8.こ、これ、お前の知り合い?
「こ、これ、お前の知り合い?」
最初にかすれた声を出したのは、アルマジロだった。
「それじゃ俺、お邪魔だろうし退散するわ。」
引きつり笑いをしながら立ちあがろうとするアルマジロを、わたしは地面に抑えつけた。一人で逃げ出そうなんて、絶対許さない。
意外なことに、アルマジロのお腹はやわらかく、毛も生えていて気持ちがいい。アルマジロのお腹に顔をぐりぐり押し付けながら、私は低くうなった。
「全っ然、邪魔じゃないから。」
「や、やめろよぉ! 腹は! お、おムコに行けないぃ!」
アルマジロの叫び声の向こうで、ゲラゲラ笑う声が聞こえる。
本当に、本当に気が進まなかったが、私はいやいや顔をあげ、後ろを振り返った。もちろんアルマジロに馬乗りになり、逃げ出せないようにしながらだ。
こ、こんな姿ぁ、ああぁ、だめぇ、などと、誤解を招きそうなうわずった声が聞こえるが、とりあえずまるっと無視する。
「あれ?」
しかし、そこにいたのは、あのもじゃもじゃした黒い毛のかたまりではなかった。
いや、ある意味そうなのかもしれないのだが……。
「あの——、どちら様ですか?」
そこにいたのは、牛くらいの大きさの、四つ足の生き物だった。尻尾がものすごく太く、長い。全身そうなのだが、顔のまわりは特に、もじゃもじゃした黒く長い毛に覆われている。顔の正面に2ヶ所、きらっと光る部分があるので、多分そこが目なのだろう。
これも確かに、もじゃもじゃはしている。だが、私が予想していたもじゃもじゃとは、ちょっと違う。
そのもじゃもじゃは、ゲラゲラ笑いを一旦おさめ、いかにも邪悪そうな低い笑い声をあげた。
「やだなあ。僕たちあんなに運命的に出会ったのに、もう忘れちゃったの? ショックだな。僕はきみのこと、片時たりとも忘れたことなんてなかったのに。」
「えっ、そうなのか?」
喘ぐのをやめたアルマジロが、きょときょとと無邪気に私ともじゃもじゃを見比べる。
「そういうんじゃないから。」
わたしは、アルマジロのおへそに指を突っこんだ。アルマジロは、再びあられもない声をあげ、身悶える。
「あんまり心当たりがないんですけど。あの白い壁の前でのことですか?」
黒いもじゃもじゃは頷いた。
「そうそう。あのとき、君と出会っちゃったから。ここに来てもらえたらいいな、って思ったんだよね。」
「今とずいぶん姿が変わったみたいですけど?」
「それは、ほら。僕、勝手に壁の向こうに行くわけにはいかないから。自分の毛を、こう、丸めてね、式をとばしてたの。」
もじゃもじゃは、もじゃもじゃの奥の目をにっこりと細めた。
「そしたら、きみが引っかかったんだよ。」
なるほど。確かにあの時のもじゃもじゃは、このもじゃもじゃだったようだった。
「それは分かりましたけど。結局あなたは一体、誰なんですか?」
質問がもとに戻ってきてしまった。
「僕? うーん、本当のこと言っても、僕のこと嫌いにならない?」
もじゃもじゃは、首を傾げた。
別にそれほどかわいくはない。
「内容によります。」
「そっか。」
もじゃもじゃは、あっさり頷いた。
「じゃとりあえず言ってみようかな。——僕ね、神なんだ。」
「——ふーん。そうなんですね。」
ソウナンデスネ。
適当に頷きながら、わたしは質問の仕方を間違えたなと感じていた。
考えてみれば、このもじゃもじゃがどう答えたとしても、それを信用はできなかっただろう。
聞くだけ無駄だった。まさに愚問だ。
「じゃあ、どうしてわたしをここに連れてきたんですか? それに直接ここじゃなくて、カフェ経由だったのも意味わかんないです。あと、人の口とか鼻の中に自分の毛突っ込むとか、趣味おかしくないですか? わたしものすごく痛かったし、死んだと思ったんですけど。神なら神らしく振る舞えないんですか?」
「お、おお。もしかして怒ってる?」
怒っているわけではない。ただちょっとイライラしているだけだ。
アルマジロが、何やらしきりに横腹をつついてくるが、無視する。というか、断りもなくお腹を触るな、このアルマジロめ。
「だって、だってさ。あのとき、コーヒー飲みたいって考えてたでしょ。だいぶ怖がらせちゃったみたいだし、悪いな〜と思って。」
もじゃもじゃは、体をくねらせながら言い訳をする。
ちっともかわいくない。見苦しい。
「っていうか、ちょっと待って。まさかわたしの心を読める?」
「あ、気づいちゃった?」
気づくように言ったのは、そっちではないか。顔が歪む。ものすごく、気分が悪い。
「なあ、なあ、人間。」
アルマジロが、背中を丸めながらこそこそとわたしに耳打ちしてくる。
「なに?」
「俺さ、気づいちゃったんだけどさ。こいつ多分、神じゃないよ。」
「——うん。ありがとう。」
それはわたしも、多分知ってた。
「お前、真面目に聞けよ。
それでさ、俺思うんだけどさ。こいつ、壁の向こうの魔物なんじゃないかな。お前、退治できない?」
アルマジロの顔を見る。その目は心なしか、きらきらしているように見える。
「ごめん、多分無理だと思う。」
期待に応えられなくて申し訳ないが、勇者固有の能力とやらに目覚められた気配は、今のところない。
「あれ? おかしいな。」
そこでなぜか、もじゃもじゃが小首をかしげた。
「確かに勇者の素質があると思ったんだけどな。固有スキル、持ってないの?」
「持ってないと思いますけど。そんなの知りませんし。」
「ええっ!?」
もじゃもじゃが声をあげる。
「なんであなたがショック受けてるんですか。ていうかそもそも、勇者だと思ったから、わたしをここに呼んだんですか?」
「うん。」
もじゃもじゃは、心なしかしおれた様子で、首を縦に振った。
「僕、神なんだけどさ。勇者がいないと、本当に、魔物みたいになっちゃうから。」
一体、どういうことだろう?
わたしとアルマジロは、顔を見合わせた。
次回の更新は、12日の予定です。
ここまで呼んでくださり、本当にありがとうございます!