第2話『ハッシュタグ・クリーンダンク』
アキラが作った“ゴミ箱バスケ”は、少しずつ町の中に広がっていた。
小学生が遊び半分でペットボトルを投げ、八百屋の親父が「ほら決めたぞ!」と自慢げに捨てる。
でも、それだけだった。派手な変化もなければ、世間に知られるようなこともない。ただ、町の人が少しだけ笑顔になるだけ。
そんなある日。
「……あれ、アキラ?」
声をかけてきたのは、幼なじみの花村ミオだった。
中学までは一緒にバスケをやってた。でも、高校は別々。今は美術系の高校に通っていて、SNSで“おしゃれな動画”をあげるのが得意らしい。
「何してんの?これ、ゴミ箱?」
「……まぁ、捨てるゴール、みたいな」
アキラが照れくさそうに言うと、ミオはゴミ袋を見てニヤリと笑った。
「じゃ、私も一本――決めていい?」
ミオは地面に落ちていた空き缶を拾って、少し下がった位置に立つ。そして――助走をつけて、ジャンプ。
クルッと体をひねって、空中でゴミをダブルクラッチ。
シュッ。
袋の中に、完璧に吸い込まれた。
「……ナイスシュートだろ?」
「ディフェンスいないのにダブルクラッチってw」
「動画、撮ってたから」
その夜。
ミオは“#CleanDunk”というタグをつけて動画をSNSに投稿した。
タイトルは
「町をきれいにするジャンプシュート、流行る予感。」
音楽に合わせて、ゴミ袋にきれいに決まるミオの“ジャンプ捨て”が映っている。
最初は数十件のいいね。
だが、誰かがリミックスして投稿し直し、それを見た誰かが「超かっこいい」とコメントし――
3日後、再生回数100万回を突破した。
「#CleanDunk」
――それは、瞬く間に世界中に広がった。
・タイの高校生がプラスチック容器をバックシュート
・アメリカの清掃員がゴミ袋を背面投げで決める
・スペインのバスケ選手が360°回転からの“ゴミ捨てダンク”
まさか、ただの“ゴミ捨て”が、世界の“プレイ”になるなんて――誰も思っていなかった。
アキラは戸惑っていた。
「なにこれ……」
でも、町の人たちは笑っていた。
ゴミが減っているのだ。子どもたちは「次、俺スリー!」といいながら空き缶を放り、
商店街の角では「シュート用のゴミあります!」という張り紙まで貼られていた。
その日。
アキラが学校帰りにゴールのメンテナンスをしていると、見知らぬ大人が声をかけてきた。
「……お前が“CleanDunk”の本人か?」
背が高く、日焼けした肌。目元をサングラスで隠している。だが、見覚えがあった。
「……え?」
「葛城ジュンヤ。Bリーグ。知ってるだろ?」
目の前に立っていたのは、日本代表のスター選手だった。
「お前の動画、見た。っていうか、連絡取りたくて、関係者総出で探したんだよ」
アキラは言葉が出なかった。ミオが口を開くより早く、ジュンヤが続けた。
「いいか、アキラ。お前……俺よりすげーな」
――その言葉は、まるでシュートみたいに胸に突き刺さった。
アキラは、ふと顔を上げて空を見た。
“バスケ”って、コートでやるものだと思ってた。
でも――こんなふうに、町でも、世界でも、誰かの心に“決まる”ことがあるんだ。
「ありがとう、ミオ」
「ん?」
「……なんか、ちょっと泣きそう」