朝
「今夜が峠だろう」
その言葉が耳に入り私の苦痛が終わるのだと安堵した。
もう目は見えていない、話すこともできない。
感触も分からない。
旦那の窶れた姿が見えるのは気のせいだろうか。
子供達が手を握っているのは気のせいだろうか。
あんなに痛かったはずの背中の痛みが分からない。
正しい息の仕方が分からない。
峠と言われて、どのくらい時間が経過したのだろう。
これ以上、生きなくても良い。
私は、充分生きたのよ?
まぁ、でも、少しだけ頑張ったご褒美で
一つだけ願いが叶うなら
私の家に帰りたかった。
お天道様の、陽の光に包まれて
縁側の上でお茶を飲みながら、子供達の幸せな声と旦那の憎まれ口を聞いて、最後を生きたかった。
家に帰ることも、朝を迎えることも叶わない。
だから貴方、そんなに辛そうにしないで。
先立つ私にせめて文句の一つでも言って頂戴。
子供たちも、そんなに必死に呼び掛けないで。
無邪気な笑い声をきかせて頂戴。
「ほら、起きろ、馬鹿。ヨダレ垂らして子供じゃないんだぞ」
そうそう、その調子よ。
「ばあちゃん、今日ね。僕たち…運動会だったんだよ。ほら見てメダル貰ったよ。」
そうなの?お赤飯炊かないとね。
「ほら、朝だぞ、寝てたら豚になっかんな?」
嘘ばっかり。まだ夜でしょうに。
あら、嘘じゃないみたいね。
眩しくて暖かい光に包まれて、全身の痛みがなくなった。
必死に息をする必要がなくなった。
この世に無くなる物なんて沢山あるけど、
私が1番幸せに無くなったと自慢できるだろう。
せめて幸せな表情で伝えられますように。