第15話:尻尾切り
柔らかな拍手と安堵の空気が広がる中、母親に軽く会釈し、状況が完全に落ち着いたことを確認してから一歩下がった。
「本当に助かったよ!!商品は…まぁ使い物にならなくなったっちまったけどなぁ…商売上がったりだぜ…」
「さすがオーダーさんね!」
そんな声に囲まれながら、彼はふう、と小さく息を吐く。
「助けてくれたのは息子さんなんだけどな…。それじゃあ、仕事に戻るか」
そう呟いた瞬間、袖を引かれた。
「ねぇ、兄ちゃん!」
見下ろすと、先ほどの子どもが両手を広げてこちらを見上げている。
「肩車して!あと写真!!学校の友達に自慢すんの!」
母親が肩を抱き、慌てて止めようとする。
「こら、そんな…!オーダーさんもお仕事中なんだからいけませんっ!」
「大丈夫ですよ。どちらにせよ、聞き込みが必要だったからな」
オーティスは軽く微笑み、少年をひょいと持ち上げた。
想像以上に軽い体重が肩に乗る。
「やべぇ!たけぇ……!」
少年は嬉しそうに声を上げ、オーティスの短く硬い髪の毛を掴んで遊び始める。
くるくると結ぼうとするその指先に、周囲の市民が思わず吹き出した。
「ちょっと…オーダーさんの髪いじっちゃいけないわよ…」
母親が赤面しながら声を上げるも、子どもはお構いなしで、遊び相手にされている本人は気にする様子もなく視線を周囲に巡らせる。
「ところで…、この辺りで不審な人物を見かけた人はいないか?盗みをする奴らしくてな。ローブを着てて、17歳くらいの若いやつらしい」
ざわめきが一瞬だけ静まり返る。
「不審者……?」
「さっきの騒ぎ以外は特に……」
「金属が飛んできたのが一番の事件でしたよ」
誰も心当たりがないらしく、首を横に振る人ばかりだった。
「そうか、ありがとう。なら、この辺りで情報を聞き出しながら捜索するしかないな」
オーティスは静かに頷き、首元のリング型通信機に指を当てる。
ホログラムが空中に投影され、任務データが展開された。
≫≫ ターゲット照合
≪ name ≫:非該当(no-data)
≪ sex ≫:male
≪ age ≫:16-18(estimated)
≪ size ≫:165-170cm / slim
≫≫ status : 追跡中...
「これに加えて、四境街での目撃情報ではシャツに赤い染みあり…。負傷者がいればそう報告があるはずだ…別のやつなのか…?」
最後の目撃情報からしばらく経つ、もう着替えてる頃だろう。
任務データに表示された顔写真は、監視カメラからキャプチャしたものらしく、解像度が低い上にブレていて当てにはならない。
輪郭も目元も曖昧で、街中ですれ違っても気づけるかどうか怪しいほどだった。
「よし。ありがとう、もう大丈夫だ」
そう言い、子どもを下ろそうとした、そのとき。
「兄ちゃん、あれじゃねーの?」
頭上から、無邪気な声が落ちてきた。
「え?」
オーティスは思わず足を止める。
「ほら、あそこ。こっち見てるやついる」
小さな指が、通りの向こう側を指し示していた。
行き交う旅行者や、大きな荷物を抱えた労働者たちに紛れて、
人波に呑まれず、こちらをじっと見つめる影。
暗がりに溶けるような黒いコート。
細身の体。
緑に染められた伸ばしっぱなしの髪は、無造作に一つに縛られている。
視線が間違いなくこちらを捉えていた。
胸の奥で、静かに警鐘が鳴る。
ホログラムに表示された特徴と、ぴたりと重なった。
「ありがとう。母さんのところに戻ってろ」
「え〜!もう終わり?つまんねーの」
「ああ。次は大事な仕事だからな。あ、あと君。鉄棒でプロペラごっこはしちゃダメだ。いいな?」
「はーい……」
叱るように軽く目を細め、釘を刺した。
少年は拗ねるようにしつつも、どこか嬉しそうに唇を尖らせ、撮影したオーダーとのツーショットを画面越しに見つめている。
