第4話『泣いてたのは、オレだった』
その日、町にはちょっとした熱気が漂っていた。
商店街の中心に設けられた特設コート。古いゴールの下には、アキラが取り付けた“改造ゴミ箱ゴール”が設置されている。
屋根の下にはベンチが並び、子どもたちが手作りの看板を掲げていた。
『第1回 クリーンダンク大会』
「町をきれいにするシュートで、キミもヒーローだ!」――そんな手書きポスターに惹かれて、今日は親子連れや高齢者、学生たちまでが集まっていた。
アキラは、緊張していた。
もともとこういう目立つことは苦手だ。バスケをやめたのも、あの怪我のあと、チームに迷惑をかけたと思ったからだった。
けれど、今日だけは――逃げたくなかった。
ゴミを拾って、みんなで笑って、最後にダンクを決める。
それだけの遊びが、いつの間にか町の“誇り”になっていた。
「第3組、準備お願いします!」
スタッフの声に応えて、子どもたちが空き缶を集めながらスタンバイする。
横の屋台からは、揚げたての唐揚げの匂い。
アキラはふと、観客席の端っこに座るひとりの老婆に気づいた。
――祖母だった。
施設に入っていたはずの祖母が、誰かに付き添われて、車椅子に座っていた。
「ばあちゃん……」
祖母・ハツエは、アキラの一番のファンだった。
小さい頃から、試合になるとどこにでも応援に来てくれた。
でも、数年前から記憶が少しずつ薄れ、今では自分の名前も忘れることがある。
そのハツエが、前のめりになって叫んだ。
「アキラ! アキラの番よ! 早くダンクを!」
アキラは息を飲んだ。
誰よりも自分の“プレイ”を見てくれた祖母が――今も、心のどこかにその記憶を持ってくれていたのだ。
「ばあちゃん、オレ……」
喉がつまる。
声が出なかった。けれど、祖母の瞳はまっすぐだった。
「アキラは、ダンクが得意なんよ。あの子は、空を飛ぶんよ!」
記憶が曖昧になっても、
孫の笑顔だけは、心に残っていたのだろう。
アキラは、胸に熱いものが込み上げてくるのを感じた。
目元がじわっと滲んで、前がかすむ。
「……ありがとう、ばあちゃん」
涙をこらえて、深く息を吸い、足元のトングを握る。
落ちていた紙コップとペットボトルを拾い、全身で助走をつける。怪我してない方の足で
――ジャンプ。
体が空を切る。
ゴールへと伸ばした右手がゴールにダンク!
ペットボトルがゴミ箱ゴールに叩きつけるように決まった。
会場がどっと沸いた。
子どもたちが「うわー!」と叫び、大人たちが拍手する。
だけどその中で、一番大きく手を叩いていたのは――祖母だった。
「アキラ! やったねぇ! すごかねぇ!」
アキラは堪えきれず、目をぬぐいながら笑った。
その時、心の奥で、何かがほどけた気がした。
自分は、何も失っていなかった。
バスケをやめても、夢を変えても、
“プレイすること”だけは、今も変わらずここにある。
イベントが終わり、帰ろうとする祖母に、アキラはそっと近づいた。
「ばあちゃん、来てくれてありがとう」
祖母はにこりと笑って言った。
「……あんた、誰やったっけねぇ」
ああ、もう記憶は戻ってないんだ、とアキラは微笑んだ。
でも、それでもいい。
さっきの言葉と拍手だけで、もう十分だった。