第16話:エンドロール
≪BEAKING NEWS! あなたの街の真実を映すTNCがお送りします≫
≪速報です!─現在、中央区四境街の上空から生中継しています!カメラが捉えているのは、逃走中の犯罪Novactorと思われる青年と、本部所属オーダーです!≫
ビルの大型映像スクリーンには、激しく揺れる空撮映像。
バババババ…というローター音や無線のノイズと共に女性キャスターの前のめりな声が街中に届く。
≪既に数名の通行人がなぎ倒され、軽傷を負った模様。引き続き中継映像をご覧ください!!≫
オーダーが躍動し、逃走者が腕を切り落とす瞬間──あまりに異常な映像に、街の人々がどよめく。
≪※この映像には過激な描写が含まれます。お子様はご視聴をお控えください≫
≪衝撃的な光景です!対象は高レベルの再生能力を持ち、逃走中のNovactorはトカゲのような力で…あ!今トカゲ男がビル街の裏通りに入っていきましたね!オーダーもそれを追うようです!!≫
「くそ……ッ!」
オーティスはビル街の立体交差を駆け抜けながら追う。
だが、路地と通気ダクトが複雑に入り組むこの区画は、影も多く、逃げ足の速い相手には有利だった。
そのうえ、あの血。
切断した瞬間に撒かれる血液は、視認する者に“生の恐怖”を植えつける。
子供に、見せるわけにはいかない。
「絶対にここで止める…!」
ビルの上層へと繋がる外部エレベーターを横目に、オーティスは腰のポーチから結晶を取り出した。
──デュナミス結晶。
この惑星にNovaという概念をもたらした原鉱石。
Novactorの体内を流れるNovaエネルギーと同質の力を蓄えている。
だが、実際のところ、一般車両をはじめとした家庭用電力などに使用されるのは、加工済みの結晶である。
原石のままでは不純物が多いため、掘り出した原石を粉々に砕き、混じり込んだ岩石や不純物を取り除く。
特殊な触媒液に浸し、純粋なエネルギー成分だけを化学的に分離・抽出、さらに抽出された成分を、用途に合わせて加工結晶やリキッドへと作り直す。
Elysionへの入植当初は加工技術が未熟で、原石のエネルギーを使い捨てているに等しかった。
しかし、現在は技術革新により、たった1つの原石から、数千個もの加工結晶を製造することが可能となっている。
これは、エネルギー資源の枯渇を恐れた先代たちが、効率を極限まで追求した成果らしい。
人工的に封じ込めた結晶体。
本来、Novactorは自分の体内エネルギーを循環させて能力を行使する。だが――
オーティスの体内には、それが流れていない。
空っぽだ。
だから彼は、結晶を“補給”として使う。外部からNovaエネルギーを吸収し、それを身体強化へと変換することで戦う。
パキンッ
結晶を握りしめる。
ガラスが内側から割れるような音がすると同時に、眩い光がNova粒子となって手の中から体内へ駆け巡っていく。
低純度だが、壁を越えるには十分だ。
蓄えられたエネルギーは足先へと伝わり筋肉を膨張させた。
次の瞬間、身体が弾かれたように跳躍し、彼もまた壁を伝いながら屋上へと躍り出る。
ダッ…!タンッ!タンッ!
筋肉の膨張や跳躍力はエネルギーの純度により比例する。
結晶頼りに実現する跳躍力で高層ビルの外壁すら、一気に駆け上がった。
「…っと…、一跳びで残りはあと3本…コスパ最悪だな」
周囲を見渡すが、そこに人影はない。
風だけがコンクリートの縁を撫で、昼間の光が鈍く瞬いている。
「どこいったんだ?」
「粗悪品でもいいなら、俺様のをくれてやろうかァ?」
「……っ!!?」
背後から囁かれた声に、オーティスは反射的に距離を取った。
だがもう遅い。青年はすでにそこに立っていた。口元を歪め、刃を抜きながら。
青年の身体は、すでに再生を終えかけていた。
さきほど切り落とされた片腕は、半透明の膜に覆われながらも形を取り戻し、皮膚の下には血管の色が滲み、指先は再びマチェットを握っている。
そして――なんの躊躇もなく。
ズシャッ――!
