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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。

この世で一番可愛い子

掲載日:2025/10/04

 隣の席の男子生徒が立ちあがる。ぼんやりしていたら自己紹介タイムに入っていたようだ。面倒だな、となんとなく隣に視線を向ける。

勝山(かつやま)のどかです。よろしくお願いします。特技はよく寝ることです」

「――」

クラスメイトが一斉に笑うと、勝山は頬をぽうっと赤く染めた。志田(しだ)は笑うなんてできなかった。できるわけがない。

 高校一年の春、この世で一番可愛い子に出会った。



 はっきり言って、面倒くさかった。学校も勉強も嫌だけれど、五歳上の姉から「行きなさい」と命じられたので渋々入学式に行った。両親の言うことを聞く気はないが、姉の命令は絶対だ。志田が幼い頃に仕事が忙しかった両親にかわり、姉が志田の面倒を見てくれた。だからどうしても姉には逆らえないのだ。

 ――素敵な出会いがあるかもよ。

 そんな冗談を言って送り出してくれた姉には申し訳ないが、そんなものがあるはずがない。一番の原因は志田の外見だ。よく言えば整っているのだけれど、不器用な中身に似合わず小綺麗な顔が昔からコンプレックスだった。見た目で判断されることばかりで、中身を見てもらえたことがない。告白されたところで、相手が志田の中身を好いてくれていたなんて一度もない。なんでこんな顔に生まれたのだろう。

 入学式はなんとかやりすごした。半分寝ていた。気がついたら解散になっていて、「やっぱり面倒くさい」と思いながら帰宅したのが昨日。今日はオリエンテーションが主で、クラスごとに学校内の施設案内があった。そのあとに教室に戻って担任の自己紹介がはじまったところで帰りたくなった。あくびを噛み殺して窓のほうを見ていたら、廊下側の隣の生徒が立ちあがったのだ。その顔を見て、時が止まった。

 特技が寝ることってなんだよ。

 こんなに可愛い子が隣に座っているなんて、まったく気がつかなかった。さすがに背景に花は飛んでいないけれど、周囲の空気がきらきらと輝いている。いや、輝いているのは勝山なのだ。

 細身で背が低く、志田と同じ真新しい制服が少し大きめなのがまたその小柄さを際立てている。はっきり言って守りたい。男子だということがまた信じられない。いや、女子でも信じられない。勝山以上に可愛い子など、絶対に存在しない。

 こういうときはどうするべきか。考えるがわからない。こんな経験は今までにないから、わかるはずがない。目が合ったので、いい印象を持ってもらうためにとりあえず笑いかけてみた。

「……?」

 不思議そうに小さく首をかしげた勝山は、控えめに微笑み返してくれた。

 かっわいい……!

 ここは自己紹介でいいところを見せて最上の印象を植えつけないと、他の誰に奪われる。というよりもう恋人がいるかもしれない。

「し、志田高俊(たかとし)です。特技は――――ありません……」

 せっかく恰好つけようとしたのに、声がうわずった。しかも勝山のようにぱっと浮かぶ特技がなかった。普段からもっといろいろなことに気を配って生きていれば、自分の特技がすぐに出てきたかもしれないのに。これではスタートラインにも立てない。

「かっこいー」

「彼女いるのかな?」

 こそこそとした話し声が聞こえてくるが、それは志田が勝山に聞きたい。彼女いるのか。彼女がいないなら彼氏はどうか。聞きたい。今すぐ聞きたい。だがさすがにがっつきすぎだ。

 ちらりと廊下側に視線を向ける。隣の席では勝山が少し笑っていて、思わず手を握り込んだ。結果的に掴みはよさそうだ。失敗万歳。

 オリエンテーションが終わり、選択科目の希望提出になった。どうするべきか。ここは素直になにを取るか聞くべきか。聞いていいのか。

「か、勝山……」

「なに?」

 可愛すぎないか⁉

 小声の返事に胸が詰まる。聞きたい言葉が喉に引っかかってうまく出てこない。

「あの、さ」

「うん?」

 聞け。聞くんだ。

 なにを取るのか聞くだけでいい。それなのに声が出ない。勝山の丸くて真っ黒な瞳に見つめられているだけで頬が火照り、手が震えはじめた。

「どうしたの?」

「な、なんでもない……」

 意気地なしの志田は聞けなかった。これから一年同じ選択科目を取っていれば毎日が幸せだったのに、と悔しい気持ちで、楽そうな科目をプリントの希望欄にがりがりと書き込んだ。



「志田くんも現代文演習B取ったんだね」

「あ、ああ」

 なんとなく取った選択科目がかぶった。奇跡だ。

 席は自由とのことなので、早く教室に来た順に選べる。

「へへ、隣いい?」

「っ……」

 なんだそれ。へへって。なに。

 思わず無表情になった志田に、勝山ははっとしたように顔の前で手を左右に振った。仕草のすべてが可愛すぎる。

「あ、ごめん。迷惑だったらそう言って?」

「……別に、迷惑なんかじゃねえよ」

 なんでこういう言い方するんだよ!

