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AionioS  作者: 無日
第三章:秩序の祝典

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第22話:異端の導火線

 スピーカーから響いた司会の声が、蒼穹円殿(そうきゅうえんでん)を静寂で満たした。


『続きまして、各区長官より祝辞を頂戴いたします』


『なお、北区・南区・東区長官は公務の都合により、本日はご欠席となります』


 肩が触れ合うほど詰めかけた市民たちの間で、視線が交差する。

 192期生の任命式でさえ、集まったのは4人だったはずだ。

 オーダー機関長官である5人が揃うことは稀だとしても、3区同時の欠席は珍しい。


 それぞれがそれぞれの区を背負い、散っている。

 “全員が揃う”ということ自体が、平穏の証なのだ。


 だが、今日この日は違う。


『それでは──オーダー機関本部中央区長官、カルロス様よりお願いいたします』


 檀上の端から、硬質な靴音が響く。


 一歩。

 また一歩。

 その姿を見た途端、雑踏のざわめきが、引き潮のように静まっていく。

 誰かが息を呑む音すら、はっきりと聞こえそうな静寂。


 勲章の列が陽光を弾いた。

 胸元で整然と並ぶ金属は、彼自身の人生の記録であり犠牲の記録でもある。

 それは装飾ではなく、決断の重みが金属片という形で留められているだけだ。


 訓練場で幾度も名を呼ばれ、叱責と称賛を同じ重さで受けてきた者たちにとって、今そこに立っている男は"中央区"そのものだった。


 会場をゆっくりと見渡す視線。

 その眼差しは逸らされることなく受け止められる。


『諸君』


『今日ここに立つまでに、どれほどの訓練を重ね、どれほどの夜を越えてきたか。俺は知っている』


 現役オーダーの列に、目に見えない緊張が走る。

 これから現れる新人へ向けた言葉か。

 それとも今、議論の渦中にある“育成枠”への牽制か。


 どちらも違う。


 言葉は、今この場に立つ現役の彼らを射抜いている。


『オーダーとは武力を行使するための特権ではない。称号でもない。背負う覚悟の総量だ』


 風が吹く。


 赤き旗が、蒼穹を背景に大きく翻る。


『──秩序とは、力で押さえつけるものではない。守り抜いた先にだけ残るものだ』


 それぞれの組織の視線が、微妙に変わる。


 言葉の余韻が石段を滑り、ほんの一瞬。

 その視線が、オーティスの立つ位置をかすめた。


『我々は混沌と危機の時代にあっても、希望を繋いできた。今日、新たに加わる若き力が、オーダーという名の盾となり剣となり、この根絶された未来を切り拓いてくれると信じている』


『──勇気ある光の元への歩みに、我々は敬意を表する』


 拍手が広がる。


 それは義務ではない。

 胸の奥から湧き上がるような、熱を帯びた拍手が会場を包み込んだ。


「あの方が中央区長官ですか。噂通りの方ですね。」


「ああ。やっぱり、あの人はすごい」


 短く一礼し、カルロスは壇上の端へ退く。


『続きまして。西区長官ノール様』


 拍手は続いているが、熱は少し落ちる。


 壇上へ向かう一人の男。


 腹のボタンは今にもはちきれそうで、背は丸まった気だるげな足取り。

 だが、その視線だけはじろじろと睨むように鋭く、観衆を舐めるように流れる。


 壇上の端で、カルロスの眉間にごく薄い影が落ちた。


『若い諸君。オーダーは、努力でなれる場所ではない。力ある者だけが秩序を担う。それが現実だ。情で"世界"など守れない』


 壇上の端。

 組まれた指に、わずかに力がこもる。


 ノールは背後に視線を流し、口角を上げた。


『近頃は……“再生”だの“可能性”だの、耳触りの良い言葉が流行っているらしいが…。確かに"地べた"を這い、泥にまみれて這い上がろうとする者には、希望のごとく聞こえるだろう』


