彼に『匂い』を褒められたけれど……
彼とはネットで知り合った。
電車で片道3時間は『遠距離恋愛』っていうのかな?
「ネットで知り合った」っていうと、なんかいかがわしく思われそうだけど、趣味の詩のサイトだよ? 彼が書く詩が大好きになって、彼自身のことも大好きになって、あたしのほうから押しかけちゃったんだ。
初めて会った時はとにかく好印象!
日の暮れかけた駅前で、185センチの高いところから優しいメガネの顔が笑ってた。
それから一月で3回会った。
会えない日は寂しくて、ウズウズして、部屋では彼の写真を見て過ごした。職場でも彼の写真を見て過ごした。
あんまりしつこく電話したりすると嫌われるかも? って思ったから、我慢した。
そんなところに彼から電話やメッセージが来たら、飛び上がるほどに嬉しかった。
こんなに好きなんだから、この気持ちは永遠だって思えた。
どんな欠点もかわいく見えて、完璧な彼氏だって思ってた。
でも──
昨日、一週間振りに彼と会った。
あたしは週末がお休みだけど、遊園地でエンターテイナーをやってる彼は平日がお休み。
休みが合わないからいつもどちらかがバタバタ。仕事が終わったらすぐデートに向かう。
昨日は平日前の平日。あたしも彼もバッタバタ。あたしは17時に仕事が終わるとすぐに電車に乗った。彼も18時に仕事が終わったら車に乗って、お互いの中間地点の駅で待ち合わせ。
駅を出ると彼の青い車。ドアがゆっくり開いてメガネの優しい笑顔。
「ハァハァ……待った?」
「今来たところだよ」
優しい彼の笑顔。
でも……
不安だった。
仕事が終わってすぐ電車に乗ったから、シャワーなんか浴びてる暇がなかった。駅のトイレでウェットティッシュであちこち拭いただけ。
あたし……匂わないかな。
「さ、行こうよ。乗って」
助手席のドアを開ける彼の優しい笑顔。
あたしが乗って、ドアを閉めた途端、笑顔、消えないかな……。
「あれ?」
エンジンをかけようとした彼が、突然そう声を漏らした。あたしは慌てて先に自分から言い出した。
「ご、ごめんね……? 仕事終わってすぐ来たから、シャワーも浴びてないし、なんにもしてないの。……く、臭い?」
彼が笑い飛ばすように、言った。
「ううん? そうじゃなくて、君の匂いって、全然臭くないなあって、思っただけ」
嘘でも「いい香り」って言ってほしかった。