 せっかく近づいたスタートラインからまた遠ざかっている。自分の情けなさに歯噛みする。高一にもなって好きな子に素直になれないなんて、恰好悪すぎる。

「志田くんって恰好いいよね。なに食べてるの?」

「――」

 食べるもので変わらないだろ!

 発想まで恐ろしく可愛い勝山に、思わず無言になる。むしろ志田が聞きたい。なにを食べたらそんなに可愛い生きものになるのか。

「僕、牛乳が苦手だから背が伸びなかったんだ。やっぱり志田くんは牛乳たくさん飲んだ?」

「……関係ないだろ。背高くたっていいことねえよ」

 だからその言い方はなんだよ!

 自分が嫌になるが、言ってしまったものは取り消せない。ずうんと沈んでいると、勝山は気を悪くしたふうもなく「そっかあ」と微笑んだ。笑顔の破壊力は危険物以上だ。

「でもやっぱり身長もっとほしかったなあ」

 そのままでいい、と食い気味に答えそうになって言葉を呑み込んだ。落ちつけ自分。

 でもたしかに、小柄だとは思っていたけれど志田と並ぶとちょうど抱きしめやすそうなサイズだ。

「……」

 自分の妄想に恥ずかしくなり、頬が熱くなった。自爆してどうする。



「す、好きだ」

 鏡に向かって練習をしてみる。恰好悪すぎる。顔は真っ赤だし、手は震えているし、身体は硬直しているし。これでは告白なんてできるはずがない。

 勝山となんとか一ミリずつくらい距離を縮めて、仲のいいクラスメイトくらいにはなれた五月半ば。勇気を出して告白してみようかと考えた。

「いや、ここは『好きです』か?」

 ぶつぶつと言っていたら部屋のドアが開いて姉が顔を覗かせた。

「なにぶつぶつ言ってんの。うるさいよ」

「姉ちゃん、助けてくれよ!」

「なにを」

 現状を話すと、姉は腹をかかえて笑い出した。目に涙を溜めてひいひい言いながら笑っている。失礼すぎる。

「高俊、その見た目で今さらそんな可愛いこと言っちゃうの?」

「なんだよ、どういう意味?」

「だって……いや、面白すぎるでしょ。遊び慣れてますって顔してるのに!」

 また笑い出した姉に、さすがにむっとなる。でも聞き捨てならないことがある。

「俺、遊び慣れてるように見える?」

「見える見える。しかも相当慣れてるように見える」

「なんでだよ。俺誰ともつき合ったことねえよ!」

 姉は「もうやめて」と肩を震わせて床にうずくまった。そこまで笑うか。

 志田が不機嫌になったことに気がついた姉は、はあ、と大きく息を吐き出してから志田に手のひらを差し出した。

「写真」

「ねえよ」

「撮っておいで。あんただってその子の写真ほしいでしょ」

「なんて言って撮らせてもらうんだよ」

 もちろん、勝山の写真はほしい。でも理由を聞かれたら答えられない。まさか好きだから写真がほしいなんて言えないし、弟の好きな子が気になると姉が所望しているとも言えない。

「だって男同士で、引かれたらどうすんだよ」

「ふうん。男同士なわけね」

 こうやってひとつひとつ情報を取られていくのだ。姉に敵うと思うほうが間違いなのだが、少し悔しい。

「じゃあお姉ちゃんが一緒に行って写真撮ってあげようか?」

「絶対だめだ!」

「連絡先とか交換してないの? ビデオ通話してよ」

「ビ、ビデオ通話なんて……なに話せって言うんだよ!」

 勝山と連絡先は交換しているけれど、というかなんと勝山のほうから「交換してくれる?」なんて言ってきたけれど、いまだに友だちリストに入っている「勝山のどか」の文字を多幸感に満たされて眺めているだけだ。メッセージのやり取りもしたことがない。

