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AionioS  作者: 無日
第二章:秩序の側に立つもの

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第13話:静かに動く都市

 この世界は

 常に、傾いている


 誰かが落ちるたび、誰かが目を逸らし

 その隙間に 罪は静かに堆積していく


 裁くためでもなく

 ただ、止めるためにその場に立ち続けた


 正義とは

 誰かを打ち倒すことではなく

 崩れゆくものを

 これ以上壊させないこと


 秩序とは

 冷たい規則ではなく

 誰かの明日を

 守り続けるための形


 光を持たずとも

 光の側に立つことはできる


 黄金に染まった片目で

 それでも彼は

 今日も目を閉じずに


 この世界を見ている

 目を覚ますと、天井の光が滲んでいた。

 冷たい汗が首筋を伝い布が肌に張り付く。

 心臓の鼓動がまだ夢の中にいるように重く響いていたが、現実はいつもより静かだった。

 締めつけられる感覚だけが、まだ喉の奥に残っている。


「………、…」


 オーティスは呼吸を乱したまま、天井を見上げ落ち着かせるように長く息を吐いた。


 夢の内容はどれも曖昧で、視界は霞んでいるというのに感覚だけは鮮明に蘇る。

 それを追おうとするたび、喉仏が上下し、喉の奥がきゅっと締まった。


 シャワーの湯気を抜けても、夢の痕跡はまだ首の内側に残っていた。

 すぐに消えるくせに、毎朝確かにそこにある“しこり”。

 ただ、それを気に病むほど繊細な性格でもない。


 濡れた髪を乱暴に拭ってバスタオルはドラム洗濯機に放り、軽く髪を撫でるとクローゼットからユニフォームを引っ張り出し、やや雑に身に纏っていく。


 オーダー機関の制服――黒と白を基調としており、シャツは男女で着用色が変わる。男性は黒、女性は白となっており、それに合わせてボディアーマーの色も対になっている。

 アーマーの重厚さとスタイリッシュな機能美を兼ね備え、アサルトスーツから発せられる威圧感はあるものの、曲線が多く使用されたデザインは親近感も同時に湧かせていた。


 布地までも、ギュネオスや犯罪Novactor(ノヴァクター)からの攻撃にも耐える高性能繊維で織られ、戦闘時の動きを損なわないよう精緻に設計されている。


 さらに、ユニフォームは着用者によってある程度のカスタムが許可されており、元素系を始めとして身体強化系のNovactor(ノヴァクター)の場合は伸縮性のある布地への変更を、精神干渉系Novactor(ノヴァクター)の場合はアクセサリーの着用を推奨している。


 オーティスについては、布地の変更とフィンガーレスグローブ、ポーチの追加、そして前腕のアーマー延長程度で、支援部の同僚からは「つまんないやつ」と揶揄われたくらいだ。


「ボロボロだな。メルさんの所へ行く前に取り替えておいたってのに」


 傷と劣化の酷いアーマーをクローゼットの隅に置いて、新しいアーマーを装着し、ポーチベルトを腰に取り付ける。腰のポーチへと繋がる斜めにくぐらせたベルトには、光沢の弱い金属タグが揺れている。

 この金属タグは、階級によって色が異なることでオーダーのレベルを表しており、主に黄・青・赤に分けられ青から赤へのグラデーションは、期待と昇格途中であることを意味している。

 

 スツールに放っておいたリング型通信機を首に装着し、大きく背伸びをした。

 ……が、伸ばした手が天井に当たった。


「…はぁ、引っ越すか。次からは天井の高さも条件にいれないとな」


 身支度は早々に済ませ、タワーマンションの自動ドアをくぐり朝陽に目を細めた。

 足を踏み出せば、靴底が光沢ある石畳に心地よく吸い付く。


「オーダーさんだぁ!」

「おはようございまーす!」


 学生の列に軽く挨拶をしながら、大通りへと向かう。


 透明な歩道橋が何層にも重なり合う都市を見上げると、そこには陽光を眩しく反射する曲面ビルに、空中庭園を抱えた歩道が街を鮮やかに彩っていた。


 中層域ミレリスではガラスや鏡が多く使用されているのだ。

 上層域の浮遊島は中央区へ降り注ぐ恒星の光を遮らないよう、時間帯ごとにプログラムされ、軌道的な動きを続けている。

 とはいえ、一定時間は光が遮られるため、ガラスや鏡で反射することで光を満たすのが理由だと訓練校の授業で習った。


 と、考えごとをしながら歩いているとオーティスめがけて何かが飛んできた。

 

ビュンッ!!


