第1話『捨てる、というプレイ』
ゴールリングは、錆びていた。
中学校の体育館裏。誰にも使われず放置されたそのバスケットゴールは、もうネットもなく、片方の柱は少し傾いていた。
嶺井アキラは、その前に立っていた。
右膝にはサポーター。手には、空っぽのコンビニ袋。
「……お前も、捨てられたんだな」
ボソッと呟いて、アキラは笑った。
自分もそうだった。バスケ部のエース。なのに試合中に靭帯を傷め、長期離脱。その間に後輩が頭角を現し、復帰の頃には「いてもいなくても変わらない」存在になっていた。
それ以来、ボールにも触れていない。
今日も帰り道、町中にゴミが散らばっているのが目に入った。
「やる気ないな、みんな」
そうつぶやいたとき、ふと脳裏にひらめいた。
散らばったペットボトル。足元の空き缶。手にしていたコンビニ袋。
「……あれに、決めてみるか」
アキラはゆっくりと歩き出し、ゴール下に立った。
中に空の袋を広げ、リングの下に結びつけてみる。少し工夫して、揺れるように吊るす。
簡易ゴミ箱ゴール、完成。
ペットボトルを一歩下がって構えると、ふと胸が高鳴る。腕が自然に、昔のフォームを思い出す。
膝に少しだけ力を入れて――投げた。
シュッ。
リングを通り、袋に吸い込まれる。
「……っしゃ。」
アキラはガッツポーズをした。誰もいない裏庭。だけど、妙に胸が熱くなった。
「これ、いいかもしれない」
次の日から、アキラは動き始めた。
自宅の工具箱から針金と古いネットを取り出し、壊れたゴールを補修。袋は丈夫なビニール製に変え、下にもゴミ袋をセット。
それを商店街の入り口、路地裏の角、団地のベンチ横にまで設置していった。もちろん、すべて無許可。
「ゴミ捨てるついでに、決めてもらえばいい」
最初は誰も見向きもしなかった。
だが、ひとりの小学生がペットボトルを持って、試しに投げた。
ポン。
決まった。
「やっべ、俺カリーじゃん!」
その日から、町の子どもたちが“ゴミシュート”に夢中になっていく。
ボール代わりにゴミを持ち、投げるたびに「入った!」「今のステップ見た!?」と騒ぎ出す。
アキラは陰からその様子を見ながら、心の中で静かにガッツポーズをした。
「決めるたび、町が綺麗になるんだ」
シュートするたびに、落ちていたゴミが消えていく。
ドリブルの代わりに、誰かが空き缶を足で転がす。
子どもたちはプレイし、大人たちはそれを笑って見守る。
その空気が、少しだけ町を明るく変えていた。
夕方。八百屋の親父が言った。
「なんか、…最近、道がきれいだな」
アキラはその声に、顔を上げた。
もう一度、あのゴールに向かって歩く。
膝はまだ完全じゃない。だけど、もう一度跳べる気がした。
手にした紙袋。風に煽られながら、アキラは力強く地を蹴る。
「……せーの!」
ダンク。
カシャ、と袋が音を立てて閉じた。
それが、すべての始まりだった。