 姉が眉を寄せてまた尊大に手のひらを出した。

「スマホ」

「……なにする気」

「私が連絡する」

「絶っ対だめだ!」

 そういうときに都合よくスマートフォンが机の上に置いてあり、姉にすぐに見つかった。

「どの子?」

「……勝山のどかって」

「え? メッセージ来てるけど」

「は⁉」

 慌てて姉からスマートフォンを奪い返し、画面を確認すると、本当に勝山からメッセージが届いていた。

「なんて書いてあったの?」

「よ、読んでいいのか……? いや、心の準備が」

「別にあんたに告白してきてるわけじゃないんだから、準備なんていらねーわよ」

「そ、そうか」

 震える指でメッセージアプリのアイコンをタップし、トーク画面を表示させるあいだは心臓が口から跳び出しそうになっていた。姉が覗き込んでくるのをよけて、まずはひとりで見るために部屋の角に移動する。これで背後は取られない。

『ご飯冷めちゃうよ』

「……え?」

 メッセージの内容に頭の中が疑問符だらけになり、その後浮かんだのはエプロン姿の勝山が夫の帰りを待っている様子だ。あまりに可愛いのに残酷すぎる。

「……」

 その場にしゃがみ込んだ志田に姉が近寄ってきて、画面を覗き込んだ。

「あら、家族と間違えちゃったのかな」

「そっか……そうだよな!」

「あんた、今なに考えて落ち込んでたのよ」

 言えない。けれど読まれた。姉はまた笑い出し、ひいひい言って豪快に笑っている。いっそ気持ちよくなるくらいの笑い具合だ。

「ほら、返信しなよ。『相手間違ってるよ』って」

「えっ?」

「えっ?」

 まさかそんなに堂々と勝山にメッセージを送れるなんて、想像もしなかった。毎日間違えてほしいくらいだ。

「えっと、『間違ってます』?」

「なんで敬語なのよ」

「だって緊張するだろ!」

「相手にあんたの緊張はわからねーわよ」

 姉がほらほらと言うので、仕方なく『相手間違ってる』とだけ送った。なんと返ってくるのかわからなくて怖い。どきどきしながら部屋の中をうろついていると、スマートフォンが鳴った。通知音ではなく、着信だ。

「どうしよう、鳴ってる!」

「出なさいよ」

「そ、そうか」

 ひとつ深呼吸をしてから通話ボタンをタップすると、スピーカーから勝山の声が聞こえてきた。耳もとすぎてどきどきする。

『ごめんね、寝ぼけててお父さんと間違えちゃった!』

「い、いや。大丈夫」

 大丈夫ではないのは志田の心臓だ。こんなに緊張したことは今までにない。

 電話とはどうするものなのかわからなくなり、自分からなにも声をかけられない。「ああ」とか「うん」だけ言っていたら、手からスマートフォンが消えた。

「もしもし? あ、私志田高俊の姉です。いつも弟がお世話になってます」

 姉が志田のスマートフォンを手にしていて、勝手に勝山と話している。慌てて取り返そうとするが、こういうときの姉の動きは素早い。

「ねえ、よかったらビデオ通話にしない?」

「なっ……」

 なんという贅沢なことを言っているのか。勝山と通話ができるだけでもすごいことなのに、ビデオ通話を求めるとは。

「あ、うん。切り替えるねー」

「なっ……」

 オーケーしたのか⁉

 姉に感謝したいようなしたくないような複雑な気持ちでいっぱいになった。せめて姉のいないところでふたりきりでビデオ通話を楽しみたいが、絶対に無理だろう。

『志田くんってお姉さんいるんだね!』

 画面いっぱいに勝山の顔が映り、心臓が止まりそうになった。

「あ、ああ。五歳上」

「女性の年齢をばらすんじゃないわよ」

 横からぱしっと叩かれ、勝山はそんな志田の様子に笑っている。やはりここは姉に感謝するべきかもしれない。

『僕はひとりっ子だから、お姉さん羨ましいな』

「羨ましいようなものじゃないけど」

 少ししたらなんとかきちんと話せるようになり、勝山と会話をしている自分に感動した。学校でのこと、志田と姉のこと、今日の夕食のこと――気がついたら長いこと話し込んでいた。

