第3話『拾う人の、理由』
朝焼けに染まる商店街の通り。
まだ人影もまばらな時間、アキラは一人で歩いていた。
背中にはトングとゴミ袋。
スニーカーの音が、静かなアスファルトに小さく響く。
「空き缶……あと、タバコの吸い殻……」
目線を落とし、しゃがみこむ。
膝はまだ痛むが、かまわなかった。ゴールに決めるためには、まず拾わなきゃ始まらない。
昨日は“#CleanDunk”の再生回数が1000万を越えた。
SNSでは知らない誰かが「これ、日本発らしい」「映画化しようぜ」と騒いでいる。
でも、アキラにとっては、今日も町を歩くだけの朝だった。
――その背中を、ひとりの男が遠くから見つめていた。
アキラの父、嶺井浩一。
スーツ姿。仕事前に、こっそり商店街に立ち寄っていた。
「……まさか、ほんとにやってるとはな」
離れていても、それが自分の息子だとすぐに分かった。
背丈と姿勢。黙々とゴミを拾う姿勢に、あの日のアキラの面影が重なる。
「あの時、止めなきゃよかったんだよな……」
父は、かつてこう言った。
「怪我したんだからバスケやめて、勉強しろ」
それは正論だった。
怪我をして落ち込んで成績も下がった、それでも部活を諦めない息子を見て、つい言ってしまった。
「夢なんか追っても、食っていけないんだよ」
アキラは黙って、自室にこもった。
あの日から、ほとんど会話はなかった。
だが今、目の前で――
息子は“夢なんかじゃないこと”に、全力を注いでいた。
ゴミを拾って、
ゴールに向かって、
「町をきれいにする」ことを、
まるでプレイするように楽しんでいた。
周囲の人々も、気づけば見ている。
八百屋の親父が「アキラ、今日もありがとよ!」と笑い、
通りすがりの主婦が「うちの子もまねしてるの」と微笑む。
父は、不意に胸が熱くなるのを感じた。
「……なんで、止めちまったんだろうな」
自分が守ってやれると、思い込んでいた。
それが、夢を折る言葉になった。
だがアキラは、折れていなかった。形を変えて、立ち上がっていた。
その時だった。
アキラがふと顔を上げ、父の方を見た。
「あれ……? 父さん?」
バレたか、と思いながらも、父は笑って手を挙げた。
「……ちょっとな。通りかかっただけだ」
アキラも、照れくさそうに笑った。
「……じゃあ、ちょうどいいや。ゴミ、一本決めてって」
父の手に、アキラがペットボトルを渡す。
「え、いや……俺は別に……」
「トング貸すから。フォームはテキトーでいいよ」
父は仕方なく受け取って、少しだけ構えた。
腕はぎこちなく、狙いもズレていた。
でも、アキラは言った。
「決めたら、町がちょっとだけ良くなる」
父は、小さくうなずいた。
そして――投げた。
シュッ。
袋に、静かに吸い込まれる。
周囲から、小さな拍手が起きた。
アキラが笑った。父も、笑った。
「……ごめんな、アキラ」
それは、父が初めて口にした謝罪だった。
そして、息子の“プレイ”を初めて認めた瞬間でもあった。
「いいよ。こっちのほうが、得意だったし」
太陽が商店街の上に昇っていく。
今日もアキラは、町を歩く。
父はその背中を、誇らしげに見守っていた。