思考のイーゼル
僕は目の前にいる人の絵を描くと、その相手の思考がわかるらしい。描き込めば描き込むほどはっきりと。
子どもの頃はよかった。細かい感情はわからなかったが、みんな心の底からの笑顔だとわかったから。
描けば描くだけ、喜ばれた。僕もつられて笑顔になった。
岐路に立ったのは小学生の頃。隣の相手の似顔絵を描くという絵の授業。
『こいつの笑顔、気持ちわるいんだよね』
笑顔のその子は僕をはっきり嫌っていた。その日から僕は人を描かなくなった。
風景画だけを描くようになった僕は、あっという間に高校生になった。
美術の授業で、また同じように隣の相手の似顔絵を描く課題が与えられた。
仏頂面の僕は、なるべく手を抜くように線を少なめにして、名前すら知らない隣の女の子を描く。
『笑ったらえくぼができそうな顔だな』
互いの絵を見せ合うときになって、妙な思考が流れ込んだ。
見せてもらった彼女のクロッキーには、目にしたこともないような僕の笑顔が描かれていて。
家の鏡の中の僕は、相変わらず仏頂面。
どこまで描き込んでも、えくぼなんてできやしない。
『僕は彼女が好きだ』
ただ、自分からは逃げることが出来ないことを思い知るだけで。
でもきっと、人を描くことはもう怖くはないから。