「…っ…!?」


 頬を掠めそうなギリギリのところで横に交わした。

 拳を握り直し、犯罪Novactor(ノヴァクター)からの襲撃かと身を低くしたが、どうも違ったらしい。


「またドローンか…」


 回転翼が8つの配達ドローンといえばONYX(オニキス)運輸のものだろう。小包を中心に忙しなく荷物を配達している。

 配達ドローンが一般市民にぶつかることなんて早々ないのだが、この身長のせいでよく天井、電車の入口、そして稀に配達ドローンにもぶつかりそうになる。


「あ!!ヤバ!すみませーん!大丈夫で………、オーダーの方でしたか……」


 配達員の輝くような笑顔がオーダーの制服を見るなりみるみる内に青ざめる。

 プロポを持ち、複数台のドローンを操作していたようだ。彼の元にドローンが集まって様子を伺うようにホバリングしている。


「あー…いや、いいんだ。俺も不注意だったしな…仕事の邪魔してすまん」

「い、い、いいえ!!大変申し訳ございませんっ!!僕が同時に3台操作できるかなって…調子にのったから…」


「この時期ってことは新人か?なら…まぁ、次からはドローンの高度を上げるよう注意してくれ。ないと思うが、万が一市民にぶつかるとまずいからな」

「はい…!あ、ありがとうございます!き、気を付けます!!」


 滝汗をかいて何度も頭を下げる新人配達員に軽く手を振り、その場を気まずげに離れる。

 背後から先輩配達員に小突かれてそうな音が聞こえた気がしたが、それは聞かないことにした。


「もう少し厳しくしたほうがよかったか…?」


 人々はそれぞれの速度で動き、電子サインが宙を踊る。

 街並みはすでに目を覚まし、ミレリスは光と音と人波で満ちていた。


「前が見えるのは助かるな」


 そう呟いて、彼は群衆を見下ろす。

 伸び伸びと育った背丈は、こういうときだけは得に思える。

 行き交う人々の会話、遠くで列車の発車時刻を伝えるアナウンス、中央掲示板に流れる最新の情報──すべてが都市の日常を形作っていた。


 彼の歩き方は、人混みの中でも一定のリズムを刻んでいた。

 肩がぶつかりそうになる前に一歩ずらし、急ぎ足の誰かの影を避け、滑らかに道を抜ける。

 地上に降りてからというものすべてが慣れた習慣になった。


 目的地は──中央区淡砂街(あわいさまち) オーダー機関本部。


 それは都市の中で暖かな存在感を放っていた。

 銀白色の巨大構造体。鋭角と曲線が交差する建物は、遠くからでも一目で分かる。

 機関本部は、まるで大地を割ってせり上がった巨大な刃のようにそびえていた。


 そこへと続く長いアプローチには人工水路が緩やかに流れ、常に新品のように磨かれたタイルが鏡のように足元を反射させる。犯罪Novactor(ノヴァクター)や不審者の警戒のため、警備ドローンが絶えずルート巡回しているものの、周囲の植栽が緊張感を解してくれるようだった。


 オーティスは正面の石畳の階段を登り、警備員に軽く会釈をしてセキュリティゲートへ向かう。

 ゲートを抜けると、まずは開放的な吹き抜け、植物の緑と白を基調にした内装、各部署へと繋がる無数の階段とエレベーター。

 微かに空調音が鳴り、隊員たちが慌ただしく動いていた。


「オーティス!帰ってきてたのか!」

「おう、昨日な」


 同僚たちに手を上げながら挨拶しつつ受付にたどり着くと、カウンターにもたれかかるようにして、彼女の凝視しているタブレットをチラリとみた。

 職員の名札には〈Mara(マーラ)/受付主任代理〉とある。


「おはよう、マーラ。今朝は面白い記事でもあったか?」


 きっと、またゴシップ記事でも読んでいるのだろう。

 オーダー機関本部は市民の出入りはあるものの、ほとんどは現場にいるオーダーが対応するため、受付の仕事は少ないと聞いている。


「さあねぇ…面白い記事なんて滅多に………んま!あらあら久しぶりじゃないの!!」


 オーティスに気付くなり老眼鏡を鼻筋に滑らせ、隙間から覗くように見上げるマーラ。

 タブレットをカウンターの下に置くと、期待していたように彼女の目元に細かな笑いジワが刻まれた。


「それで?D.R.Aでの協力任務はどうだったの?5日も行方不明だったなんて…ミレリスでも大騒ぎだったわよ?クララさんも心配してたんじゃない?」


「あの後直ぐに戻ったんだけど…ばあちゃんにはしこたま怒鳴られたよ」


「クララさんもああ見えて心配性だしね。ちゃあんと、たまには家に帰って顔を見せなきゃだめよ?」


「帰ると逆に鬱陶しがられるんだ。…とにかく、俺の叱られた話は置いといて任務をくれ。なにかないか?」


 少し気まずそうに後頭部を掻きながら答えると、マーラは身を乗り出していた体を背もたれに預けくすくすと笑い、斜めに立てかけられた端末を手際よく操作した。

 任務内容がオーティスの通信機に転送され、小さなランプが緑色に点滅し細かく振動する。


「まだまだ話足りないって言うのに相変わらずせっかちねぇ。さあて、戻って最初の任務内容は軽めにしとくわ。未登録Novactor(ノヴァクター)の確認と捕獲。聖譜会に引き渡す直前で逃げたって。まぁよくあることよね」


「任務レベルは?」


「低く設定されてるわね。でも捕獲対象はちょっと暴れたみたいだわ。念の為──…」


 マーラの言葉を遮り、オーティスは彼女の手からバイクの鍵を受け取る。


「了解。サクッと片付けてくるよ!」


 鍵を懐にしまい、オーティスは手を挙げて応じた。

 周囲の職員たちが軽く手を振って見送る。

 ここでは彼は“顔”のひとりだ。


 都市は今日も、静かに動いている。

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