79.暗い国(side:ソンシティヴュ)
魔術師のやる気は凄かった
最初に壁が出現してわずか5日でソンシティヴュは壁に覆われた
それと同時にどこからともなく声が響く
『カクテュス、マアグリ、ブロンシュはソンシティヴュを糾弾することを決定した。理由は召喚した者を不当に扱いその事実を隠したこと、王族が3国に対し不敬を働いたことをはじめ多数ある。すでに3国にソンシティヴュを許容する意思はない』
言い切られた言葉に立ち止まり耳を傾けていた者達からザワメキが起こる
『ただし、それらを引起したのも責任を負うべき立場にあるのも、王族と称号持ちであることは理解している。称号なしで3国に亡命を望むものは無条件で受け入れる。ただし猶予は1か月とする。以上だ』
直後ソンシティヴュは静まり返り、その少し後から大騒ぎとなった
「おい、すぐに荷物をまとめるぞ」
「荷台をもってこい!大きなものは諦めろ。最低限の物だけを持って少しでも早くこの国を出るぞ」
「やはり噂は…こうしてはいられないわ。あなた達も本当に必要なものだけ纏めなさい」
叫び声が飛び交う住宅地の動きは速かった
元々称号持ちや王族に対する不満は多かったためか切り捨てることに戸惑いを見せるものはいない
突然現れた歌姫に救いを求める時点でこの国の危うさが良く分かる
「この国に思い入れがあるわけじゃない。ばあさん、長い旅で大変だと思うが荷台の上で我慢してくれ。お前たちは空いた場所に乗せれるだけの荷物を載せるんだ」
「子ども達を馬車に。あんた達も一緒に行こう」
「今までは亡命を受け入れてくれる保証はなかったが今なら…」
「ああ、この機会を逃せば俺達は一生奴隷のような暮らしをすることになる。子ども達にはつらい旅になるかもしれんが先の為にも耐えてもらうしかない」
親しいものは協力し、子供と年寄りをどうやって連れていくかを話し合う
多少つらくてもこの国を出さえすればいいと皆必死だった
***
王都の称号持ちの屋敷では…
「申し訳ありません。家族と共に亡命するのでやめさせていただきます」
そう言って頭を下げるのは称号持ちの家で働いていた使用人たちだ
「お前らたわごとは…」
「たわごとではございません。家族を盾に脅されていたから働いていただけのこと。3国が受け入れてくれるなら辞める以外の選択肢は持ち合わせておりませんので」
次々と形だけの礼をして出て行く使用人を引き留める手段はない
本来止めろと指示を出される警備の者も出て行く側にいるからだ
3日もしない内にほぼすべての屋敷で使用人がいなくなった
残された家の者はこれまで酷い扱いを続けていた報いを身を以て知ることになる
自分の手で何もしてこなかった者に家事ができるわけもない
これまであらゆることの免罪符だったお金も商人がいない今何の役にも立たない
かろうじて食べるものを手にするのは、自ら魔物を狩ることの出来る騎士ぐらいだった
***
王宮では…
「何なんだこれは?」
テーブルに並ぶ皿を蔑むような目で見ながらオナグルは怒鳴る
「これ以上のものをお出しすることが出来ません」
側近がそう言うも納得など出来るはずがない
「ふざけるな!俺はまともな飯が食いたいと言ってるんだ」
「ですから、これが今お出しできる中で一番まともなものだと申し上げています」
取り付く島もない側近の態度にオナグルは怒りのやり場を失った
「緊急時のためにとクロキュス様が手配されていた備蓄です。これがなければ既に口にできるものはございません」
「料理人がいても材料が手に入りません。すでに3国からの買い付けが出来ないのです」
「くそっ…突然あんな壁が出来たと思ったら愚民だけの受け入れを発表しやがって…」
「オナグル様、怒鳴ったところでこの食事がレベルアップするわけではございません」
オナグルの言葉を遮ったマチルダは、表情を崩すことなく、とても料理とは呼べない代物に向き合っている
「お前達称号持ちの責任でもあるのだぞ?」
「それは否定しませんが、それ以上にあなたご自身の責任でもございます。歌姫を召喚なさったのは他の誰でもなくオナグル様ですし、その歌姫を契約で縛り、囲ったのもオナグル様ご自身です」
「ぐっ…」
「あなたが召喚したのが聖女や勇者であれば、我々は別の道を選んだのです。今さら何を言ってもどうすることも出来ませんが、ご自身の欲望を満たすためにあなたが行ったのはあまりにも愚かなことだったということです」
可哀想な者でも見るような目を向けられオナグルは怒りに震える
「…お前が婚姻のパーティーで3国の王にしでかしたこともまた愚かなことだったと思うがな?」
「それは…」
「王族を謀っていたことがあの場で明るみになった。歌姫の状況を知りながら3国に知らせなかったのはお前たちの欲望の為だろうが」
「それは私の一存ではございませんわ」
「あぁ、お前の言葉などまともに受け取ってはもらえないほど影響力もなかったか」
「!」
オナグルの言葉はマチルダの胸に突き刺さる
どれだけ取り繕っても両親が自身の言葉を聞き入れてくれたことなどなかったのだ
そして、パーティーでの失態で完全に見放されたのは明らかだった
「パーティーの前は散々城に来ていたお前の父親はその後1度も顔を見せてはいない。それがどういうことか、俺でもわかることだ」
「…それでも、これからの動きでお父様の態度が変わるはずですわ」
「この状況になって何ができると?まともな飯すら並ばない現状でよくそんなたわごとが申せるものだ」
あざける様に言うオナグルをマチルダは睨みつける
それを見てオナグルは大きなため息を吐いた
これまで当たり前に手に入っていた物が何一つ手に入らない
側近や護衛にまで距離を置かれ、迎えたばかりの正妃もこの状態だ
「…とにかく、メイドを数人すぐに用意してくれ」
「無理です」
「は?」
「あなたについていたメイドは全て称号なしです。感染症でみな死にました。称号持ちはあなたに尽くす気はないそうですよ」
「たわけ!誰の金で…」
言いかけて言葉を飲み込んだ
王宮の金は全て称号を通して得たものだ
称号なしが称号持ちに税金を納めるものの、称号持ちがその称号の対価として王宮に納める額とは天と地の差がある
「少なくとも、オナグル様のお金ではございませんが?あなたがたもこうなった以上、身の振り方はご自身でお考え下さいね。王宮を出ることは叶わないでしょうけれど…」
わずかな食事を平らげマチルダは食堂を出て行った
その後をオナグルの側近だった男が2人と護衛が2人ついていく
「お前らどこに行く気だ?」
「…少しでも生き延びる可能性が高い道を選ばせていただきます」
「は…?」
「マチルダ様はご両親から見放されたとはいえ、自らの判断で動くことが出来る方です。それに、我々も歌姫召喚を反対していたものですから」
その言葉に直前まで苦言を呈されていたことを思い出す
実行すれば取り返しのつかないことになる
そう言いながら文字通り体を張って止めようとしていた
よく考えてみれば今去って行ったのはゴールドとシルバーの次男や三男だ
この場に残ったのは契約で縛った騎士3人とメイドが2名
メイドは称号も身寄りもないから都合がいいとオナグル自身が囲い込んだ者だった
純潔を奪われてしまった今2人には行く当てなど存在しなかった
「こんなこと認めないぞ。契約を使ってでも道を開いてやる」
そのつぶやきは誰の耳にも届かなかった