『秩序は理想では成り立たない。能力と結果で成り立つ。どこから来たかではなく、何を成せるかだ――とはよく言うが』


 わずかな含み笑いが、喉の奥で転がる。


『残念ながら、出自は往々にして力量を映すものだろう?』


 5つある空中トンネルの中でただ一つ。

 暗闇の奥へ視線をまっすぐに向けた。


 観客席の一部で、低い同意の頷きが見える。


『我々は慈善団体ではない。選ばれし者のみが、この蒼穹を背負う資格を持つことは、これから先も変わることは無い』


 ノールは満足げに頷き、マイクから手を離した。


『以上だ』


 しんと静まり返る会場。

 拍手はない。


 だが、市民は顔を見合わせて言葉を吐く。

 不安を煽るような言葉は意図通りになった。


「不在の長官たちはどう思ってるんだ……」


「カルロスさんは賛成してるってこと?」


「本当にVoidの奴らを任命する気か?」


 小さな声が、石段を伝って連鎖し、次第に大きな声に変わっていく。


 それを見つめながら、壇上の端で声が落ちた。


「打ち合わせを忘れたか」


 口端をゆがませ、とぼけたように肩をすくめる。


「はて、なんのことだ?」


 言葉は軽いが、その奥にある意図は軽くない。

 壇上の空気がわずかに張り詰める。


 ざわめきはすでに石段を伝い、円殿の縁へと広がりはじめていた。

 不安は形を持たないまま、互いの顔色を映して増幅していく。


『──それでは、第196期生、入場』


 五つの空中トンネルのうち、中央の回廊が静かに発光した。


 白光が内部から滲み出し、闇を押し広げる。

 まるで通路そのものが呼吸を始めたかのように、光が脈動する。


 整然とした足音が、石畳へ規則正しく刻まれていった。

 それは振動となって、最下部のステージまで届く。


 姿を現したのは、オーダー機関の制服に身を包んだ初々しい若者たち。


 男は黒を基調とした高性能繊維シャツ。

 女は白を基調とした同素材の衣服。

 その上から装着された肩部・胸部を覆うボディアーマーが、蒼穹から差し込む光を受け、鋭く反射する。


 光が跳ねるたび、彼らの存在がくっきりと輪郭を帯びた。

 だが、その指先のわずかな震えや、唇の乾きを隠しきれない者もいる。


「これが、今年の選抜組か……」


 観衆から、自然と感嘆が漏れた。


 入口に構えていたカメラ群は、まるでこの瞬間を待ち構えていたかのように一斉にレンズを向けた。

 上空の報道ヘリが高度を下げ、列の正面を滑るように横断する。


 何百、何千という視線が、彼らの一歩一歩を追う。


 つい先ほどまで張り詰めていた緊張は、祝福の気配に塗り替えられつつあった。


 だが、その温度を横からすくい取るように、蒼穹円殿の外郭壁面に大型スクリーンが展開される。


≪ここからは、TNC特別中継!現場よりヨランダがお伝えします!≫


 円殿の進行とは別軸で、軽快な声が空気へ割り込む。


≪ご覧ください!たった今入場したのは、訓練校を最優秀成績で修了した精鋭たち──未来の中核候補です!≫


 祝祭に、情報が上書きされていく。


≪最前列で堂々と歩くあの青年!Nova実戦試験において常に1位を維持し続けた、“炎の槍”ことクイル!ご両親ともに赤タグオーダーという、まさに正統派エリート!≫


 陽光が彼のブーツに反射し、石畳が淡く光る。

 視線はまっすぐに前へ向けているが、口元には抑えきれない高揚が浮かんでいた。


「まぁ、当然だね」


 列の中ほどでは、小さな声が交わされる。


「……緊張するなぁ……先輩たち、みんな私たちのこと見てる」


「俺たちどこの配属になるんだろ…頼むから北だけは勘弁してくれ…」


「北は着こめば何とかなるだろ。問題は南だ…暑くてかなわん」


≪そしてこちらの少女!医療支援特待生!“癒しの乙女”の異名を持つ逸材です!支援評価は歴代上位に食い込みます!≫


 整った列がステージの前まで進み、指揮者の合図に従って一斉に静止する。

 隊列の動きは見事に揃い、まるで一つの意志を持った存在のようだった。


 先頭を、冷静な面持ちで歩いていたクイルが振り返り横一列に並んだ同期達を見据える。


「196期訓練生──入場完了を確認」


 クイルの落ち着き払った一声に左右から拍手がわき起こる。心からの祝福の拍手。

 舞台上に立つ指導官たちも、まっすぐに彼らを見つめていた。


「俺たちもあんな感じだったな」

「懐かしいね。初々しさってやつか」


 “地上の希望”。努力と才能で選ばれた者たち。

 その背には、育ててくれた学舎と家族の期待が、未来が乗っていた。