母親がその小さな肩を抱き寄せ、不安そうにこちらを見上げた。
「…オーダーさん?大丈夫なんですか?」
「任せてください。市民を守るためのオーダーです」
グローブの緩みを伸ばしながらそう答えると、視線はあの青年へと向き直り、足は自然と前へ踏み出していた。
「………」
だが、人の影に紛れるその青年は、オーティスが追ってくることが分かると、口元を薄く引き伸ばし不気味に笑う。
瞬きをした、次の瞬間には身を翻し群衆へと溶け込んでいった。
「…あれだな」
そう確信があった。
「すまん…通してくれ…!おい、止まれ!!」
人波を裂いて走るオーティスの視界に、再びあの青年の姿が映る。
血濡れたシャツ、背中に二本のマチェット。通行人が悲鳴と共に道を開けていく。
間違いない。
赤黒いフードコートを羽織り、その裾を風になびかせながら、青年は看板を蹴り、露店のテーブルを跳び越え、路地へと消えていった。
「逃げ足が早いな……!」
オーティスの耳には、警報音、シャッター音、誰かの泣き声が混ざり合って響いていた。
人込みを抜け、路地まで追いすがろうとした瞬間、青年が振り返る。
「捕まるかよ!せっかく逃げ出してきたんだぜ!?もっと遊ばねェと面白くねェだろ!!」
口元を薄く伸ばすように歪めると、道行く通行人の腕を引っ掴み、次々にオーティスの進路に突き飛ばしていく。
「きゃあっ!ちょっとなんなの!?」
「どわ!おい、危ねえだろ!」
「……ん?財布がない!待て!!そいつスリだぞ!!捕まえろ!」
転倒する市民、手を振り払われたサラリーマン、宙を舞うショッピングバッグ。
「ッハハ!!通行人ってのも、舞台装置に使えるぜ?ショーに必要なのは緊張感だ!!」
「…っ…!市民まで巻き込む気か!」
オーティスは反射的に人を受け止めると、すかさずビルの壁に身を伏せて避難させる。
狭い路地へ追い詰めれば距離を縮められると思ったが、視線を戻せば、あの青年の影は小さくなっていた。
地面に積まれた段ボールも複雑に入り組みあった配管も障害物にはならず、室外機や飲み屋の看板の上をスキップでもするように、笑い声を上げながら飛び越えていく。
動きに迷いがない。
「地元の人間…分が悪いな…」
路地へ飛び込み、後を追う。
後ろに景色を置き去りにして、大きく足を踏み出せばあの影との距離は縮めることはできる。
やっと、路地から通りへ抜け、息を切らしながら広場へ視線を上げると、中心にいる彼を捉えた。
「見つけたぞ!!大人しく──…」
──その刹那。
ザシュッ
刃の音が空気を裂く。
待ち構えていた青年は、鈍い刃を振りかざして──自分の左腕を、肘の上からバッサリと切り落とした。
まるで、手品でも始まるのかと思うほど意気揚々とした素振りで。
周囲の人々が悲鳴をあげ、目を塞ぎ、オーティスもまた、その信じられない光景に喉がひきつった。
「…………っ…!?」
肉が裂ける鈍音とともに、血飛沫が霧のように舞う。
しかし青年はまったく表情を変えない。いや、口元は愉快そうに歪んでいた。
「さあ、第二幕のはじまりだァ!」
ゴロン、とオーティスの足元に転がった左腕。
靴先に冷たいはずの皮膚が触れる。
──指先がピクリと動いた気がした。
「……動いて…」
気のせいではない。
本能が殺気を感じ、咄嗟の判断で身を後ろに下げる。
ありえない。
「……っ…は!!?」
切り落とされた左腕が、意志を持つかのように飛んできたのだ。
ギリギリで身を捻ってかわすも、青年の高笑いが広場に響く。
「あーあ、ドッキリ失敗かよ。まさか交わすとは思ってなかったぜ。さっすがオーダー様。俺様みてェなNovaへの対策もバッチリ復習済みってかァ?」
青年は遠くから高らかに笑った。
「俺様のショーは、観客が悲鳴をあげてナンボなんだ!」
「お前も叫んでみろよォ!オーダー!!!!」




