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AionioS  作者: 無日
第二章:秩序の側に立つもの

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第18話:落ちた雫

 気付けば比翼町(ひよくちょう)の境界標識が視界の端に映っていた。

 あの青年を追いかけているうちに、こんなところまで来ていたようだ。


 高層ビル群の隙間に張り巡らされた空中歩廊が、夕光を受けて淡く光っている。

 街と街を結ぶ幹線道路には、帰宅を急ぐ人々の流れ。

 上空では小型輸送機が低い航路を横切り、都市の呼吸音のような低い駆動音が絶えず響いていた。


「地図を確認して…っと…よし」


 メディアは避けたいところだが、あの騒ぎの後ということもある。

 バイクの場所までかなりあるが、街のパトロールにもなることだし、安否を確認しながら歩いて戻ることにした。


 破壊された建物はないか。

 不安げに空を見上げる市民はいないか。


 街の電光掲示板に流れる速報の文字。

 それに群がる人々の表情を横目で追いながら歩いた。


 ドンッ


「…!おっと、すまん!大丈夫か」


「……」


 すれ違う人にぶつかるも、振り返りもせずに歩いていく。


 それでも、視線が合えば軽く会釈をする。

 子どもがこちらを指差し、小声で「さっきの人だ!」と囁く。

 それに気付かないふりをするのも、仕事のうちだ。


 結局、現場のキーパーへの報告、簡易ヒアリング、メディアの押し問答。気付けば、恒星はネクサリスの浮島の影に沈みかけ始めていた。


 ……正直に言うと、また道を間違えたのもあるんだが。


「しまったな。……まぁ、道を間違えた分、パトロール範囲が広がったって事にしよう。いいことだ…いいこと」


 そう、伸びをしながら独り言ちて、たどり着いた頃には時刻は17時32分。

 いくらメディア対応、パトロール中、慣れない街だからといって時間がかかりすぎた。


 家に帰ったら、方向音痴が治る方法をまた調べてみないと。


 四境街の入口に停めたままだったホバーバイクは、夕光を反射して静かに待っていた。

 跨がると、体重で地面に沈み込む。


 起動キーを差し込むと、低く、唸るような起動音。

 重力制御リングが青白く発光し、車体がふわりと浮き上がる。

 スロットルをひねると、足元の振動が一気に滑らかな推進力へ変わった。


 路面すれすれを滑る感覚。

 タイヤは接地していないのに、都市の凹凸がわずかに伝わる。

 身体が後方へ引かれる感覚と同時に、景色が後ろへ流れ出す。


 遠く、ミレリスの空が二層に割れていく。


 ミレリスの夕焼けは、まるで都市そのものが燃えているかのようだ。

 下層は黄金にも思える茜色、上層は澄み渡る青。

 その間に、ネクサリスの浮島群が静かに漂っていた。


 子供たちの笑い声、学生の弾む会話、主婦たちの密談に、再会を喜ぶカップル。

 それを聞きながら見上げる空は普段よりも暖かく、美しく見えた。


「帰るか」



 ✧✧✧



 アクセルを緩め、オーダー機関本部の敷地へ滑り込む。


 鋼鉄製の駐車ゲートが夕焼けを反射して鈍く光る。

 識別信号を受信すると、黄色いラインが青へ変わり、無機質な駆動音と共にゲートが左右に開いた。


 敷地内に入ると、外界の喧騒が一段落ちる。


 指定スペースへバイクを滑らせ、起動キーを抜くと、車体が静かに地面へ沈んだ。

 降りる際、ボディアーマーに黒ずんだ血が付着しているのに気付いた。


 指で払う。乾いた血片がぱらりと落ちる。

 それだけで、今日の戦闘の重さが一瞬だけ蘇る。


 自動ドアが開き、ロビーを抜けると、カウンター越しにマーラが顔を上げた。

 その目は、次に出る言葉を予測できるほどキラキラと輝いている。


「テレビ見たわよ〜!屋上でヒーローやってたじゃない。遠目だけど、テレビにしっかり映ってたわ」


「茶化さないでくれ…。メディア対応なんて訓練校の時から苦手科目だったんだ。現場にでてもいまだに慣れない…」


 カウンターに肘を付き、天窓から伸びた陽の光を受けてキャラメル色に輝く短く硬い髪をかきあげる。

 マーラは疲れを隠しきれていない彼を見るなり、噂好きの笑みを浮かべ、タブレットを操作し始めた。


≪【速報】四境街(しきょうがい)の猟奇的ショー、オーダーがパワーで解決 SNSでは「ヒーロー」と賞賛の嵐 16:45配信(四境通信)≫


 『本日午後、中央区四境街のマーケットで発生した犯罪Novactor(ノヴァクター)による猟奇的ショーは、本部から出動したオーダーによって制圧された。


 事件解決の瞬間、Voxloop(ヴォックスループ)などのSNSでは「オーダー」がトレンド入り。「ほとんどモザイクかかってて、何起こってるか分かんなかった」「屋上からの突入美しすぎる」「四境街は事件が多いけど、オーダーがいるから安心して身を置くことができます。」といった投稿が相次いでいる。』