 子供たちは彼らの姿を見て目を輝かせただろう。

 その空気を震わせるように、鐘の音がひとつ響く。


 整列した隊列の表情は、まさに「選ばれし者」そのものである。


 そんな期待と羨望のまなざしで、会場は浮き足立っていた。

 だが――ただ一人、まるで別の舞台に立っている男がいる。


「――イイね。この陽射し……今この瞬間の僕、最高にキマってるはずだヨ」


 空中トンネルの傍に設けられた仮設中継席は、まさに戦場だった。

 スタッフの怒号、機材の点検音、ドローンの羽音。すべてが昂ぶった緊張の渦中にあった…というのに。


 サングラス越しに196期生の登場でお祝いモードなステージを見下ろしながら、ジュリアーノはワインレッドのスカーフを風に遊ばせ、悠然と笑っていた。


 背後ではサラが汗を拭いながら、輝度を微調整している。


「サラ?アングルチェックは済んだのかい? 僕がステージに手を振るだけでトレンド入り確実なフレームで頼むヨ?」


 フラッシュがサラの背中に焼き付けた。


 振り返ればいつものようにあの男はパシャパシャと連射しながらあらゆる角度の、その麗しい顔を写真に収めている。

 しまいには近くにいたスタッフにまで持たせ、全身ショットが連発。


 彼の調子の良い性格は周囲を巻き込む嵐のようだが、そのカリスマ性は十代から培われてきた本物だ。


 年齢不詳を気取る彼だが、思い付きだったとはいえTalaria(タラリア) News(ニュース) corporati(コーポレイション)onの設立から20年近く。

 入社7年目のサラから見ても、ジュリア―ノはいつものトレードマークを変えないまま、時が止まっているかのように感じる。


「すでにVoxloop(ヴォックスループ)でも配信中です」


「やるねぇ。さすが僕の影武者。“匂い”を捉える才能だけは一級品だネッ!」


「影武者じゃなく秘書です。そもそもこれは私の仕事でもないのに…。何度も言ってますけど。」


 サラの愚痴など耳に入るはずもない。


「う〜ん。つまんないなぁ…“真っ白な天使たち”の行進なんてどこにでもある祝典映像だヨ。模範的で、無菌で、眩しすぎて薄っぺらい」


 これから、任命されるだろう、どこか浮足立った新米たちのその光景に目を細め、指をパチンと鳴らした。

 口元は飄々とした笑みのままだが、スカーフの下の喉が一瞬だけ動く。


「カメラ、俯瞰から接写に切り替えて。金髪のボウヤ……あの“クイル”って子を中心に据えてネ」


「あの子は訓練校でも優秀だったみたいですし、容姿も悪くありませんしね。市民受けがよさそうです。」


「ノンノン!サラくん、君はそんなんだから僕の秘書止まりなのサ!!」


「は?」


 ジュリアーノはモニターから視線を外し、トンネルの闇を見据えた。


「“理想”の後には“異物”を置け。」


「みんなはギャップを求めてる。この僕もギャップのある男だからネ、レディたちが離してくれないのも無理はないサ!ハッハッハッ!!」


 背を仰け反って高笑いを響かせる。

 サラはもう相手にしないことにして、淡々と返すことにした。


「で、その視聴率の先に、何があるんですか?」


 その時、トンネルの奥から、地鳴りのような振動が響いたように感じた。


 歓迎される正義の裏で、

 拒絶されるもうひとつの正義が、牙を研ぐ。


 清廉な白い隊列が整列し、空に響き渡る拍手と歓声。

 聴衆たちは歓喜の波に包まれていた。


 しかし、――広場の空気が明確に変わる。

 ざわつき、緊張、警戒。

 誰もが知っている。この式典の裏の的たちが、まだ現れていないことを。


「あの中には、いないのか?」


「直前で逃げたんじゃね?」


 そのときだった。


 キーーーーーンッ


 つんざくような音が広場中、いや、蒼穹円殿の外まで響き渡った。祝福の拍手を送っていた観衆は手のひらで耳を塞ぎ、その音に反射的に身をかがめる。


「なんだこの煩い音は…っ!」


「攻撃か!?」


 オーダー達は頭痛がするような音に耐えながらも警戒を強めそれぞれの武器に手にかける。


 遅れた衝撃派が背中を伝い、その音の発生源であるトンネルの奥へと注目をさらった。

 未だに響き続ける暴音は耳鳴りとなって鼓膜を震わせる。


 そして――トンネルの暗がりから、2つの影が歩み出た。

 制服の着こなしも歩き方もばらばらで統制もなく、列も組まない。横並びに現れた彼らはこの任命式に故意に向けられた“挑発”そのものだった。


 現れた2人の異端───。


 鋭い吊り目にターコイズの瞳。


