覗くその眼差しは、怒りでも悲しみでもない。
ただ、“揺らぎなき意志”のようなものがそこにあった。
会場が凍りついたように静まり返る。
『空にいたのは祝いに来たVoidのガキ共。あの機械銃より三秒遅れれば、ここは血の海だった』
風になびく黒髪が、腰まで流れる。
その顔を隠していた前髪がふと揺れ、露わになったのは、群衆を睨みつける金色の双眸。
『それでも』
『やっぱり“Voidのせい”にすんのか』
静寂。
鋭く、そして猛々しい。
獲物を逃がさぬように光るアーモンド型の目が、広場の誰もを、そして画面越しの人々をも惹きつけた。
『Voidのガキが空を染めただけでこのザマ』
口元に皮肉めいた笑みを浮かべ、彼女は言い切った。
『空が染まっただけで腰抜かす秩序なら』
『最初から壊れてる』
オーダー機関の制服は、新人と思わせないほどによく着こなしている。
だがその制服の下、ただ細いだけではない鍛えられた身体が、彼女の言葉に説得力を与えていた。
顎を上げる。
『Voidをゴミ溜めにして、コケにしてきた、あんたらを守る気なんか毛頭ない』
『どうせ、あんたらは、誰かを悪者にしないと眠ることもできない』
キッドとブレアは彼女を見上げ、やがて固まった観客へと振り返った。
ざわめく。
『Voidを笑ってたその口で、これからは助けを乞うと言い』
最後の一言を残し、彼女はマイクを振り下ろした。
キ───────ン
マイクが地面を打ち、金属音が静寂を鋭く裂く。
彼女の手から金属タグが投げられ、そして掴まれる。
「ORDER-196-O-01 …、……ロビン」
「地の底で育った、“Voidのろくでなし”だ」
レザーの手袋がギチリとなる音がここまで届きそうだった。
打った音が消えぬうちに、空気が一変する。
誰もが息を呑み、動けずにいる。
ざわめきさえ、どこか遠くに追いやられたような静けさ。
無数の目線が、壇上を通り過ぎるあの女へと引き寄せられる。
怒りも誇りも、迷いさえも、すべてを呑み込んだ何か――。
嘲るような肩書き。
その日、秩序の上に立ったのはオーダーではなかった。
青空の下、黒いタグが静かに光っていた。