自らの右腕を、今度は左腕で切り落とした。
視界に叩きつけられる残酷な光景と、痛覚など存在しないかのように笑う青年の、演出家じみた身のこなしに息を呑む。
だが、迷っている暇はない。切断されたマチェットを握った右腕が空中へ放たれ、まるで野生動物のように跳ねて迫ってくる。
咄嗟に身を伏せた。
「野良犬でも相手にしてる気分だな……!」
「ひでェなァ…俺様を犬扱いだとォ?」
刃が頭上を掠め、背後の換気ダクトを切り裂いた。金属音と共に火花が散る。
しかし、換気ダクトにマチェットが挟まったようだ。腕が踏ん張り抜けようとしている。
今のうちに無力化させてしまおう。
そう近づくも、別方向から左腕が跳びかかってくる。
休む時間は与えられない。
「っ…!次から次へとキリがない!」
だが、当の本人は退屈そうに屋上の縁に腰掛け、足をぶらつかせていた。
その血液に染まった衣服を整えれば、年相応の青年らしい動きだ。
肩口からは、切断されたはずの腕が、粘液のような膜をまといながら再生を始めている。
切り離された両腕は、それでも主の指示通り、生き生きと動き続けている。
「おーい!見てるかァ?地上の野郎ども!
あのお高くとまってるオーダー様が、這い出てきた余所者に翻弄されてる姿を映してやれ!!」
報道ヘリに向けて無い腕を広げる姿が生中継され、ビルに大きく彼の顔が映し出された。
腕部分は映らないよう、拡大された姿で。
「なにが目的なんだ!」
「はァ…俺様ばっかみてっと、足元掬われるぜェ?オーダー様ァ」
瞬間、右腕が突然、オーティスの脚を掴んだ。
動きが鈍る。その隙に、換気ダクトから抜け出した左腕が、マチェットを振りかざして首元へと跳びかかってくる。
避けられない。
ヒュッ
咄嗟に。
回転するように飛び込んできた左腕を両手で掴んだ。
目の前で、刃がぎらりと光る。首筋に食い込みそうになるが、力比べのように押し合い。歯を食いしばった。
「…っく…細いのに…力が強いな…!!だが、力比べで俺に勝てると思うな!!」
寸前で首を後退させ、脚を掴んでいるもう片方の腕を蹴り飛ばす。
そして、掴んでいた左腕を、そのまま地面に押し潰すように叩きつけた。
ガンッ!!!!
左腕が押しつぶされると、肌がどろりと溶けだし粘液のようになり、原型を留めない。
地面の中にしみこむようにして、そこにはマチェットだけが残る。
「チッ…あーあ。おもしろくねェ」
「はぁ…、切り離された分は打撃を与えれば消えるのか…なら問題ないな」
荒い息を整えながら、ポーチに手を伸ばす。
よし、一発殴って戦闘を終わらせよう──そう思った、だが。
──ない。
ポーチの中に、結晶がない。
視線を上げると、青年が三本の結晶を指の間に挟み、玩具のように弄んでいた。
「お探し物はこれかァ?さっきから反撃がねェから、ただのお人好しかと思ってけど、こんなもん隠してやがったとはなァ…」
冷や汗が背中を伝う。
いつ盗まれた?
〈粗悪品でもいいなら、俺様のをくれてやろうかァ?〉
「あの時か…」
「お前、俺様と同じ身体操作系だなァ?でも、結晶頼りのただの肉体強化?Novaも弱ぇくせにエネルギー量もねぇとかただのザコじゃねェか!!ヒャハハハ!!!!」
青年は高笑いをし、結晶3本を片手で弄ぶようにしたが、
「っ……おい!!!」
カツン――
「あ!!!しまっ…たァ!大事な大事な石ころ…手を滑らせちまったぜ…ごめんなァ…?」
煽るように長い舌を出し、下手な演技じみた挙動。
結晶が青年の指の間から落ちた。
硬質な音が遠くで響き、粉々になったガラスのような音がする。
下では、人々が端末を構え、悲鳴とざわめきが混じった声がここまで響き、空には報道ヘリのローターが、空を切り裂くように漂っていた。
戦闘手段が、消えた。
だが青年は攻撃してこない。
代わりに、余裕たっぷりの笑みでこちらを見下ろす。
「あれェ?もう逃げるしかねェぞ?さっさとトンズラこいて逃げやがれよ」
30分前にオペレーターへ連絡したとき、付近にオーダーはいなかった。
いま応援を要請したところで、到着は最短で10分後。
逃げられる。
結晶がなくなることなんて、今まで何度もあった。
傷だらけになったことだって、数えきれないほどある。