 赤く染めた髪は無造作に逆立ち、緩んだ黒のタンクトップの下から細い腕が覗く。オーダーの制服は腰に巻かれ、袖も裾も引き裂かれていた。


 裸足で石床を踏み現れた姿は、この荘厳な式典にあまりにも不釣り合い。

 肩には歪なフォルムの改造ギター。


 あの轟音の主であることを誇示するかのように。


 睨みつける視線を浴びても、青年は意に介さない。

 ギザギザの歯を覗かせ、観客席へ向けてひらひらとピックを振る。


 その隣に立つ少女は、対照的だった。


 ショーウィンドウから抜け出してきたドールのような儚さ。

 縦巻きにセットされたブロンドのロングヘア、長い睫毛、赤い小さな唇。

 もはや原型をとどめないユニフォームは、パフスリーブに布地を増やされ、男女ともパンツスタイルが基本だと言うのに、ふわりとお椀型に広がるジャンパースカートに変わっている。


 規律の象徴を、完全に私物化した装い。


 少女は口元に微笑を浮かべながら周囲を一瞥し、まるで舞台のスポットライトを探しているかのようだった。


 壇上手前の正規の新人オーダーたちは"異端"を冷ややかに見上げている。


 どこかが、冷えている。

 空気の質が、明らかに変わった。


「ヘェ、ここが蒼なんとか円ってのカ?」


「おバカさんね、蒼穹円殿ですわっ!場所の名前くらい覚えませんと、オーダーにはなれませんわよ?」


「アァ?俺に指図すんノかよ」


 赤髪の青年は舌打ちをし、不機嫌さを隠すつもりもない。

 ただ、次の瞬間、彼は最後列にいる眼鏡をかけたオーダーへ顔を突き出した。


「バァッ!」


 男が腰を抜かす。


「ギャハハ!!ヤベェ!!超ビビってらァ!!」


 こめかみの血管が怒張する。


 中列からそれを見ていたオーティスの視線が鋭く細まる。

 倒れ込んだのは同期のジョシュだ。


 あんな扱いを、受けるべきではない。


 本能的に1歩前へ足を踏み出したが、それを引き止めるように腕が遮った。


「落ち着いてください。」


 友達をバカにされた怒りを抑えられない目が、ギロリとヴィンセントを見下ろすが、彼は怯まず落ち着かせるように言葉を続けた。


「恐らく、私たちが出ていかずとも彼らは…。」


 トンネルのすぐ傍で、TNCのカメラマンに無線を飛ばしているサラはトンネルから出てきた2人の後ろ姿に、汗ばんだ拳を握りしめていた。


「あれが、Voidの犯罪者予備軍……」


「違うよサラ。あれは“新しい主役たち”さ。さて、反応はどうだ?」


 2人の異様な並びに視線が集中しはじめたその時だった。


「まってください……まだもう一つ熱反応が…」


 2人の異端。


 そのさらに奥で、もう一つの影が姿を現す。


 ただ、"彼女"がそこに現れただけで、空気が引き締まった。

 観衆の冷たい視線。コソコソと話す声。その全てを黙らせたのはその異色の存在だった。


 2人の後方にもう一人、ゆっくりと姿を現したその女。


 風に巻かれた腰まである長い黒髪は、陽光すら吸い込むような深さ。

 そこからわずかに覗くのは、金色の眼――


 風で靡いた黒髪で表情は見えず、すべてを射抜くような猛禽類のような薄暗い威圧の籠る眼差しは観衆を貫く。制服は一切の乱れなく着こなされ、黒い長手袋が肘の高さまでを覆っている。


 2人の後を続き、ただ黙って階段を下りてくるその姿には、淡々としていて言葉も動きもないというのに人々の目を惹きつけて離さなかった。


「きゃーー!!お姉様が来たわっ!!」


「チッ…俺より目立ちやがって。クソのっぽ」


 ただ、そこに存在しているだけで空気を変えたその圧に、カメラマンは無意識に焦点を合わせ、全観衆の視線が引き寄せられていく。


「……フーン、悪くないネ」


「ならば、僕たちの役目は世界に“その名前”を刻ませることだ」


 彼はサラが用意したマイクを取ると、司会者の役目を無遠慮に塗り替えた。


Ladies(レディース) and(アンド) Gentlemen(ジェントルメン)!!――続いて登場するのは、“地の底”より這い上がってきた者たち!』


『かつて地上を知らず、ただ生き延びるために戦った彼らが、いま、正義の名のもとに――』


『Voidから這い上がった“Vorder(ヴォーダー)”の名を背負う!』


 広場全体が、一瞬凍りついたように沈黙し――


 次の瞬間、


 野次、驚嘆、怒号、称賛、ブーイング、カメラのフラッシュ。


 全ての音が一斉に、爆発するように溢れ出した。


「……いいねぇ。混乱は最高のエンタメだよ」

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