『ごめん。こんなに長く話しちゃった』

 申し訳なさそうに眉をさげた勝山に、胸がきゅうんとなる。可愛すぎる。

『そろそろ切るね。あ、そうだ。明日席替えだってね』

「は?」

『志田くんと席離れちゃったら寂しいな』

 席替えなんて聞いていない。いや、担任の話を聞いていなかったのは志田だろう。ずっと勝山を盗み見ていたから、そのときに通知されたのかもしれない。

『また席近いといいね。じゃ、おやすみ』

 スマートフォンの画面から勝山が消え、志田は力なく項垂れる。席替えのことをまったく考えていなかった。勝山に夢中で、そんなことは彼方遠くのことだと思っていた。

「ねえ、今のが高俊の好きな子?」

「そう。この世で一番可愛い勝山のどか」

「……地味じゃない?」

 がばっと顔をあげ、姉の両肩を掴む。

「誰が!」

「なんていうか、どこにでもいそうな……」

「あんなに可愛いやつがどこにでもいたらだめだろ!」

 いくら姉でもその発言は許せない。憤然として訂正を求めると、姉はにやあっと口角をあげた。

「そんなに惚れちゃってるわけね」

「――」

「席離れないといいねー」

 その夜は祈れるものすべてに祈った。眠れなかった。告白どころではなくなってしまったのは言うまでもない。



 そうして年月は経ち、奇跡的に二年、三年と勝山と同じクラスになれた。もちろん年度のはじまる前には寝ずに祈った。

 勝山は知れば知るほど可愛くて、見た目だけではなく内面まですべてが好きで好きで留まらない。毎日気持ちが膨らんでいく。

 でも三年生になって突きつけられる現実がある。進路だ。

 勝山と同じ大学に行きたいなんて言えない。告白する勇気が出ない志田は、いまだに勝山に密かな片想いをしていた。距離は縮んで、なんとか友だちの位置をキープできている。それで満足するべきか。

 さらに奇跡的なことに、勝山には彼女ができなかった。そのおかげで志田の寿命が延びている。

「よし」

 告白しよう。もう三年生だ。大学が離れ、泣いて残りの人生をすごすか、コンマ一の可能性に賭けるかで、後者を選んだ。



 翌日、学校に行く途中でメッセージが届いた。勝山からだ。

『今日の放課後、時間ある?』

 まさに告白をしようとしていたことがばれたのかとどきどきしながら、『ある』と返信する。すぐにスマートフォンが短く震えた。

『話があるから残ってもらえる?』

 了解のスタンプを送ってから、なんの話かと緊張しはじめる。もしかして密かに片想いをしていることがばれて、「もう友だちでいたくない」とか言われるのだろうか。または彼女ができたとか――。いろいろな想像が頭の中でまわり、叫び出しそうになるのを必死でこらえた。


 迎えた放課後。夕陽が照らす教室に残っていると、同じように椅子に座ったままの勝山が振り向いて目が合った。今は志田の席がある列の一番前が勝山の席だ。

「最初のときもこうやって目が合ったね」

「え?」

「一年のとき。緊張してる僕に、志田くんは笑いかけてくれたよね」

 過去を懐かしむような表情にどきりとする。夕陽が照らす表情はいつもどおり可愛いのだけれどどこか儚さも感じ取れて、拍動が激しくなる。見惚れるほどに可愛くて綺麗だ。

「あれから隣の席になることなかったけど、ずっと同じクラスで嬉しかったな」

「あ、ああ」

 この会話がどこに繋がっていくのかわからず、緊張がますます激しくなる。指先が震えているのを、手を握り込んで隠した。たとえ勝山に彼女ができたとしても、恰好悪いところは見せたくない。

「僕がずっと志田くんを見てたこと、気がついてた?」

「は?」

「僕、志田くんが好きなんだ」

 思考が停止した。なにを言われたのかわからず、頭の中で勝山の言葉を繰り返す。繰り返してもまだ不可解で、首をかしげる。

「な、なんて?」

「男同士で気持ち悪いよね。ごめん。でもどうしても気持ちを知ってほしかったんだ」

 自己満足でごめん、なんて泣きそうに言う姿がじわりと滲んで見えたかと思ったら、ぶわっと瞼が熱くなった。喉の奥からも熱く込みあげるものがあり、ぐっとこらえるが止まらない。漏れた嗚咽に、勝山は目を丸くした。

「え、し、志田くん?」

「っ……」

 涙が止まらない。恰好悪いのに、止まらない。

「ごめん。泣くほど嫌だった?」

「違う……違う」

 大きく首を横に振り、椅子を立つ。一番前の席まで行き、茫然と志田を見あげる勝山の正面に立つ。

「俺も勝山が好きだ。これからもずっとそばにいたい」

 せっかく告白したのに、涙が止まらなくて情けない。でも勝山は嬉しそうに微笑んで、志田の手を取った。

「ありがとう。これからもよろしくね」

「俺こそ……よろしく」

 この世で一番可愛い子が恋人になった。

 全世界の幸せを全部集めても、この幸福を表せない。


(終)

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