序章五話 午前十一時に正門前で
《ギルドカウンター》から〝クエスト〟を受けて、数十分が経過した頃。
アスナたちは〝アンチ・グリード〟と遭遇した時の事を考えて、念入りに出立の準備をしていた。
「…………」
一応、各自解散で買い物をしていたが。
理由は分かっている。
( 揉めてるんだろうな…… )
ヤマトは空を見上げ、《草影衆》の〝少女〟を思い浮かべる。
あの娘はアスナの事になると暴走する、《狂信者》なのだ。
「……はぁ」
一足先に集合場所である、エメラルド王国の正門前に着いたのは良かったけど。
ヤマトはもう、ため息しか出ない。
門番とか衛兵の視線がチラチラしてて、痛い。
そんな鬱屈な気持ちでいると、どこか聞き覚えのある声が耳に入る。
「……ヤマトくん!」
「……?」
思わずそちらの方に視線を移すと、ヤマトの表情が固まった。
「あれ?」
ここにいるはずがない、ヤマトの同級生。
「何で、ここにいるんですか? ノエルちゃん」
「……ふふ」
その問いかけに、優しく少女は微笑む。
その少女の名前は、ノエル・フォートナー。
短い水色のポニーテールと、大人しい印象を持つ顔立ち。
白い制服の上に、青いコートドレスと赤いネクタイを身に付けた。
魔法使いの様な優等生。
「そこの門番さんが教えてくれた」
「あ、なるほど。〝妨害〟ですね」
( これをしてくる辺り、エドゥの仕業ですね )
そう思い当たる人物に恨みを向けていると。
ノエルが少し申し訳なさそうな表情で、こんな事を聞いてきた。
「……ねぇ、ヤマトくん。また、〝お外〟に行くの?」
「……まぁ、部活動の一環ですからね。強くならないと、いけないですし」
少し言いづらい空気を感じるが、これは伝えないといけない。
「何より部費を稼がないと、アスナちゃんを守れないので」
「…………」
ノエルの表情が、僅かに揺れた。
「…………」
何に反応したかは、何となく分かる。
〝昔の自分〟だったら、あり得ない行動だから。
( ……ごめん、ノエルちゃん )
思い出す、〝昔の君〟を。
( 君を〝思い出させたら〟、きっと君は耐えられないと思うから )
ただ、微笑みを向けるしかない。
この《世界》で起きた事はずっと、《否定》されてきたから。
「……そっか」
「――――」
「……ヤマトくんらしいね」
ノエルが悲しそうに笑っている。
ヤマトの胸に、不安と葛藤が溢れ出してくる。
「…………ッ」
苦しい。
自分の感情が、抑えきれないと自覚してしまう。
( ……ダメだ。それは……! )
どれだけの嫌な記憶が、感情があろうとも。
あの小さな女の子が背負った“暗黙〟を、《否定》する訳にはいかない。
だから、思考を――――
「……あれ? ノエルじゃない」
「……ッ!?」
この、最悪なタイミングで。
「こんなとこで、何してるの?」
きょとんとしたアスナが、来てしまった。
「……アスナ、ちゃん……」
あの表情が怖いと感じる。
何か思い出しそうで、不安で堪らない。
「…………」
そんなヤマトの、ノエルの様子を見て分かった。
「……どうしたの、そんな顔をして」
「……え、あ……」
ノエルの気を紛らわそうと。
アスナはそっと微笑みかける。
「大丈夫よ。わたしが、ヤマトを守るから」
「…………」
とても、複雑そうな顔をしている。
何に思ったのかは、何となく想像できる。
「……アスナちゃん……」
ヤマトは動けなかった。
これで良いのかと、頭の中で叫んでいる。
後悔はしないのかと、心に訴えかけてくる。
だけど。
『――――――』
記憶が、《ユイコ》さんは《否定》している。
約束を《否定》していると、言っている。
だから。
「……僕は」
ヤマトは動けた。
「僕は大丈夫だよ、ノエルちゃん」
「……え?」
何でもないと微笑み、言葉を繋げた。
「必ず帰るよ。だって」
アスナを見て、思い出した事を告げる。
「ここが、僕たちの《居場所》だから」
今となっては、〝皮肉〟でしかない。
こんな《書き換えられた世界》は、本当の《居場所》ではないから。
「…………」
( ……ヤマト )
それはアスナも分かっていた。
理解していた。
だけど、それでも。
確かに存在していたんだ。
『――――ヤマトくん』
胸の奥にある、輝かしき〝思い出〟があったんだ。
『――――あはは』
いつも気にかけてくれる君を、巻き込ませない様に。
不安を見させない様に。
ヤマトは、この言葉を伝えた。
「それじゃ、行ってくるよ」
これは、《否定》する為の言葉じゃない。
一歩を踏み締める為の言葉だ。