──その選択肢が頭を掠めることはない。
フッと笑みが口角に滲む。
「…逃げるだと?俺にその選択肢はない!!!」
次の瞬間、彼は恐れも躊躇もなく、一直線に青年へと突っ込んだ。
「は……はァ!?」
青年は、てっきり逃げるものだと思っていたのだろう。
目を見開き、声を上げる。
無謀と言える。
だが、オーティスの中で一つ確信ができた。
突然の突進が生んだ隙は大きかった。
青年は屋上の縁に追い詰められ、バランスを崩しながらも、縁を伝って逃げるように屋上中央へと回り込みながら走る。
「お前、Dualかよ!隠し持ってやがったのかァ!?」
「俺がDual?そんなわけあるか」
舌打ちし、再生途中の腕をぶら下げたまま。
その歩き方は、どこか不自然で、ぎこちない。
よく見れば、再生された腕は、微妙に長さが合っていない。
関節の位置がズレ、皮膚の色もまだ安定していない。
“完璧な再生”ではない。
振り返り、息を整えながら相手の身体を観察する。
「お前…再生はできるが、制御が追いついていないな?」
「…あァ?」
「再生するたびに、動きが鈍くなってる。体の整合性が崩れてる。限界があるんだろ」
青年の表情が、一瞬だけ歪んだ。
「黙れ……ッ!」
マチェットで再び腕を切ろうとするが、その動きは、すんでのところで止められた。
オーティスが腕を掴み、マチェットを振り落とさせたのだ。
カラン、と乾いた音を立てて刃が遠くへ落ちた。
「痛覚がなくても苦しいのは変わらないだろ。これで終わりだ!!」
だが。
「クソが…説教かよ。」
青年は俯きがちにぽつりと消え入りそうな声でつぶやくと、バッと顔を上げた。
「はッ!引っかかったな!!」
視界から消えていたもう片方の右腕が、換気ダクトで刃こぼれしたマチェットを握ったまま、オーティスに向かって飛び込んできた。
あの腕が、体から離れても動き回ることができる理由。
胴体の捻りもなしに踏ん張ることができ、意思を持つように攻撃性を持つ。
──答えは一つしかない。
オーティスは、飛び掛かってきたその蠢く右腕を、青年から目を逸らさないままに片手で掴み取った。
さっきは両手でやっとだったはずなのに。
切り離されているというのに、脈動は強く、皮膚は暖かい。
そして、皮膚の下から、はっきりと何かを感じる。
「切断されても動く腕。流れる血液はほとんどない。動く理由なんか一つだよな。身体から切り離された手足にも、Novaエネルギーは流れてる」
つまり──吸収ができる。
「離せ!!!くそ……このバカ力が!!!!」
「俺のポリシーに反するが、切断された腕なら……問題ないはずだ」
オーティスの腕が緩み、青年は本能的に後ずさった。
切り離された片腕から、流れ込むように皮膚の奥を熱が這い、心臓が一拍だけ強く跳ねる。
指先から、腕に吸収を始める。
金色の光が脈動し、刻を映す瞳がわずかに光を宿す。
体を駆け巡る熱を落ち着かせるように彼は長く息を吐き唸る。
「はァ!?マジかよ……」
吸収された片腕は地面に落ちたと同時に消え、足元のマチェットを足で弾くように遠くへ蹴り飛ばす。
「──補給完了。最終ラウンドだ。」
身体の奥から沸き上がる熱を、拳に込めながら関節を慣らす。
拳を包み込む力が弾けるように広がり──
「今のうち、覚悟しとけ」
そして、高く跳躍した。
屋上の上空、恒星の光を背に、オーティスは拳を構えた。
逆光を背に空を裂く姿は、まるでヒーローそのもの。
──リングに立つチャンピオンだった。
ゴォッ!!
拳が、落ちる。
「…あァーあ、これでシマイかよ」
劇の幕引きにはいつも、ヒーローが必要だ。
悪役は倒れ、観客は拍手喝采。
俺たちなんて、最初からエンドロールに名前も乗らねェ。
オーティスの拳が唸りをあげて炸裂した。
渾身のストレートは青年の顎を撃ち抜く。
ヒールの体は空中を舞い地に落ちると、地面を削りながら壁際まで滑っていく。
幕の下りた舞台の上で、道化はピクリとも動かなくなった。
喜劇は乗っ取られ、ゴングも鳴らずにKOは決まる。
煙のように軽く、紙くずのようにあっけなく。
壁際で動かなくなったその姿に、もう"ショー"の続きを望む観客はいなかった。




