第5話『世界が見てる』
夕方、スマホが震えた。
SNSの通知が、止まらない。アキラの動画が、また拡散されていた。
「#CleanDunkに、NBAのスター選手が反応したぞ!」
「え、これって本物の本人じゃん……」
ざわめくコメント欄に、アキラは目を疑った。
動画の冒頭。
画面の向こうで、見覚えのある男が笑っていた。
──トリスタン・ウォーカー。
NBA屈指のスラムダンク王。ユニフォーム姿のまま、カメラに向かってこう言った。
「Hey, Akira. I saw your dunk. Let’s play.」
短く、簡単な言葉だった。
でもそのひと言が、アキラの胸を貫いた。
あの選手が、自分の動画を見ている。
自分のプレイに、“Let’s play”と言ってくれた。
「やば……ほんとに……俺のこと見てる……?」
手が震えた。
スマホを持つ指先が、汗ばんでいた。
店を閉めかけていた八百屋のオヤジが、スマホの画面を見て唸った。
「おいおい、アキラ。お前、海外のプロに見つかったのかよ!」
「これはもう町の話じゃねぇな」「世界だ世界!」と、通りの人々が口々に言う。
ミオも駆けつけて、言った。
「これって……“あたらしいスポーツ”になったってことじゃない?」
拾って、跳んで、届ける。
自分がやってきた“CleanDunk”は、ゴミ拾いなんかじゃなくて、誰かの心を打つプレイになっていたんだ――。
アキラは静かにスマホを置いて、深く息を吸い込んだ。
「……トリスタンが見てるなら、やるしかないよな」
震えながらも、目に決意が宿る。
「世界に、見せよう。日本の町から生まれたバスケを」
翌日、アキラは商店街にある古い空き地に立った。
そこには新しいゴールがあった――ゴミ箱を取り付けた「CleanDunk専用ゴール」。
手作り感満載。木材と鉄くずの組み合わせ。でも、それがアキラらしかった。
町の人たちがスマホを構え、ミオが録画ボタンを押す。
「よーし、いこう!」
アキラは地面に落ちていたチラシを拾って、軽く丸める。
後ろに助走を取って、一気に加速。
風を切るステップ、跳躍――半回転して
背面ダンク!!
紙くずは、バスケット型のゴミ箱に吸い込まれた。
その瞬間、アキラはカメラに向かって手を挙げる。
「Hey, Tristan. Let’s play. Wherever you are.」
画面の中のアキラは、まっすぐだった。
誰にも媚びず、胸を張っていた。
投稿された動画は、瞬く間に世界中で再生され、
「#CleanDunkChallenge」としてバズを起こす。
トリスタンだけじゃない。
次々とプロ選手やインフルエンサーが「CleanDunk」に参加し始めた。
ニューヨークの街角、ナイジェリアの村、フランスの路地裏――
人々が、ゴミを拾ってシュートしていた。
どんな国でも、どんな言葉でも、やってることは同じ。
「拾って、跳んで、届ける」
それはもうバスケでも、ボランティアでもない。
**“心のままに動くプレイ”**だった。
その夜、アキラの父が食卓でぽつりと言った。
「世界が見てるんだな……お前のこと」
アキラは箸を止め、うなずいた。
「でも、見せるのはプレイだけだよ。言葉じゃなくて」
テレビから、どこかの国の少年が叫ぶ声が聞こえた。
「クリーンダンク!」
その発音は少し変だったけど、
その笑顔は、どこかで見た自分のようだった。