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5.お、お前まさか、そいつの卵産む気か!?




「お、お前まさか、そいつの卵産む気か!? いや、そいつに卵産ませるのか? 俺というものがありながらぁ!」


 お? おお……。

 わたしは呆気にとられた。

 ——なんだか、ものすごい勘違いに巻き込まれてしまった気がする。


 アルマジロは、いかにも堅そうな甲皮(こうひ)の奥の血走った目で、じっとカタツムリを睨みつけている。

 こ、怖い。

 だがその黒くつぶらな瞳の奥には、どこか切なげな、傷ついたような色が見え隠れしなくもない。


 自分がこの修羅場の原因であることを棚に上げ、ほんの少しだけアルマジロに同情しかけた時だった。


「お前がオレの何だってんだよ。卵の話はとっくに断っただろうが。

 お客様の前で失礼なこと言うんじゃねぇよ。」


 カタツムリは、クールな声でばっさりと切って捨てた。


 なぜか私の胸まで痛む。


 しかし、アルマジロはひるまなかった。


「俺はまだ、諦めてねぇ!

 それにまだあんたにゃ、こ、こい……、こ……、そ、そういう相手もいないんだろうがぁ!」


 恋人、と言いたいのだろうか。そんな単語も口に出せないなんて、どれだけ奥手なのだ。

 なんだか生あたたかい気持ちでアルマジロを見つめると、彼は今度はこちらを睨みつけてきた。


「おい、貴様も手ぇ放せよ。いつまで握ってるんだよぉ!」


「あ、これは、失礼しました。」


 99.99%八つ当たりだとは思うが、確かにこれではアルマジロも気がおさまらないだろう。


「マスターも、すみません。つい興奮しちゃって。」


「興奮だとぉ!?」


「お前はいちいち反応すんな。」


 アルマジロはマスターに叱られながら、なぜかちょっと得意げにこちらを一瞥してくる。

 いや、別にうらやましくはないのだが。でも、なんだか、ちょっとだけイラっとする。


 カタツムリは、解放された触手でポリポリと頭の後ろを掻きながら、取りなすように言う。


「悪ぃな、コイツ、前から付き合いのある農園の息子なんだけどさ。かなり変わったヤツなんだよ。」


「確かに。」


 つるっと本音が漏れてしまった。


「んだとぉ!?」


 すかさずアルマジロが反応する。

 ちょっと面白い。


 店主は困り顔になった。


「まあまあ、あんたもあんまり、からかわないでやってくれよ。

 そんで、お前も、いつものでいいのか?」


「……ああ。」


 アルマジロはまだ少し不満げだったが、大人しく頷いて、カウンター席に陣取った。ちょうど、わたしのいるソファ席と、店主の立つ場所とを遮るような位置どりだ。

 うん、本当にわかりやすくて、いっそすがすがしい。


「悪ぃね、ちょっと待ってくれよな。」


 店主は、にゅるにゅるとカウンターに立ち、アルマジロのコーヒーを淹れる支度を始めた。


「そういえば、勇者の話なんだけどな。」


 わたしは、持っていたカップを取り落としそうになった。

 店主はこちらを見て、ウインクする。

 アルマジロは、怪訝な顔をした。


「あ? 勇者の話って? 確か、七年経っても消息が掴めないんで、正式に死亡扱いになったってやつか?」


 今度こそ息が止まりそうになる。


「そう、それだ。このお嬢さんが、ここに来たばっかりで、勇者のことも何にも知らなかったみたいなんでな。ちょうどその話してたところだったんだよ。」


 アルマジロは、呆れたようにぽかんと口を開けた。きれいに並んだ丸っこい歯がのぞく。


「おいおい、そんなことも知らないでここに来たのかよ。物知らずにもほどがあるだろ。」


 そして、ちょっと真面目な顔になった。


「悪いことは言わねぇ。ここはあんたみたいな平和そうなやつが幸せに暮らせるような場所じゃねえよ。もといた場所に帰った方がいいぜ。」


 わたしは、言葉につまった。

 胸の底からいろんな言葉が湧き出てきたが、全て喉もとで掻き消えてしまう。


「……もう、帰れないんです。行き先も、自分では選べなくて。正直、どうしてここに来たのかもわからないんです。」


 そうだ。ほんとうに、そうなのだ。


 カタツムリとアルマジロは、こちらを見てから、そっと顔を見合わせた。


「あー……、何だ、その……、悪かったよ。」


 アルマジロは、所作なげに尻尾を丸めたり、伸ばしたりした。


「えーと、それで、何だ、勇者の話だったっけか。勇者ってのは、文字通り、この世界を守ってくれる、勇気と力のある者のことだよ。ここはさ、随分長いこと、消滅の危機に瀕してるからさ。」


「消滅の危機。」


「そうだよ。」


 アルマジロは、あっさりと頷いた。


「深い森の奥から、巨大な魔物たちがやってくるんだ。街が、農地が、みんな、本当に、呑み込まれるみたいに消えちまう。防衛軍の連中がものすごい犠牲を払って抵抗しても、かなった試しがない。」


「その深い森ってのも、謎でね。この世界のどこからでも見えるんだけど、普通に向かっていってもなぜか足を踏み入れることができない、って話なんだ。」


 店主がポットを火から下ろしながら、補足した。


「んで、まあ、その勇者っていうのが、唯一その森に入ることができる能力を持ってるって話なんだわ。俺も見たことあるわけじゃないけどさ。何でも、勇者は、壁を抜けることで、森に入れるって話だぜ。」


 アルマジロの言葉に、店主が頷く。


 なるほど。店主の言っていたことが、ようやくわかった気がした。

次回の更新は、10月3日の予定です。

ちょっと間が空きます。

ここまで読んでくださってありがとうございます!

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