 マーラは鼻歌を歌いながら、画面をスクロールしていった。

 ネット記事のほとんどは、オーダーに関することや各区の気象情報、セレブや芸能人のゴシップ、スポーツの最新ニュースで埋まっている。


「照れちゃって。取材に応じればよかったのに。あなたの顔が中央区中に放送されるチャンスだったのよ?」


「次があったら考えとく」


 軽くあしらいながら、オーティスは首の通信機に指を触れ、任務完了処理を実行する。

 データ送信完了の青い表示が一瞬だけ浮かび、消えた。


「ふぅ……これでよし。じゃあ、俺はシャワー浴びて食堂で……」


 マーラは老眼鏡をかけ直し、肩をすくめ、思い出したように付け加える。


「あ、そうだわ!長官から呼び出しよ?『任務終了次第すぐ来い』って聞いてるわ」


「…またか…報告書だけ出して帰りたかったんだけどな……」


 軽く手を振り、エレベーターホールへ向かう。


「あ、なぁ、何の話か聞いて──……」


 だが、マーラは既にタブレットの中のゴシップに夢中だった。


 ホールには人影がない。

 夕刻の任務報告ラッシュはすでに終わったのだろう。


 ため息を吐き、パネルに指を触れると、冷たい感触と共に認証音が鳴る。

 透明なシャフトの向こう側を、別のエレベーターが静かに上昇していくのが見えた。

 都市の灯りがガラスの中で瞬いている。


 やがて、ひとつ上の階から降りてきた箱が、かすかな振動とともに停止した。


 パシュッ


 乗り込むと同時に扉が閉じ、密閉された空気がわずかに耳を圧迫する。

 エレベーターが上昇を始めると、街頭を初めとして、ビルの灯りが一つずつ点を打ち始めるのが見えた。


 ガラス越しに見えるミレリスは、すでに夜の支度を始めている。

 幹線道路は光の帯になり、空中歩廊には点灯した誘導灯が星の川のように並ぶ。


「……なんで、長官はいつも帰り際に呼ぶんだ」


 愚痴を漏らしながら、冷たい壁に背を預け、腕を組むと疲れを逃がすように目を閉じた。

 浮遊感と共に、今日の出来事が脳裏をよぎる。


 青年の傷。

 聖譜会の言葉。


 最上階に到着すると、電子音と共に扉が開く。

 廊下は無機質なグレーで統一されており、外界の色彩がまるで別世界のもののように感じられる。


 突き当たりには重厚な扉が立ちはだかっていた。

 扉の前に立つと、背後のエレベーターが静かに下降していく音が響く。


 わずかに息を吸い込むと三度ノックした。


「失礼します」


「入れ」


 扉が静かに開く。


 最上階の執務室は、照明を落としていた。

 室内の明かりは、壁面に埋め込まれた間接光と、窓の外から差し込む夕景だけ。


 奥の一面ガラス越しには、中央区の街並みが広がっている。


 その前に、ひとりの男が立っていた。


 背筋は真っ直ぐに伸び、両手は背後で組まれている。

 白髪混じりの黒髪は丁寧に撫でつけられ、皺ひとつないスーツを纏っている。


 ガラスに映る横顔には、深い皺。

 鋭い双眸は、都市全体を測るように遠くを見ていた。


 落ちていく夕日が彼の影を長く伸ばす。


 ――カルロス。


 オーダー機関創設初期から席を置く古株であり、現長官。

 かつては“鉄の指揮”と呼ばれた男。


 その異名は、戦場で部下を一人も無駄死にさせなかった冷徹さと、

 自ら最前線に立ち続けた狂気じみた責任感から来ている。


 足音に気づき、男はゆっくり振り返った。


「……テレビは見させてもらった。随分と華やかな舞台だったな」


「長官までやめてください…。任務は遂行しました。対象は聖譜会で確保済みです」


