85.あたたかい町
「よく来てくれたね」
タマリの屋敷を訪ねると快く迎え入れてくれる
「意識が戻ったと聞いてホッとしたよ」
「ご心配おかけしてしまったみたいで…」
頭を下げようとしたらタマリは必要ないと笑いながら首を振った
「こっちはオリビエが元気な姿を見せてくれれば落ち着くから問題ないんだが…問題はロキだな」
「え?」
「騎士達の噂の的だ」
「俺が?」
首をかしげているところを見る限り、ロキ自身には心当たりがないようだ
「オリビエが倒れた直後のロキは昔に戻ったようだったと。あの二つ名に偽りはない、とな」
「げ…」
ロキが顔を顰める
「昔に戻った?二つ名?」
「…」
ロキが答えてくれないのでタマリを見るとニヤリと笑われた
そして…
「『戦場の悪魔』だそうだ」
嬉しそうにロキの二つ名を口にするタマリと、顔を反らすロキを見て苦笑する
「どんな凶悪な魔物を前にしても、かすり傷一つ負わなかった伝説の騎士らしい」
「そうだったの?」
「カクテュスの騎士は勿論、ソンシティヴュから来た若い騎士や傭兵はロキを前にして身動き一つ取れなかったようだ。恐ろしい程の強さだったとな。それこそ、その場を支配してるのはロキであると誰もが認めるほどの」
タマリはそう言って笑う
「…こいつの意識がなくなったせいで、理性が保てなくなったのは事実だな」
「ロキ…」
ため息交じりに言うロキにそれほどまで思ってくれていたのかと驚いた
「まぁ、その姿を見た時点で攻め入ってきた騎士の大半が戦意を失い、被害も拡大せずに済んだらしいがな」
タマリ的にはそれが一番喜ばしいとホクホク顔だ
「…そんな話がしたくて呼んだのか?」
「いや、本題は別にある」
話をそらしたいのを全面に出すロキにタマリは噂話を切り上げた
「これを」
タマリはかなり大きな箱を2つテーブルに置いた
「中を見ても?」
「勿論」
タマリの返事を聞いて箱のふたを開ける
中に入っているのは沢山の布や紙で作られた花、子供達が書いてくれたのであろう花の絵だった
「ガーベラにスノードロップ、デイジー…レンギョウ…?」
共通してるのは全て花であることくらいしか思い浮かばない
でもそれが何を意味するのかはさっぱり分からなかった
「すべて希望を表す花だ。この町では誰かの無事を願うときこうして皆が身近にあるもので形にする」
タマリの言葉に涙が溢れてくる
全て町の人たちが作ってくれたものということだもの
これだけの形を見せられて嬉しくないはずがない
「ありがと…」
「みんなオリビエが大好きだ。ロキが理性を保つためにも、これからもその笑顔をみんなに見せて欲しい」
「一言余計だろ…」
呟くようなロキの言葉に泣きながら笑ってしまった
「タマリ、私、ロキとこの町に来れて良かった」
「…そう言ってもらえると嬉しいものだな。これからもこの町で暮らしてくれ」
「ええ」
頷き、感謝を伝えてタマリの屋敷を後にした
「お、ようやく落ち着いたのか」
屋敷に戻る途中、ギルドの前でシュロに呼び止められた
「…お前はこんなとこで何してんだよ?」
ロキはあえて答えず別の話を振る
シュロはそれを呆れたように笑って流した
「今日は休み。溜ってた素材を整理したから、不要分を売りに来ただけだ」
「そういやお前も都度精算じゃなかったな」
インベントリを持つ私たちは、毎度毎度素材を鑑定してもらうのが面倒というのを理由に、ある程度まとまってからギルドに持ち込むことが多い
「オナグルの処遇の知らせ見たか?」
「ああ。結構えげつない事するな」
「あれでも甘い方。痛覚を倍にしてって話もあったくらいだし。でもそれで精神崩壊したら元も子もないって却下されたらしい。ちなみに提案したのはカモミだ」
「…」
私たちは顔を見合わせる
カモミはそれだけ怒っていたということだろうか…
ひょっとしたら一番怒らせてはならない人なのかもしれない
「俺は子供のころからカモミだけは怒らせるなって言われてきたからな。お前らも気を付けろよ」
シュロはそう言いながら私たちに並んで歩き出す
「オリビエ元気になったのね?良かったわ」
「ありがとう。おかげさまでこの通りよ。明日からカフェも再開するから来てね」
「本当?みんなにも伝えておくわね」
すれ違いざまそんな会話を何度となく繰り返す
「ここは本当にあたたかい町だな」
「シュロでもそう思うの?」
「俺でもって?」
「色んなところに行ってるんでしょ?」
キョトンとするシュロにそう返すとなるほどという様に頷いた
「ああ。確かに色んな町に行ったな。大半がカクテュスの中だけど。いさかいこそないけど周りとは当り障りなく付き合う程度の町が多かった」
「そうなの?」
「多分ソンシティヴュが王族至上主義のせいじゃないかな。王族や称号持ちだけが大事にされてるせいでフジェみたいに地方の町は取り残されることが多い」
「その結果の助け合いか?」
「そうしないと生活してこれなかったといった方が正しいかもしれない」
それはそれでどうかと思うけど…
「…何か原因は何とも言えないけど、結果的にこんなあたたかい町になったならいいのかな?」
このあたたかさに救われている人は少なくはないはずだ
貧富の差はさほど開いていない
それなりにたくわえのある者はタマリのように周りを助けようとするからだ
尤もそこに前までの領主は入ってなかったみたいだけど
スタンピードで傷ついた人たちも今では前向きに生きようとしている
領主の態度から遠巻きに見ていたことを後悔していると、本人に告げた人もいるのだとエメルが嬉しそうに言っていた
それは権力のある者の発言はよくも悪くも周りを巻き込むのだと改めて思った出来事だった
「原因がどうであれ…この町はこのままでいて欲しいな」
「そうだな」
肯定するロキにシュロも笑いながら頷いた