 カルロスはわずかに目を細め口元を緩めた。


「そうだな。お前は訓練生の時から、予想を覆す成績を残してきた優秀な生徒だった」


 静かな間。


「だが、今回は“噛み合った”だけ…違うか?」


 革張りの椅子へ腰を下ろし、指先を組む。


 淡々とながらも呆れたようなその言葉にオーティスは反論せず、静かに次の言葉を待った。


「相手のNovaが再生且つ、切り離すことができたからこそ、お前の『吸収』が有効だった。だが、仮に遠距離攻撃や精神干渉を使うNovactorが相手だったらどうだ?」


「……」


 室内の薄明かりの中でオーティスを見つめる。その瞳は、どこか疲れを孕んだ鋭さだった。


「あの任務は私の采配だ。以前から中央区の東側付近でスリ被害が多かった事は聞いている。聖譜会が直々に動くことも織り込み済みだった。彼らが取り逃がすのは想定外だったが」


 オーティスはわずかに表情を曇らせた。

 再生できる身体と、あのツギハギの服が、まるで生き様をそのまま物語っていた。

 不気味に笑うあの青年の顔と、緑色に濁る瞳が脳裏に浮かぶ。


「俺のNovaじゃ、限界がある…それは分かってます。ですが──」


「だからだ。」


「吸収し肉体強化に変えるという、身体操作系の中でも稀有なNovaを持ちながら、それを最大限活かせていない。バディを組め、オーティス。お前一人では、エネルギー供給の安定も限界がある」


「単独でも、やれます」


 食い下がるように、一歩踏み出してそう言った声には、揺るがぬ意志が宿っていたが、カルロスは即座に首を振った。


「やれることと、“続けられる”ことは違う」


「お前がオーダーになって、もうすぐ5年目だな。候補生時代から“将来の赤タグ候補”と囁かれていたというのに、実際には、今の階級は“青”のまま。もちろん、実力の問題ではない。単独での任務が足枷になっているんだろう」


 長官は立ち上がり、手元の端末を操作して言う。

 画面には中央区所属のオーダーの記録が一覧となって流れている。


「この二年、何人とバディを組んできた?最長でも三ヶ月。どれも短期で解消された」


 オーティスはわずかに目を伏せる。だがその拳は、無意識に握られていた。


「お前のNovaは、単独で完結するものじゃない。共に戦うことで輝くNovaだ」


 暫くの沈黙のあと、カルロスは指をとめ、どこか寂し気に息を吐き、デスクを横切ってオーティスの目の前に立った。


「───あの件を引きずってるのか。」


 落としていた視線が上がりカルロス長官と目が合う。


「………っ…それは…」


 喉の奥が掠れて出てこない。


「あれは事故だった。もう次にすすめ、オーティス」


 肩に置かれた古傷の残る手のひら。

 それがやけに重たい気がした。


「……忘れたら。俺は、もう何も背負っていないことになります。」


「誰の罪でもない」


 カルロスの瞳が、わずかに揺れる。それは長官の顔ではなく優し気な表情だった。


「背負うことと、縛られることは違う。…もし、この状態が続くなら、俺にも考えがある。その手を使わせるんじゃない」


 顔を上げると、カルロスはすでに中央区の街並みを窓越しに見下ろしていた。

 そこに夕日の輪郭はなく、夜へと変わっていた。


「以上だ。下がれ」


 扉が閉まり、離れていく音を聞く。

 カルロスは、窓の外を見つめた。


「……背負わせすぎたか」


 小さく、誰にも聞こえない声。

 夜のミレリスは、何事もなかったかのように輝いていた。

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